「捺さんのこと?」





キョトン、とした顔で目を丸くする彼は不思議そうな声色で首を傾けた。頷きながら明日一緒なんだと伝えると、あぁ!と納得したように笑って、そうだなぁと彼は彼女の印象を考え始める。……別に、彼女との任務が不安だとか心配だとか、そういう意味ではないのだが、2人で過ごすのは初めてだったし、一応先輩に当たる人物との任務はそれなりに緊張する。気を遣うべき所は知っておきたいし、無駄に自我を出すよりは相手に合わせる方がお互いに円満な関係が築ける筈だ。その為にも隣に座る灰原が以前彼女と任務に行ったと話していたのを思い出し、それとなく声を掛けたのだが、彼は妙に楽しそうな表情でニコニコと機嫌良さそうに笑うばかりで中々本題の彼女の印象については出てこない。なんですか、と痺れを切らしてその顔の意味を尋ねると、いや、と一旦前置きをしてから彼は言った。




「なんか七海と捺さんは仲良くやれそうだったから、つい!」











今日はよろしくお願いします、と丁寧な動作で頭を下げた彼女に倣って、自分も同じように腰を折る。閑夜さんは相変わらず見た目通り穏やかで丁寧そうな人だった。彼女との出会いは高専に入学してすぐ、担任に上級生だと紹介された時のことだ。見た目からそもそものインパクトが強い五条さん、笑顔を浮かべてはいるが謎の圧がある夏油さん、堂々とアンタら強いの?と声を掛けてくる家入さん、そして、その隣で申し訳なさそうに笑って「ごめんね」と口にしていたのが彼女……閑夜さんだ。その時から何かと苦労しているような予感はしたが、合同訓練を重ねる度に私は確信を得て行く。彼女は、苦労人だ。







そもそも彼女以外の3人の癖が強すぎると言うべきだろうか。夏油さんは初めの説明や施設のことを教えてくれたりと頼りになる優しい先輩だったが、五条さんと話し始めると途端にそのイメージは崩れて行く。煽る五条さんが悪いのは当然として、彼も彼で何かと喧嘩っ早いところがあった。相手が五条さんだからなのかもしれないが、良い子ちゃんかよと言われてすぐに術式を笑顔で発動していた姿には驚愕した。灰原は凄い!と喜んでいたが私は胃のあたりが微妙に痛くなるばかりで手放しに凄いとは言えなかった。

それを笑いながら見つつ、タバコを片手に持つ家入さんは家入さんでわたしが治せる範囲にしとけよ〜と茶々を入れるばかりで一向に止めるつもりは無いらしい。というかタバコ、まだ吸えないだろ貴女。……何なんだこの先輩達は、と愕然とした感情を抱く私に家入さんの隣に座る閑夜さんだけは両手を合わせて謝罪するようなポーズを此方に向けてくる辺り、唯一の常識的な人物だ、と感じたものだ。


……だが、これはどういうことだろうか。数分後地面に伏していたのは先程私が常識だと評価した彼女で、その前に立つのは白い髪を揺らして厳しい目を向ける彼だった。沢山の擦り傷を作りその体勢のまま動かない彼女はボロ雑巾のように見えた。灰原も流石にその光景には驚いたのか心配そうに彼女を見つめている。私も思わず「止めなくて良いんですか」と、隣に立つ夏油さんに尋ねたが、彼はいつものことだからと首を横に振るだけだった。これがいつも……って、一体どんな関係なんだ、と更に深まる疑問を抱えながら成り行きを見守ることしか出来ないのが何とも歯痒い。別にまだ彼女との関係が何かあるわけではないが、女性が痛め付けられる姿は見ていて気分の良いものではない。




「……っ、も、っかい……」
「ダメだっつってんだろ。硝子、手当て」




はいはい、と家入さんが彼の言葉に従って倒れた彼女を支えた。何処か悔しそうな色を目に据えた閑夜さんを苦々しく見つめる五条さんは小石を蹴り飛ばしてそのまま踵を返して歩いて行く。そんなやり取りを見ていた灰原が夏油さんに何故あんなに五条さんは厳しいのか、と問いかけると夏油さんは少し難しい表情で腕を組み、うーん、と唸ってから「……長生きして欲しいから、かなぁ」と呟いた。長生き?と更に聞き返した灰原に頷いた彼は2人のことを"案外頑固なんだ"と示すと、スッと目を細める。……どうやら、2人の一方的にも見えるこの組み手は彼女から頼んだものらしい。詳しくは捺に直接聞いてみるといいよ、と話を切り上げた夏油さんは座り込んでいる女性達の所まで歩いて行くと、手を差し伸べ、2人を地面から引き上げる。最後に見えた閑夜さんはただ、じっと五条さんの背中に目を向け続けるだけだった。











「……七海くん?」
「…………すみません、少し考え事をしてました」
「もしかして今回の任務の事で悩みとか、あった?」





ふ、と意識が浮上する。心配そうな顔で私を見上げていた先輩に悪いことをしてしまった。すぐさま反省して大丈夫だ、と答えると閑夜さんは安心したように肩の力を抜いたが、何かあればいつでも聞いてねと落ち着いた笑みを浮かべている。彼女はあの人達とは違い、所謂"規格外"では無いので話しやすい人であった。確かに灰原の言う通り他の人物と比べると仲良くやれそう、ではある。

……今彼女と来ているのは東京のとある山に位置している湖畔だ。ポイ捨て注意や釣り禁止などの看板が立ち並ぶそこは少し不気味な雰囲気が漂っている。事前に受け取った情報には最近この湖の付近で連続する行方不明事件が起こっている、と書かれていた。現在の被害者は3名で内訳は不良、女児生徒、中年男性と共通点は特に感じられず、無差別な行動だと分析されている。少し霧がかかった様子と、場所の特定には至らない程度の蔓延した薄い呪力。難しい任務と言うわけではないが、少し面倒であるという印象だろうか。





「七海くんはもう任務には慣れた?」
「一応……ある程度は」
「そっか。なら私も色々甘えられるかな」





くす、と少し微笑んで見せる彼女は鬱憤とした辺りの空気とは裏腹に明るく爽やかな印象を受けた。五条さんや夏油さんと任務に出た時も感じたが、上級生の彼らは基本的に皆余裕を持って呪霊と対峙しているように思う。それは、自然と自分もいつかそうなるという事なのか、それとも意図的な物なのかは定かではないが、何かあっても大丈夫そうだ、と感じられるのはとても重要だと身を持って思い知った。頼る事ができるという安心感には無意識に入っていた力が抜けて緊張が解れるし、自分の力も発揮しやすい。……まぁ、五条さんの"それ"は余裕というよりは驕りにも近いが、実際あの人にはそれだけの力があるから腹立たしい。兎に角、入学当初から五条さんは何かと要注意人物であることに間違いはない。


過去の彼との実りが無さすぎる任務を思い出してひっそりと溜息を吐く。別にあの人が悪いとは言わないが、あまりの実力差には最早笑うしかない。いや、実際は少しも笑えないし、見て技術を盗めるようなレベルでもないのでどうしようも無かった。ハイ終わり、とたった一言、たった一度の攻撃で全てを無に帰してしまう五条さんが、まだ学生であるにも関わらず現在の呪術界で"最強"と囁かれ始めているのにも、納得せざるを得ない。それを否定できる要素が何一つ存在しないのだから。





「……少し気配が分かり辛いね、水が近いからかな」
「……そうですね。周りの森なのか湖の方なのかも検討が付かないです」
「あ、ううん、この中にいることは確実だと思う。残穢が残ってるし」
「"残穢"……ですか?」





彼女が当たり前のように使った"残穢"という言葉を繰り返すと、閑夜さんはハッとしてから、そっかまだ習ってないよねと頷くと、近くにあった棒切れで畔の近くを数カ所円でマーキングしてみせる「此処を集中しながらよく見て」と促されるままに心を落ち着けて、じっ、と探るような視線を向けると、確かにそこにはぼんやりとした獣のような足跡が浮かび上がってくるのが分かった。……なるほど、これが残穢というものか。言葉の響きから察するに呪霊の痕跡、ということだろう。





「……見えました。鰓のようなものが付いた足跡、ですよね」
「正解!七海くん飲み込みが早くて筋が良いね。今回は動物に近いけど術式を使うと残穢は残りやすいから呪詛師とか人間のも辿れることが多いよ」
「大抵の呪術師はこれで大方の場所を掴むんですか?」
「うーん……態々残穢まで見なきゃ分からないのはどっちかっていうと甘いかな。本当は気配である程度分かるのが理想だけど……今回は水が近いから難しかったね」





そう言いながら立ち上がった彼女は湖の中央に顔を向ける。今見えた残穢は確かにこの中に入って行くように続いていたので、彼女が湖の中を怪しむ理由が分かった。とは言え、湖と鰓のある足跡という組み合わせで思い当たる呪いに関する概念はアレしか思い浮かばない。でも、にしては規模が小さいのではないか、とも感じてしまうのは私が今回の呪いのポテンシャルに期待し過ぎているからなのかもしれない。呪いのポテンシャル、という言葉がはたして正しいのかは分からないが、閑夜さんは私の反応を見るとそれを何となく何を言いたいのか察したようだ。





「"河童"じゃないかって顔してるね?」
「……ええ。正直条件に当てはまるのはそれくらいしか思いつかないです。仮想怨霊の一種ですか?」
「見ない限りは分からないけど、可能性はある。もしそうだとしてもこの地域の極々少数の噂話程度かもね」
「地域的な伝承ではなく、ということでしょうか」





私の問いに閑夜さんはそうだね、と肯定する。本来の河童伝説であればもっとこんな湖よりもヘドロに塗れた泥に近く、事前の補助監督の調べで分からない事はないだろうという見解を示す彼女はもう既に何かしらの核心を掴んでいるように見える。閑夜さんは手に持っていた木の棒を暫く見つめると、不意に顔を上げて此方を見た。その顔には頬に挑むような笑みが浮かんでいる。七海くん、と私の名前を呼んだ彼女に何故か背筋が自然と伸びた。



「私達呪術師は呪いを見た目で見るのではなく、呪力で確認する。極論姿形が分からなくても祓えるのであれば問題は無いね。勿論分かっていれば任務外の呪霊かは判別が出来るからあれば尚よしだね」
「優先順位は高くはない、ということですか」
「そうだね。それよりも任務に行く前は事前にある程度向かう場所について調べておくのが案外大事だったりする。私達生徒だと調べるのにも限界があるから補助監督さんと仲良くして話を引き出すのも良いかな……あの人達はそういう事に関しては凄く強いから」
「……なる、ほど」
「今日の人は私が結構良くしてもらってる人だから教えて貰ったんだけどね。今回の被害者には一つ、共通点があった」
「共通点が?」





どういう意味だ、とぐるりと脳を回した。自分が知っている被害者の情報は書面上に記載された「不良、女児生徒、中年男性」の3人である事しか分からない。彼女は考え込む私にヒントを与えるように少しずつ、自身の持つ情報を開示し始める。本当は任務開始時に共有するべきだけど、今回はちょっとした学びって事で、と注釈する閑夜さんに首を縦に振り、続きを促した。任務を考えて行く上で重要なことを身を持って持って教わるのは悪いことではない。寧ろ、分かりやすく、その有用性を実感しやすいだろう。






「不良は18歳の男の子、非行が普段から目立っていて未成年飲酒の常習犯で近くに落ちていたのは彼の着ていた制服と軽く潰された缶ビールのゴミ」
「……非行、」
「小学1年生の女児生徒、友達とよくこの近くで遊んで帰ることが多い。近くに落ちていたのはランドセルと水を吸った生前お気に入りだったぬいぐるみ」
「…………」
「45歳の中年男性、よくこの湖で釣りをしていた。釣具一式と糸が切れたルアーが一つ」
「……どの被害者も湖に……何かを投げ入れている?」






思い当たった一つの可能性を口にした私に閑夜さんは笑みを深めた。概ね彼女の言いたいことは分かった。つまりこの曖昧な残穢や気配を確定的なものにするために、彼女は今から呪霊を呼び出すつもりなのだろう。遊ぶように軽く握り直した木の枝を振りかぶった彼女は「戦闘態勢構えてて!」と声を上げ、そのまま一思いに肩を回した。ある程度の速さで放物線を描いたそれが水面に着水すると同時に先程まで拾い切れなかった呪力の形が一気に鮮明になる。向こうが狙うのはきっと私ではなく投げ入れた彼女だろう。勝負は一瞬、向こうが完全に油断している登場の瞬間に…………来る!


私が地面を蹴り出したのと同じタイミングで泡立った水面から飛び出した、河童というにはお粗末な見た目の呪霊は迷う事なく閑夜さんに向かっている。呪霊のギラついた歯が光ったが彼女はそこから動かない。私が仕留める事を彼女はきっと、信じている。肌で感じた信頼を受け入れ、咄嗟に線分し、彼女の背後から現れて不意を突く。そして、確かに見えたウィークポイントに少しの迷いも無く刀身を叩き込んだのだ。不気味な声と共に黒い靄へと変貌した呪いが空に上り、同時に辺りを包んでいた霧が晴れて行く。……気配は、もう残っていない。ゆっくりと構えを解いた私に振り返った閑夜さんは「お疲れさま」と私の功績を讃えるように拍手を贈ってくれた。それについ緊張が逃げていき、……その褒め方、やめてください。と目を逸らしながらぼやいた。










「あそこでピクリとも動かない貴女もどうかと思いますが」
「え、そうかな?七海くん普段の訓練でも精度高いから大丈夫だと思ってたんだけど……」





担当してくれている補助監督の迎えを待つ間、湖での閑夜さんの行為について思わず苦言を呈すると、彼女は本当に驚いた顔で私を見つめていた。私と彼女はただの先輩と後輩でしかないのに、よくここまで信頼できたな、とそういう意図を込めた指摘だったが彼女はキチンと普段の私の様子から信用を計っていたらしい。ただの感情論だと思っていたものが覆されて少し黙り込んでから「……ありがとうございます」と素直に礼を口にすると、また閑夜さんは不思議そうに首を傾げて、何の?とキョトンと抜けた表情を浮かべた。……この人はそういうところがあるらしい。どちらかと言えばお前に似ているだろ灰原、と此処に今居ない友人の顔が頭に浮かんだ。




「今回の呪霊はあんな風に気配が分かり辛いから高専での発見が遅れたみたい」
「……なら、もう少し早く見つけられていれば被害は減らせたのでしょうか」
「……かもしれないね」




特に女児生徒の事を思うと胸が痛んだ。畔に立っていた看板にはポイ捨てや釣りを禁じるものがあった。他の2人はその規則に反しているからこそ起こってしまったと考えられるが、少女だけはきっと自身の大切にしている人形を落としてしまった結果、それが呪霊を刺激してしまったのだろう。皮肉なものだ、何の非も無い命がこうして失われてしまうなんて。閑夜さんは悲しげに曇った瞳で私を見て少し黙ってから、ふ、と静かに口を開いた。





「……私も結構、よくそういう事考えちゃうんだけどね。五条くんに言われるの」
「五条さんに?」
「うん。……終わった事は変えられない、それで引き摺るくらいなら次の被害を減らせるように強くなれって」
「……あの人、そんなことも言えるんですね」





思わず素直に出た言葉に彼女は少し面白そうに口元を緩めると、そうだよ?と得意そうな眉を持ち上げる。五条くんなりの励ましだからね、なんて綻ばして柔らかに笑う姿を見ていると尚更自分の中で感じていたあの人と彼女との関係の不透明さが気になって仕方がない。夏油さんの言葉が頭を過ぎり、ほぼ衝動的に閑夜さん、と名前を呼んだ私に、ん?と聞く体勢を作ってくれた彼女に直接、聞いてみることにした。





「訓練の時の……五条さんとのアレは、何なんですか?」
「へ?」




彼女はまさかそんなこと尋ねられるとは思っていなかったらしく、面くらったようにポカン、と口を開いた。数回瞬きをしてから"アレ"に思い当たったらしい彼女は少し恥ずかしそうに頬を掻くと、約束付きで特訓を受けているのだ、と答えた。約束?と聞き返した私に頷いた閑夜さんが言うには自分達の中で近接にも特に強いのは彼らしく訓練に付き合ってもらっているらしい、が……あまり納得は行かない。訓練であそこまでするものなのだろうか。




「あれは……一度先生にも心配されたんだけど私が頼んだの、本気でやって欲しいって」
「五条さんの本気って……」
「結構効くよ?本気って言うけど多分、あれでも加減はしてくれてると思う。それでも夏油くんとか硝子よりは重いし、強いね」
「それ、あの人は受け入れたんですか?」





閑夜さんは全然、と手を振って返事をした。まぁ、そりゃあそうだろう。初めての彼との任務の時にまずあの人に言われたのは「捺に手を出したら殺す」という直接的な殺害予告だった。あの時からとんでもないなと思っていたが、そこまで言ってくる人間が彼女を容赦無く投げ飛ばしている光景に更に混乱したものだ。閑夜さんは少し懐かしそうな目をしながら「私が頼み込んで、折れてもらった」とまるで自分自身に思い出させるような口調でそう呟く。





「一日一回だけって約束でね、それ以上は本当に怪我しかねないからダメだって」
「……どうして、そこまで?」
「……呪術師してると、やっぱり後悔することが多いから。それを少しでも減らすために、私に出来る可能性を増やしたいから……かなぁ」





今日みたいにね、と少し自虐気味に目を伏せた彼女の気持ちは、何となく分かる気がする。私は強くなりたいと切に望んでいるわけではないが、助けられる人が居るのであれば、助けたいと思っている。綺麗事かもしれないが、救われる命があるのであれば、それに越した事はないだろう。まだ全然だけど、と困ったような頼りなさそうな様子の閑夜さんだったが、彼女の思想は少なくとも、悪いものではないし、一般的に見ても寧ろ素晴らしい部類に入るだろう。





「……私は、立派な考えだと思いますよ」
「本当?」
「ええ、私も出来るなら……そうなりたい」





彼女を純粋に尊敬した故に出た言葉だったが、閑夜さんはそれをお世辞だと思っているようだ。七海くんは優しいね、だとか、照れるなぁ、と言いつつもそれを本気で受け取っている様子はない。成る程、こういうところに彼らは困らされているのだろうか。実際彼女の考えやそれを実現するために現実的な所から取り組む姿勢は好感が持てるのに、彼女自身が自分に課すハードルはそれなりに高いものらしい。骨が折れるな、と感じながらも今日で少し閑夜さんの人となりを知る事は出来た。灰原があんな表情を浮かべていたの理由も少しは分かる気がする。何かと暗い事が多いこの世界で、コンクリートを破ってまで伸びる蒲公英のような彼女は逞しく、それでいてあたたかい。


長生きして欲しいから、と言っていた夏油さんの考察は、遠くはない気がする。五条さんはきっと閑夜さんが無事に蒲公英の綿毛になれるその日までその芯にある美しさを保ち、無事に生きていて欲しいのだろう。それが恋慕であれ、親愛であれ、そこに理由を付けるのはナンセンスだ。誰にだって長く生きていて欲しい人が居る、それだけのことなのかもしれない。数分すると私たちの目の前に高専特有の黒い車が止まり、馴染みの補助監督に手を振る彼女は年相応にも見えた。……閑夜さんは、私の良き先輩であり、素敵な女性だと思う。ふ、と自分の口元が薄く弧を描いたのを自覚した時、突然ポケットに入れていた携帯が震えた。それなりに穏やかな気持ちで画面に表示されていた灰原の文字を確認し、メールを開くと「明日沖縄任務だって!!!」となまじ信じがたい文字列が並んでいて一瞬にして表情筋が固まり、現実逃避の為にずっと車内の窓から遠くを眺めることになってしまったのは本当に酷い話だと思う。







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