レプリカの憧憬


莇が何の気なしに公演に届いた花を見ていたら、受付に色鮮やかな花々で埋められた小さなバスケットを見つけた。
それを見た時、すぐになまえからだとわかった。色合いのせいか、それともこういう時には何故か主張しないなまえの選んだ花の大きさのせいか、はたまた送り主の名前がないせいか。後から、イニシャルのみのカードはついていたとわかった。
花を見ていた莇に、いづみが「それ莇くん宛の花だよ。そうだ、公演も終わったし折角だから、それ部屋に持って帰ったらどうかな?」と提案してきたことには非常に戸惑った。カードも一緒に渡されてしまえば、どうにも断りきれなかった。
まだなまえがMANKAI寮を訪れる、ずっと前のことだ。

「それ、どうしたの?」

困った顔で花を持っていると、紬に話しかけられた。

「持ってけって言われたけど、花とか渡されてもどうしたらいいかわかんねー」
「ああ、それなら……」


「坊、その花……」
「折角だから部屋に持ってけって監督に言われた」
「そうか。折角送ってもらったものだ、大事にしろよ」
「わかってるっつーの」

吐き捨てるように言う莇は、先ほどから自分の机に置いた花を見つめている。紬から世話の仕方も教えてもらったから、暫くは枯れることもないだろう。
だが莇は、まさか自分に話しかけてきた左京が送り主に気付いているとは思ってないらしい。左京自身、わざわざそれを言うつもりはなかった。
左京の初主演には、あれだけ大きな花を寄越したくせに。妙なところで恥じらうヤツだと、少しおかしくなって、唇が弧を描くのを左京は意地でも莇から隠し通した。



「なぁ、真澄さん、それ……」
「なまえに借りた」

最近、なまえと真澄はオススメのラブソングを紹介し合っているらしい。それは知っていたが、それを聞いた時に真澄がなまえを呼び捨てにしたのが、莇は少しだけ引っかかった。今更気にせずとも、真澄は他の劇団員のことだって皆、そう呼んでいるのに。
……あ、そうか。MANKAIカンパニーでも、銀泉会のでも、莇以外の人々は大抵「なまえちゃん」と呼んでいるからだ。莇が納得したそばから、真澄がなまえの名前を口にする。

「なまえが、莇が手を繋いでくれないって嘆いてた」
「っ、そういうのは婚約してからするもんだって……!」
「それは知ってる」

知ってるというのは、なまえ自身が言っていたことだろう。

「大体、それならなんで……」
「昔、なまえが転んだのを助けたから」
「は?」
「それで大好きになったし、だから手を繋ぎたくなるって言ってた」

なまえが手を繋ぎたがるのは、小さい頃に転んだ時、莇が手を差し出してくれたから。たったそれだけ。そんなこと、小さい頃限定であれば、何度もある。
でも、なまえが真澄に話したその時は彼女にとって特別印象的で、なまえは差し出された莇の小さくてあたたかい手を握りながら、「だいすき」と思った。
どきどきして、うれしくて、きらきらして。
元々莇のことは大好きで、いつもくっついていた。だからいつから好きかなんて、気付いたら、とか、ずっと好き、としか言えない。
けれど、恋に落ちた瞬間を探すとしたら、きっとその時だ。すっごく嬉しくて、いつにも増して莇のことが特別で大好きだと思ったから。
その「だいすき」は、それからどんどんアップデートされていって、今の莇大好き人間のなまえが完成するのだが。

「全然覚えてねー」
「アンタは覚えてないだろうけど、とも言ってた」
「……」

それも癪だ。なまえは覚えているのに、自分は覚えていないなんて。

だから、手なんて繋いでくれないってわかってるけど、お願いしちゃう。
そう言ったなまえの話を真澄は自分が監督の演技に魅せられた時を思い出しながら聞いた。当人にとっては、世界が変わった気すらしたような瞬間。その大切さは真澄にはよくわかる。……なんて莇に語られたところで、莇は照れて戸惑うことしか出来ないのだが。

「……真澄さん、なんでそれを俺に話したんだ?」
「別に。内緒とは言われなかったから」

つまり、内緒なこともあるのか。そう考えたら心が重くなった気がして、莇は内心舌打ちをした。そんなことは気のせいだと、打ち消すように。
それにしても、なまえが手を繋ぎたがる理由がこんな形でわかるとは思わなかった。寧ろ、理由があったのか、とすら思う。
気付けば、真澄は一直線に自分の部屋へと向かっていた。音楽好きの彼は、早く借りた曲を聴きながら監督に想いを馳せたいのだろう。
莇はそれを止める理由もないので、黙ってその背中を見送る。
そのまま自分の掌に視線を落とすが、思い返したところで、幼い頃に繋いだ少女の手の温もりなど、思い出せやしなかった。

「あ!莇!宿題手伝って!」
「だから、俺一応年下だって……紬さんのところ行くか」
「うん!」

いつものように大きな声で現れた九門が気を紛らわせてくれたことに、莇は密かに安堵した。
あのままだと、「会いたい」なんて、らしくないことを思ってしまいそうだったから。

back top next
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -