貴方が呼んでくれる名が


「太一さんが莇のことあーちゃんって呼んでるの、かわいいですよね」
「いいあだ名でしょ?あーちゃん」
「ねね、なまえちゃん、オレ発案のアザミンは?」
「一成さんのあだ名は、フルーチェさんがかわいいかなぁ」
「なまえちゃんわかってるー!フルーチェさんはオレ会心のあだ名だよん!」

はしゃぐ三人のテーブルの向かい側では、幸が頬杖をついて雑誌を読んでいる。あだ名と言えば一番インパクトがあるのは幸のつけるあだ名だが、話に入る気は更々ないらしい。

「私も莇のこと、あーちゃんって呼んでみたいです」
「いいじゃんいいじゃん!」
「普段と違う呼び方で、ギャップ萌えとか狙えちゃうんじゃないッスか!?」
「わあっ、本当に!?じゃあ私、今すぐいってきます!」
「えっ、今!?」

スッと立ち上がったなまえは、宣言通り速足で莇を捜しに部屋を出ていった。その様子を二人はポカンと見つめ、幸はさりげなく雑誌から目を上げる。

「なまえちゃん、行動が早いッス」
「なまえちゃんやばたん!善は急げって言うもんね」
「流石女版サイコストーカー。猪突猛進って感じ」

***

莇は中庭にいた。電話でもしていたのか、スマホをポケットにしまって立ち上がったところになまえはこそこそと忍びより、つん、と莇の背中をつつく。莇が特に驚いた様子もなくなまえを振り返ると、なまえは、へにゃ、とはにかんだ。
声を出して呼ばなかったのは、突然「あーちゃん」って呼んで驚かせたいから。
よし、と莇を見上げたなまえは、すぅ、と息を吸って、一旦止まった。

(あれ、なんか……)

いざとなったらなんだか急に恥ずかしくなってきた。困ったように目を泳がせるなまえに、莇が訝しげな顔をする。
声をかけようとしたものの、いつもとどこか違ったなまえの様子に気付いた瞬間、莇は息を呑んでぴたりと固まった。

ほんのりと色づいた頬とか。緊張で少し潤んだ瞳で、上目遣いをするのとか。
そんな様子を目の当たりにして戸惑う莇をよそに、なまえは勇気を出して開けた。

「あっ、あのね、……あーちゃん」

こてん、と首を傾げながら、とびきり甘えた声で呼ばれた慣れない呼び名に、莇は言葉を失い──瞬時に真っ赤になる。

「……っ!?」
「あっ」

それから、なまえが何かを言う前に、莇は持てる力をもって全力でその場を離脱した。
彼が全速力で走り去った後には、ぽかんとしているなまえと、花壇を見ていたため偶然その場に居合わせた紬と東が残っていた。


「太一さん!」
「ハイッス!」
「と、一成さん!」
「なになにー?」
「アンタらだろ、なまえけしかけたの!」

物凄い勢いで莇がきたと思えば真っ赤な顔で言われた言葉に、太一達は目を丸くする。

「ええっ、けしかけたって言うか……!」
「ってかゆっきーもここにいるじゃん、アザミンー?」
「いや、幸さんはこんなことしねぇ」

スンッと冷静に放った莇に、太一が声を上げる。

「俺っち達信頼ゼロッスか!?」
「むしろ、オレらならやるって信頼されちゃってる感じ?」
「ハッ、そうとも言えるかも!?」
「でもアザミン、オレ達けしかけたっていうより、なまえちゃんの背中押しただけだよー? って、それをけしかけたって言うかもしれないけど!」
「なまえちゃんがあーちゃんって呼びたいって言って……って、あーちゃん大丈夫ッスか!?」

あーちゃんと聞いて先ほどのことを思い出したのか、太一に呼ばれてまたまた顔を真っ赤にした莇は、「わかった」と頷いたのだが、中庭の方からなまえが自分のことを呼ぶ声がして、慌てて部屋へと逃げていった。

「どうしよう、あーちゃんのこと、怒らせちゃった!?」
「いやー、あれは怒ったっていうより……」
「むしろ喜んだんじゃない?」
「ええ!?そ、それって……!」
「ゆっきーってばストレートすぎ!」

元気に話す二人を無視して、話は終わったとばかりに、幸は再度雑誌に目を落とした。

***

「行っちゃった……。私、なにか変でした?」
「うーん、変ではないけど……」
「全力で甘えてる感じだったね」
「? 私、結構いつも莇に甘えてる自覚ありますけど」
「あはは……」
「莇がもうちょっと大きくなったら、またやってあげたらいいんじゃない?」
「? はい、わかりました!」
「(莇くん、これからも苦労するんだろうなぁ……)」

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