「で?捺さん、さっきのはどういうこと?」
「なんで五条悟とあんなに親しいんですか!?」






ずい、っと詰め寄ってくる久しぶりに見た顔に口角をピクピクと痙攣させる。感動の再会になる、と思っていたのはどうやら幻想らしい。桃ちゃんと三輪ちゃんに顔を寄せられて思わず目を逸らした先には説明しなさい、とでも言いたげな真依ちゃんが立っている。女の子達より少し引いた場所にいる彼等も例外なく私を見ていて、分かってはいたが逃してくれるつもりはないみたいだ。


彼等は京都の呪術高専の生徒。私が向こうにいた時と一学年進んで、今では2年生と3年生になっている。ここに居るみんなはちょうど入学から一緒にお仕事をさせてもらっていたけれど、優秀でしっかり者ばかりだ。東京の学生とは少し毛色は違っているけれど悪い子達ではない。元々私が呪術師をしていたことも話した事があるので事情は分かってくれていたのだけれども……そ、そっか、同級生が五条くんだとは話したこと無かったっけ……一先ず、隠してたわけじゃない、と前置きをしたけれど「そういうのはいいから」とすぐさま真依ちゃんにバッサリと切られてしまった。





「その……五条くんとは高専時代の同級生で……」
「ど、同級生ですって!?」
「あの五条悟と!?」
「……捺、その話本当か?」





驚愕する女子勢に曖昧に頷く中、投げ込まれた低く芯のある声に、ふ、と顔を上げた。五条くんと同じくらいの身長でありながら、彼以上に分かりやすく筋肉質な肉体は、久しぶりに見ても素晴らしい出来栄えだ。まさに壁のようにそこに立つ男の子……東堂葵くんはじっとりと私を見下ろしていた。ふんわりと香るフローラルな匂いは相変わらず彼とアンバランスで不思議な気持ちになるけれど、なんだか少しだけ懐かしく感じた。「東堂、また閑夜さんを呼び捨てにして……」と長い黒髪で目を閉じながらも困り顔の加茂くんが彼を咎めたけれど、葵くんはそれで止めるような人ではない。尤も、加茂くんもそれを理解しつつ一応注意したんだろうな、と察しつつ彼に取り敢えず笑顔を作って、いいんだよ、と伝えておいた。





「久しぶり葵くん……その調子だと元気そうだね」
「お前もな。……で?今の話はマジなのか?」
「うん、一応ね。東京の硝子……家入も同期だよ」
「……成る程な、だから"補助監督"のお前があそこまで応用できたと?」
「買い被りすぎだよ……私は準一級止まりって前も教えたでしょ?」





どうだか、とフンと鼻を鳴らした彼とは2年の付き合いになるだろうか。元々は名前すらもロクに呼んでもらえなかったのが懐かしい。去年の百鬼夜行で良く言えば縁あって共に戦った時以来、彼からは突然「捺」と名前で呼ばれるようになった。数え切れないほどの呪霊を祓ってから、年下の、今まで苗字すら呼んでくれなかった彼に突然呼び捨てられた時の衝撃は未だによく覚えている。彼は学生でありながら類稀なる才能とセンスを持っていて、正直私がいなくても上手くやっていたのは目に見えていたが……葵くん自身はそう思っていないらしい。"大人"の私がしたのは彼の戦いのサポートにすぎなかったし、彼の術式である「不義遊戯」は使うこと自体にかなりのスキルを要求されるので、ただひたすら葵くんの地頭の良さを痛感しただけだった。その不義遊戯すらも使用したのは最後の特級にだけ、という恐ろしい事実が転がっているのも底知れない。あの日以来彼は私をとても高く買ってくれているけれど、自身としては過大評価だと思っている。あの日の戦いは彼のクレバーさがあって成り立っていたに過ぎないのだから。





「……じゃあ捺さんは学生の時から付き合ってたってこと?」
「五条悟のあの態度を見る限リ、その可能性は濃厚だろウ」
「あ、いや!あれは五条くんの冗談って言うか……」





そういう道もあるのね、と感心したように頷いていた桃ちゃんとメカ丸くんに本題を思い出してハッ!と我に帰り慌てて目の前で手を振って否定したけれど2人ともジトリ、とかなり疑い深そうに私を見ている。ロボットであるメカ丸くんですらそんな感情を向けてきていると感じるのは相当だと思うけれど……本当にそれ以上に語れることが無いから困ってしまう。ある事を証明することより無い物を無いと裏付けることの方が難しいとはよく言ったものだ。私と彼に何も無い事を表す証拠なんて全然思い付かない。五条くんはこうなると分かっていて私を揶揄っているのだろうか?だとすると相当な策士というか何というか……私みたいなただの補助監督が言うよりもあの"五条悟"の発言の方が説得力は段違いだろうし……そう考えている間にも真依ちゃんや三輪ちゃんがこうなればとことん掘り下げますよ!と私を囲み始める。近くに居た葵くんに蜘蛛の糸に縋るように救援を求める目を向けたが、彼は既にスマホで推しアイドル高田ちゃんの出演情報をチェックしていて毛ほども私に興味が無さそうだった。まだ解放されそうに無い会合に意識が遠くなるのを感じつつ、また私は女子に詰められることになったのだ。そんな私達を遠巻きに見ていた2人の会話には気付かずに。






「…どう思ウ?」
「……現代の呪術界において最強の五条悟が何の利益もない嘘を吐くとは思えないけれど、閑夜さんの話が偽りだとも思えない」
「そうなれバ……」
「只の、男として考えるのならば、」
「五条悟の牽制……カ」













へぶしっ、と盛大なくしゃみをした五条くんに歌姫先輩が汚ッ!と身も蓋もない罵倒をしたのに少し笑いつつ、隣に座る彼に風邪?と問いかけると「違うと思うけど……もしそうなら愛情たっぷり看病してくれる?」とまたあまりにもサラリととんでもない冗談を口にする姿に息を吐き出した。さっきはそれが原因でとんでもないことになっていたのに……とほんの少し恨みを込めて目を細めれば、五条くんは不思議そうに首を傾げた。どうしたの?と問いかけてくるそれには何の悪意も感じられなくて、寧ろこちらの気持ちが削がれてしまった。何でもないよ、と伝えたが、それを見ていた先輩が「捺!このバカに言いたい事はハッキリ言いなさいよ!」と物凄い剣幕で怒っていたのに苦笑いする。対する五条くんは全く歌姫先輩の方を見ずに私を心配しているし、色々と混沌としてきた気がする。





「……あー……ほら、五条くん!私と先輩に何か話があるんだよね?」
「ん?うん、そうだけど……」
「アンタね……!さっきから一度も私を見もしないってどういうことよ!?」
「?何でキレてんの?」
「別にキレてないけど」
「だよね、僕何もしてないし。歌姫を見る用事もないし」





明らかな青筋を浮かべた歌姫さんに大丈夫かな……とヒヤヒヤしながら取り敢えず成り行きを見守った。楽巖寺学長のミーティング招集のお陰で京都のみんなから何とか解放された私はすぐに廊下を歩く五条くんに呼び止められたのだ。何やら重要な用事らしく考えるより先に頷いてしまったけれど、真面目な歌姫先輩と彼は本当に相性が悪いみたいだ。話し合いが進むかどうか此方が心配になる、と思っていたけれど、五条くんがサッサとそのやりとりを切り上げて軽く呼吸し直したのに少なからず本当に大切な事だ、と理解した私はぐ、と背中を伸ばした。







「高専に呪詛師……或いは呪霊と通じている奴がいる」






有り得ない!そう叫んだ先輩の声が、私達3人しかいない部屋に木霊する。……頭が追いつかなかった。呪詛師や呪霊と通じているなんて、そんなことあり得るのだろうか。次々浮かぶのは毎日顔を合わせている東京の生徒や先生、補助監督……そして、ついさっき久しぶりにあった京都側の生徒達。その誰とでも刻まれた思い出が私の中に存在する。もしかしたらこの中にそんな人が居るなんて、考えたくもない。服の中を流れた冷たい汗にシャツと肌が吸い付いて気分が悪くなった。私が呆然とする中でも五条くんの話は続いていく。確かに、最近現れる呪霊は何かと規格外の存在ばかりだった。確かに今何かが変わろうとしている、そう感じるのに特に異論が湧かないほどに"異様"だった。これは虎杖悠仁という両面宿儺の器が現れたこと自体が何かを呼び覚ますきっかけだと思い込んでいたが……それ以前に、アナログ的な方法で私達の動向を伝えている者がいるかもしれない、ということだろうか。





「京都側の調査を歌姫に頼みたい」
「……私が内通者だったらどうすんの?」





歌姫先輩の問いは間違いでは無かった。そう気付いている以上用心するに越したことは無いのは当然だろう。だが、彼もまた馬鹿ではない。信用のおける人間と置けない人間の区別は付けているはずだ。こうして彼のそれを否定する言葉を待つ私だったが「ないない、歌姫弱いしそんな度胸もないでしょ」と、あまりにあっけらかんと言われた言葉にポカンと口を開けた。それを聞いた歌姫先輩はほぼ反射的に立ち上がり、力一杯投げ飛ばした湯飲みとそれに入った熱いお茶が宙を舞ったが、それより先に五条くんは私の肩を抱くと無限を発動させて難なくそれを弾いた。捺に当たるだろ、と不服そうな声の彼に先輩は我に帰ったようで私の元にすぐに駆け寄り何度も何度も謝ってくれた。煽ったのは間違いなく五条くんだったので先輩のせいではないですよ、と言ったけれど、責任感の強い彼女はあまり納得していないみたいだ。取り敢えず拭くものを持ってくるわ!と部屋から飛び出していく背中は嵐のようだ。先輩は綺麗で落ち着いているのにたまにこうなるなぁ……とバタン、と閉まった扉を見送った。




「捺には主に職員の方を見ていて欲しいんだ」
「……生徒じゃなくて?」
「それは僕がやる。……出来ないでしょ、お前」




同じように彼女を見ていた彼は不意に私の名前を呼んだ。続いた言葉は正直思っていた頼みと違っていて、思わず聞き返したけれど彼の断定的な言葉に口を噤んだ。……間違いでは無い、と思う。今少し巡らせるだけでも頭も胸も痛く、苦しくて仕方がないのだから、本当にそういう目で見ることになるときっと疲弊してしまうだろう。だが、かと言って五条くんがそうならないという訳ではない筈だ。私は彼もまた生徒の事を見つめ、愛していると思っている。そんな彼に辛い役目を押し付ける訳には、





「……今、僕の心配してたでしょ?」
「……!!どうして、」
「分かるよ、僕が君を何年見てきたと思ってるの?」





ツン、と額の真ん中を小突いた彼は笑っていた。捺が心配だからこうしたの、と言うその口振りに嘘は感じられない。だが、それとほぼ同時に少しだけ眉を下げた五条くんは「話してごめんね」と一言私に謝ったのだ。何についての謝罪なのか全く検討が付かなくて、どういうこと?と聞き返すと、彼は数秒黙ってからゆっくりと口を開いた。





「捺に話すと気にするって分かってた。……でも、僕が今こっちで手放しに信頼できるのはお前ぐらいだったからね」
「……五条くん」
「だから、ゴメン。辛い事押し付けて」





彼にこうして心から謝られるとき、胸がどうしても痛くなる。不思議なものだ。昔から豪胆だった彼に少しは落ち着いて欲しい、とか、謙虚さを求めたことがあるはずなのに、そう思ってはいても実際は違和感が拭えない。私は無意識に、五条くんにはいつも振り返らずに前に立っていて欲しいと思っているのかもしれない。これは私のエゴだけど、私にとって五条悟はそういった存在なのだ。






「大丈夫だよ」






だから私は笑った。いつの間にかさっきまでの動悸は収まっていた。五条くんが五条くんらしくある為にならきっと出来る。私は昔から今日までずっと、彼に夢と希望のような綺麗なものを見ているのかもしれない。彼の強さに幻想を抱いているのかもしれない。もっと未来がいいものになる、と、信じているのかも、しれない。不穏なものが渦巻く呪術界でも、彼さえいればどうにかなる、本気でそう思っている。五条くんは大きく目を開いてから少しだけ弱々しく息を吐き出した。……こういう時のお前は思い切りが良すぎるの、と、呆れ混じりのその声に褒め言葉だよ、と答えたその声は、さっきまでよりもずっと凛としていた。





信じるもの



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