悪魔になった男


「莇、寒い」
「冬なのに、んな脚出してるからだろ」
「寒いのは脚じゃなくて手だよ」
「手袋しろ」
「しなかったら莇が手を繋いでくれるかなって思って」

悪戯っぽく莇を見上げるなまえに、「なっ……」と反射的に頬を赤らめた莇は、ぽいぽいっと自分の手袋をなまえに放った。

「んなこと言ってんじゃねー!」
「わあい、莇の手袋だ!」

無邪気に喜ぶなまえに毒気を抜かれつつ、自分の手袋を嬉々としてはめるなまえを見つめる。けれどすぐに、しゅんと顔をしたなまえが「でも莇が寒くなっちゃうね、ごめんね」と手袋を外しだす。なら最初から手袋を持ってこいという尤もな感想を抱きながらも、「別に寒くねー」と返事をしてしまうのは、寒いかどうかは別として、本当にそれでいいからだ。なまえが少しでも寒がらないのなら。

「じゃあ、半分こさせて」

片方だけ返ってきた手袋を莇がはめれば、なまえは心底嬉しそうにしながら、手にはめた反対側の手袋を見つめていた。

「莇の手、大きいね」

何もしていないなまえの白い手から目を逸らし、莇は落ち着かない気持ちを隠すように、自分の片手をポケットに突っ込んだ。



「こんにちは!」
「いらっしゃい、なまえちゃん」
「今日も暑いですねー」

リボンのついたカンカン帽を被ったなまえは、ドアを開けてくれた紬達に笑顔で挨拶をする。
膝上丈のワンピースからは、莇の指導の甲斐あってか、日焼けをしていない手足が惜しみなく晒されていた。出迎えた劇団員達が眩しさに目を細めたのは道理と言えよう。
暦の上ではまだだとしても、気温は既に夏と言っても過言ではないほど暑くなってきていた。

***

幸のマネキンの仕事を終えたなまえは、中庭の木陰で涼みながら紬と花壇を眺めていた。もう少ししたら、夏の花も見頃を迎えるだろう。莇は九門と志太と出かけているとかで、まだ帰ってきていない。
紬は優しいお兄さんのようで安心する。臣も優しいけれど、二人はそれぞれなまえにとって、どこか違った優しいお兄さんだった。初めて寮に来た日に話したこともあり、会って早いうちからなまえは紬に懐いていた。
二人でのんびりと花を見ながら出たのは、タイマンACTの時の話だ。

「紬さんの悪魔、すごく、すごく、綺麗でした」
「ありがとう」

レニの心を動かした、紬の芝居。
それをあの日劇場で観ていたなまえもまた、その美しさに呆然とした。
その前の志太の芝居にも、莇の芝居にも、心を揺さぶられすぎて、既に平常心ではいられていなかった。その心をぴたりと止めて、まっさらな状態にさせたのが紬の芝居だ。

「あの時も、あの前も、後も、きっと色んなことが起きたんですよね」

どこか遠い目をするなまえの表情は、確かに寂しそうなのを紬は見て取った。
なまえがMANKAI寮を訪れたのは、タイマンACTの後、色々なことが落ち着いたタイミングだった。それまでの彼女を紬は知らない。……いや、ずっと莇のことが大好きなのはなんとなく知っているけれど。

「莇くんが親友と喧嘩してた、って話のことかな」

穏やかに語りかけるようにして聞いた紬に、なまえは戸惑いながら頷いた。

「当事者でもない私に出来ることなんてないってわかってるんですけど、それでも、たまーに、なにも出来なかったなぁ、って思っちゃって」

タイマンACTだけは劇場で見届けたけれど、結局、莇と志太が仲直りするきっかけとなった時も、実際に仲直りをした時も。いつも、そこになまえはいなくて。もちろん、何も出来なくて。それでも、ぜんぶきれいに解決していて。
それは嬉しい。嬉しいのに、少し、寂しい。

「こんな風に思うのって、重いですよね。……本当に、心から、嬉しいのに」
「そうかな」
「そうですよ」
「きっと、なまえちゃんだけじゃないと思うけど」

だって、そうじゃなければ──

紬は言葉を切って、優しく微笑む。なまえには、その意味するところは全然わからなかったけれど。
それでいいのだ。紬が伝えることではないから。

「なまえちゃんは莇くんからその話を聞いてたんだよね。俺からしたら、そういうことを全部莇くんが素直に話してるって、かなり特別なことだと思うけど」

「俺には、勉強もあまり聞きにきてくれないから」と苦笑する紬は、莇からしたら優しすぎて少し接し方に困る人の一人だ。

「そう、かなぁ。でも私がうるさく言っていっぱい莇の話を聞こうとするからな気も……」
「それでいいと思うよ」

そんななまえに助けられている面も、絶対にあるから。紬の言葉に、なまえは安心したように笑う。

「ありがとうございます。なんだか元気が出てきた気がします」
「それならよかった。俺でよければ、いつでも話を聞くからね」
「はい!」

紬と二人、にこりと微笑みあう。
すると、なまえが寮のなかに顔を向けた。莇が帰ってきたのを敏感に察知したらしい。レーダーでもついているのだろうか。

「莇くん達も帰ったみたいだし、俺達も中に戻ろうか」
「そうですね」


二人でリビングに戻れば、なまえはいつもの調子で嬉しそうに莇に駆け寄った。

「あのね、紬さんとタイマンACTの話をしてたの。あの時の莇も最高によかった……!まずね、」
「それもう20回くらい聞いた」
「まだ言うよ!」

なまえの話には、紬も驚いたけれど。まさかそんなに何度も感想を伝えていたとは。けれどそれを見て、役者としては本望だよね、と思ってしまう辺り、彼は相変わらずの芝居バカだ。
でも、「はいはい」と受け流す莇もまた、面倒そうに見せておきながらどこか嬉しそうに感じるのは、きっと紬の気のせいではないと思うのだ。

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