運命という言葉が嫌いだ。そもそも運命なんて、人間が自分ではどうしようもない事象に阻まれた時に如何にかして理屈を付けて納得させようとする言い訳に過ぎない。それを運命と呼ぶのなら、俺には運命で片付けたく無い出来事がそれはもう、数えられないくらい存在する。運命なんて、糞食らえ。






「……でも捺との出会いは運命って呼んでもいい、とか言い出したら張っ倒すよ」
「え、すごい!なんで分かったの?」






ガヤガヤとした喧騒の中、僕の目の前に座る硝子は深々と息を吐いた。ビールジョッキをいくつも空にしても尚顔色一つ変えない彼女は末恐ろしいほどの酒豪だ。だと思ったよ、と呆れたような声色でえんどう豆を箸でつまむ姿は後輩たちの言う理想の家入さんには遠いなぁとクツクツ笑った。時計は既に23時を過ぎており、さっきまで満席だった居酒屋も少しずつポツポツと空席を作っているのが分かる。




「でも、そうじゃん。今になって捺に再会するなんて思う?」
「それでこうしてストーカー行為と来たか」
「人聞き悪いなぁ」




で、どうだった?と尋ねた僕にジトリとした目を向けてくる彼女の言いたいことは不本意だが、まぁ、分からなくはない。今日僕は捺が硝子と飲みに行く事を知っていた。これは不正なルートから手に入れた情報ではなく、捺本人が嬉しそうに語っていたから知れたんだけど。久しぶりの同性の友人との再会を邪魔するほど僕は野暮じゃない。……と、なれば、彼女の今の心情を知る為にはこれが手っ取り早い、という訳だ。どうせ捺と別れても、バカスカ真夜中まで飲み続けて居るであろう家入サンに直接会いに行って、何を話していたのか事情聴取を行う、という実に完璧な作戦だ。どう?と得意げな僕にそれはもう深々とため息を吐き出した彼女は「やっと素直になった?」と眉を上げながら疑い深そうに僕に尋ねた。



……中々、痛いところを突かれる質問だ。あの頃の自分は若くて青かった、と言えばそれまでだけど、当時の僕は彼女に素直になるという術を知らなかった。優しさなんて与えた試しもなければ、かっこよくキメられた思い出もない。あれ、僕サイテーじゃない?とこの歳になってぼんやりと彼女との思い出を引き出す度にそう思い、それはもうめちゃくちゃ反省した。これでもかってくらい後悔した。あれじゃ好かれるなんて無理だよなぁ、と今ならわかる。寧ろ顔も見たくないくらい嫌われても可笑しくはないのに、それでも彼女は卒業するギリギリまで僕とちゃんと顔を合わせようとしてくれていたと思う。捺はそういう人間だった。 だからこそ、僕は彼女が好きだ。


彼女のその時の感情は、きっと、当時の僕の物とは違ったんだろうけど、何かと心配してくれていたのは事実だと思う。4年生の年始に貰ったチョコレートの味は今でも鮮明に思い出せるし、一緒に同封されていた手紙に書かれていた文字を一字一句忘れた事はない「幸せが訪れますように」と締め括られたそれを見て、お前がいるから幸せになれるんだけど、と悔しく思っていたのもずっと、忘れられない。あの日からもう8年近く経ったのだろうか?時の流れは早くて、自分を見つめ直す機会としては随分あっという間だった気がする。僕も今では教鞭を取り、学生を教える立場なのだから人生は分からないものだ。



「素直にならないと伝わらないしね」
「やっと気付いたんだ」
「そう。……やっと気付いたんだよね、僕」
「……ふぅん」



5月の頭。久しぶりの捺との顔合わせの時は、それはもう身体中に電流が走ったみたいな高揚感に包まれた。少し年齢を重ねて当時より綺麗に、そしてなんだかいやらしく!進化した彼女が目の前に居るんだからもう全てが止められる気がしなかった。声をかけた時に一瞬酷く怪訝にされたときはちょっとへこんだけれど、アイマスクを下ろして顔を見せれば、彼女はその宝石みたいな目で僕を捕まえて、五条くん、と名前を呼んだ。正直その声だけでなんかちょっとイケそうだったし、そんな綺麗で可愛い捺を見ているとどうにもこう、抱きに抱き潰して骨の髄まで味わってやりたくなる衝動に駆られる。あ、ちょっと雰囲気に酔っちゃってるかも?でも、まあ大方は言葉通りだしそこに嘘はない。純粋な想いもさておいて、まぁ男だし、多少のそういう欲求ぐらいは仕方ないと思って欲しい。


だって、そうだろ?どんな時も真剣に物事に向き合うその綺麗な目に俺だけを写して欲しいし、俺だけを見ていて欲しい、柔らかな髪にも、女性らしいラインの体にも触れたいし、キスしたいし、抱きしめたい。そして彼女に"五条悟"という存在を、消えないように、忘れられないように、刻み付けたい。俺じゃないと満足できないくらいに溺れて欲しい……とそこまで話してふと見えた硝子の顔はそれはもうドン引きって感じでマジで失礼だった。なんでだよ、と、突っ込んだ俺にお前が何でだよ……と恐ろしい物を見るような顔をされたけど、これが僕の愛なのになぁ。そう言って嘆く僕に重過ぎるよと吐き出す彼女。普通だと思うんだけどね。





「アンタマジでやりかねないからなぁ」
「僕はいつだって本気に生きてるナイスガイだよ」





ひらひらと手を振って肩を竦めた僕を何か言いたげに硝子は見つめていたが、それを飲み込むように喉にアルコールを押し流すと、ドン、と勢いよくジャッキをテーブルに置いた。いいじゃないか、元同級生の可愛い恋バナを聞いてくれたって、と茶化すような口調で言えば、アンタのは恋バナなんて可愛いものじゃないと言う硝子も大概酷いと思う。




「一滴も飲まないで堂々と言ってるのも怖いわ」
「僕酔ったらめんどくさいからね」
「だろうな」




嫌そうに眉を顰めた彼女は追加の焼酎を頼みつつ「で、私に協力しろって?」と実に自然に僕へと尋ねる。理解が早くて助かるよと笑顔を見せるともっともっと面倒そうな顔をして、アンタしたたかになったね、と唸るのを褒め言葉として受け取りつつ、店員に何枚かあるうちのカードを一つ手渡して、これで払っておいてよとウインクする。戸惑った顔をしつつも丁寧に受け取りつつ裏へと戻って行くのを見ながら、あーヤダヤダ、なんて言いながらもさらに追加で酒をテーブルに運ばせる姿に、僕は協力者を得たと確信した。運ばれて来たジョッキを見つめてから一気に飲み干した硝子は思い出すように天井を見つめてぽつ、と呟く。




「あの子、戸惑ってたよ」
「だろうね」
「でも、アンタのこと好きかって聞いたら嫌いじゃないってさ」
「……そっかぁ」




捺が少し考えながらも僕のことを嫌いじゃないと評する姿は容易に想像できた。とても彼女らしい返答だと感じつつ、今はそれだけでも十分だと思いながら一緒に頼んだオレンジジュースを一口含んだ。甘くて瑞々しいその味は、今の僕の想いに似ている気がする。焦ってはいない、寧ろ、彼女と過ごす最近の日々は青春を取り戻しているようなそんな気にさえさせられる。それが嬉しくて、心地良かった。好きだなぁ、と誰にというわけでもなく言った言葉に硝子はいつかのように「早く言えばいいのに」と呆れた息を吐いた。今言っても驚かせるだけでしょ?と笑った僕に一丁前にカッコ付けてんの?と疑惑的な彼女は相変わらず厳しい。




「でも自分の任務に付く補助監督を"圧"かけて変えさせるのはどうかと思うよ」
「あれ?なんで知ってんの?」
「あまり伊地知を困らせないでやってくれ」
「アイツか……案外口軽い時あるよな伊地知。今度締めないと」
「捺とも仲良いらしいし、やめてやれ」




なら尚更だろ、と素直に答えた僕にあーあー、と態とらしく硝子は肩を竦める。でも、上も僕のやる気が出るのは嬉しいだろうしウィンウィンじゃん。面倒な依頼を日本全国問わず押し付けてくるんだからそのお供を愛する人に出来たならばそれはもう実質新婚旅行みたいなもんだし?僕も速攻終わらせて観光しようと思えるし?悪くない申し出だと思う。実際今のところ断られかけたのは初めの一回だけで、それ以降は初回の僕の仕事っぷりと捺の報告が評価されたのかすんなりと申請は通るようになっていた。向こうも僕と彼女がくむとプラスになると受け取ったんなら好都合だし、文句はない。……ただ、もし、力関係を見誤って彼女を使い僕にマウントを取ろうなんて考えた時には容赦するつもりはない。ま、そんなことさせてやるつもりもないけれど!とケラケラ笑った僕に「世界の命運は捺の手にってことじゃん」と肘をついてチーズのおつまみを食べながら硝子がぼやいた。





「あー、うん、実際そうかもね、責任重大だなぁ捺は」
「……今の冗談のつもりだったんだけど」





ほんと末恐ろしいわ、とめんどくさそうにそっぽを向いた彼女は近くにいた店員を呼びつけると追加の日本酒を注文した。君も相当酒の席では大変だけどね、と呟いた僕を硝子は堂々と意図的に無視してみせた。冷たいなぁ、ホント。そう言いつつも笑みを隠さない僕も、案外この時間が嫌いじゃなかった。




「やっと気付いたんだよね」



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