「五条悟の大好きな所で山手線ゲーム!"全部"!!……ハイッ捺!!」
「え!?え、えぇ……と」
「……」
「……"かっこ、いい"?」
「閑夜さん、そんな遊びに一々付き合わなくていいですよ」






ぐ、とソファに体を預けながら急に山手線ゲームを振ってきた彼に七海くんは一瞥もせずに新聞を広げた。五条くんはえー?と子供みたいな声を漏らしながら「折角捺の愛を受け取れる機会なのに」と口を尖らせる。というか私の愛って……相変わらずだなぁ五条くんは。そんなことを考えつつ私は何故か彼等、というよりは彼に呼ばれてこの場所に座っている。


海外から帰ってきた五条くんには怪我もなく普段と変わりなくて安心の息を吐いたのはつい最近のことだ。彼の言った妙に不吉な"今生の別れ"は分かっていたけれど、特に訪れることはなかった。ぼんやり頭に浮かぶのは北海道で見た宝石箱を蹴飛ばしたみたいな星空と、それに負けないくらいの光が込められた彼の瞳。……そして、彼の腕の中の温度。正直思い出すだけで恥ずかしくて手足を動かしたくなるのだけれども、宣言通り絶対に帰ってきてくれたことは素直に嬉しい。海外にも呪術師は居るみたいだし、日本とは毛色が違う呪霊や呪詛師と対峙するのはやっぱり不安だし、いくら彼が強いとはいえ、自分がすぐに駆け付けられる場所にいないことに漠然と落ちつかない、と感じていたのは事実だ。

彼が私に助けを求めることは無い、と理解はしている。していても、私の感情が追いつかないし許さない、それだけの話だ。第一、私なんかが五条くんが苦戦するような相手に敵うわけないのだけど。ちらり、と目を向けた彼は未だに七海くんに文句を言っていたが、七海くんは五条くんのそんな態度を見て、冷静に、今の虎杖くんにはそういう馬鹿さが必要だ、と評価していた。





「重めってそういう意味じゃなかったんだけどなぁ」




五条くんのぼやきに七海くんも私も思うところがあり、少しだけ視線を下げた。私も彼にこんな形で"重め"の任務をこなす事にはなって欲しくなかった。いつかは通らなければいけない壁だとしても、多少の心構えをしてから臨める環境であって欲しかった。前回の任務は彼にとって突然なことが多すぎたのだ。五条くんも似たようなことを彼に感じていてくれてなんだか少し安心した。……良かった。虎杖くんの側にはやっぱり良い大人もちゃんと存在している。




「吉野って子の家にあった指について悠仁に、」
「言ってません。彼の場合不要な責任を感じるでしょう」
「虎杖くん、結構堪えてたからね……伊地知くんも入れて3人で話し合って決めたんだ」
「……お前らに任せて良かったよ」




嬉しそうに頷いた彼は続けて七海くんに指のありかを尋ねたけれど、今回は高専で管理する事に決まった。上も私達もまだ虎杖くんの器としての適性は計りかねている。五条くんが高専に居ない時に暴走が起きては全てが終わってしまうことは目に見えていたので、私もそれに了承した。虎杖くんはとても良い生徒で優しい少年だけれども、中のモノはどこまで行ってもきっと呪いなのだ。用心するに越した事はない。チッ、と分かりやすく舌打ちした五条くんだったが、彼もその事情が分からないわけではない。実際、それ以上は何も言わなかった。





「あっ!!先生ー!!!」




明るい呼び声に私達3人が一斉に首を動かした。キラキラとした目でこちらに駆け寄ってくる虎杖くんはさながら大型犬のようで思わず口元を緩める。そう、今日は待ちに待った京都呪術高専との交流会当日。死んだものとして扱われていた虎杖くんが私達の保護を離れて"改めて"生き返る日なのだ。大人に囲まれる生活が続いた彼もやっと伏黒くんや野薔薇ちゃんに会えるようになると思うと、私もすごく嬉しかった。五条くんも同じ気持ちみたいで、早く同級生たちのもとに行きたがっている彼に妙に格好つけながら、こう言い放った。





「やるでしょ、サプライズ!!」





サプライズ、という響きにもっとその目を光らせる虎杖くんを得意の舌技で更にあれよあれよと納得させた五条くんは今にも走り出しそうな彼を押さえながら「何もしなくていい!僕の言う通りにしろ!!」とこうして聞く限りには頼り甲斐ありそうな台詞を唱えているけれど……隣の七海くんを盗み見た私は彼が大きなため息を吐いたのを見逃さなかった。五条くんがこんなにノリノリな時のドッキリやサプライズが上手く行った記憶が思い当たらないのは彼も同じらしい。これが悪い大人に捕まるということだろうか……でも、七海くんがそれを止めはしないのは虎杖くんがあまりにもワクワクしているから、だと思う。現に私も止めるのもそれはそれで可哀想だろうか……と悩んでしまっている「生きてるだけでサプライズでしょうに」そう呟いた彼に大きく頷いて同意した。どんな演出よりも死んだと思っていた友達が生きていた事そのものがサプライズだと虎杖くんは気付いていない様子だった。










「五条くん……もう約束の時間過ぎてるけど……」
「大丈夫大丈夫!それも忘れちゃうくらいの衝撃だから!!!」




というかなんで私も……?そんな思いを若干抱えつつもほぼ無理やり彼に連れて来られた門前。五条くんはホームセンターなんかで使う押しぐるまを両手に物凄く自信満々だ。これが上手くいく未来が一切見えはしないけど……とぼやく私の声を彼はさらりと聞き流しながら虎杖くん入りの箱をコツコツ、とノックした。すぐに返事をするみたいに返ってくる音に完璧だね、と流れてもいない汗を拭う仕草をした彼に「五条くんは担任だけど私は?」と問い掛ければ「京都の奴らとも知り合いなんでしょ?久しぶりに会いたいかなって」と爽やかな笑顔で言われてしまってそれ以上は何も言えなくなってしまった。確かに、私も久しぶりにみんなには会いたい。向こうでも学生担当をしていた分、生徒達への思い入れは強かった。今年から交流会に参加する子達も沢山いるし……その活躍が見れるのは純粋に嬉しかった。彼が本当にそれだけのために私を呼んだのかは疑問が残るけれど……悪い話ではなかった。そもそも今日の仕事はきっちり五条くんにキャンセルされていたので最早予定もない私はありがとう、と、とりあえず感謝を伝えておいた。

満足そうに何度もうんうんと首を振る彼は物陰から頭を出して様子を確認してから、そろそろかな、と呟くと持ち手を力強く握りしめ、いくよ!と勢いよく走り出した。思った以上の初速にあっけなく置いて行かれた私は慌てて追いかけようとしたけれど、彼に注がれる冷ややかな目を見て……ゆっくり向かおう、と深く心に決めた。





「歌姫先輩、お久しぶりです」
「あ!?捺!!」





五条くんが楽巖寺学長を全力で煽る最中、虎杖くんがなんとか2人と合流できているのに安心しつつ、巫女服に身を包んだ背筋の伸びた女性に声を掛けた。振り返った歌姫先輩は昔も今も変わらず和服の似合う日本美人だなぁとしみじみ思いながら優しい先輩に名前を覚えてもらっていることに口を緩めたけれど、私がそれに返事するより先に歌姫先輩は思い切り私の肩を掴み、ずいっと顔を寄せて「あの馬鹿になんかされてない!?」と物凄い迫力で尋ねてきた。普段穏やかで優しく面倒見がいい先輩が"あの馬鹿"なんて呼ぶ相手は一人しかいないだろう。五条くんには良くしてもらってますよ、と素直な気持ちを口にしてみたけれど、明らかに彼女の表情は優れない。




「本当?脅されてない?アイツ昔から捺には特に……!」
「昔から、何?」




背後から聞こえた声と共に歌姫先輩との距離が遠くなる。突然、ぐっ、と後ろから感じたのし掛かるような重さにバランスを崩しそうになったけれど、しっかりとした壁のようなものに傾く体は支えられる。私がそれを何かと理解するより先に首の前に回された両腕が退路を絶つかように回されて身動きが取れなくなる。口をパクパクと開け閉めしていた歌姫先輩は我に帰ると私より少し上に向けて勢いよく指をさして"彼"に怒鳴りつけた。





「ッ五条!!!何やってんのアンタ!?」
「うわ煩!歌姫……そんな大声出すと男が萎縮しちゃうよ?」
「んな話どうでもいいわ!早く捺を離しなさい!」
「なんで僕がそんな指図受けなきゃいけないのさ」





ニヤニヤと揶揄うような口調で歌姫先輩に絡む五条くんは昔と大して変わらない。歌姫先輩はそれが気に入らないみたいだけど、案外今の彼がこうして冗談……というか、タチの悪いことを出来るのは珍しい気がする。先輩は彼にこんなにされていても結局は話を聞いてあげているからこんなに楽しまれちゃうんだろうなぁ、なんて、目の前で行われる喧嘩に現実逃避を続けている。伝わってくる五条くんの体温や話すたびに振動が伝わってくる体は勿論だが、それ以上に不幸にもここは東京と京都の生徒達のど真ん中。明らかな好奇の目と哀れみの視線がビシビシと伝わってくる。若さ故か気を遣って逸らすなんて選択肢が無い彼らからの純真なそれに酷く心が痛んだ。あぁ……どうしてこうなってしまったのだろうか……東京の人達はまだ分かってくれている面も大きいけれど、問題は京都の皆だ。数年を共に過ごした3年生達……桃ちゃんは目を丸くして驚いているし、加茂くんはあまりの出来事に顎に持っていく予定であった手を完全にフリーズさせてしまっている。あの葵くんですらギョッとした顔で見ているのだからもう収集がつく気配がない。三輪ちゃんは目隠ししてるようでしてないし、真依ちゃんはなんだかニヤニヤしているし……メカ丸くんだけは露骨に首を回して見ないようにしてくれていたけれど、それでどうにかなる問題でも無い。


ご、ごじょうくん……と名前を呼びながら首を上げ、そろり、見上げた彼の顔のラインは相変わらずくっきりとしていてとても綺麗だ。ん?とニコニコ機嫌良さそうな口元とアイマスク越しの目元の五条くんと顔を合わせて「は、恥ずかしいから……」と言葉を濁しながら伝えたけれど、彼は一瞬、浮かべた笑顔を消した。そして私をじっと見つめてから、大きな体で覆うように身を乗り出すと、近くなった耳元に囁くように声を落とす。





「……そんな抵抗で離れると思ってんの?」
「な、っ……」
「何盛ってんだこの馬鹿!!!」





脳天にもの凄いスピードで飛んできたチョップを無下限で軽々と受け止めた五条くんは暴力的だな、と軽い調子で歌姫先輩をいなすと弾くように彼女の衝撃波を彼女自身に返してしまった。少し後ろに押し下げられてしまった事に敵意を剥き出しにして五条くんを睨む歌姫先輩は本当に、本当に変わっていない。昔も今も彼のこういった態度に振り回されて本気で怒っている姿が見れるのは寧ろ貴重な気がしてきた。……と、油断していた私は未だ抱き締めてくる彼がくるり、と京都校のみんなの方に体を向けたことへの反応が遅れた。五条くんはやっぱり笑顔だ。これはなんだか嫌な予感が、




「京都の皆、ようこそ東京へ!彼女は閑夜捺って言って僕の"コレ"だから……って皆捺ともう知り合いだっけ?」




なら話は早いね!なんて、もはや彼の定番となりつつある小指を立てるハンドサインを堂々と彼らに見せつけた五条くんに絶句した。な、なんてことを……と思う間にも何故か彼は突然私を解放すると、準備があるからこれで一旦失礼するよ、と踵を返して歩いていく。せめて私も連れて行って欲しいと手を伸ばしたけれど、それはあっけなくお人形みたいに可愛い桃ちゃんに「捺さん今の説明してくれるよね?」と端的な一言と共に捕まえられてしまう。振り向けば皆が皆、説明を求める、みたいな顔をして私を逃すまいと見ていた事にガックリと肩を落とした。だめだ、高校生の好奇心が私を逃してくれそうにない。なんでこんな冗談を……五条くんのばか……遠のいていく背中を恨めしく見つめている間に私は、元担当生徒の彼らにずるずると木陰の方へと引き摺り込まれて行くことになってしまった。





なんて冗談!



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