多分それは





最近、妙に気になる存在が居る。




彼女は特別目立つ人間というわけではない。こうして呪術高専での数少ない同級生だ、という繋がりがないと、出会う事のなかった人種と言っても過言でないだろう。彼女は虎杖のように明るく活発ではないし、釘崎のようなハッキリとした妙に逞しいタイプでもない。静かで、どちらかと言えばおどおどしていて、自分に自信がない。そんな人間だ。勿論俺とも似ているところはあまりないと思う。……いや、訂正しよう、一つだけ、彼女と俺にも共通点がある。それは、何かを良い結果に導こうとする時、自分1人の犠牲で事が足りるなら、それを選ぼうとする所、だと思う。




勿論、これはあまり褒められたものではない。命は一つしかないし、別に自分がそんな役割を担っても、その問題が解決するかどうかなんて分からない。そう頭で理解しつつも、つい、誰かに態々頼むよりも動きやすいという理由で俺が取り敢えずその選択を選びがちな所は確かに自覚しているし、五条先生にも指摘された。実を言えば彼女をこうして改めて観察するようになったのも彼が「捺もそういうタイプなんだよね」と薄く笑った顔がきっかけでもある。閑夜捺……確かに、先生の言いたいことは分からなくも、ない。


彼女は多分、全体を一歩俯瞰するタイプだ。俺たちとのやり取りも直接自分から関わってくるというよりは、外から見てゆっくり微笑みを溢すような、そんな人間だ。こうして彼女を暫く見ていても別に俺たちが嫌いというわけではなく、ただ単純に輪の中に入っていくのが苦手なだけのような気がする。なのでそれを虎杖や釘崎が腕を引いて巻き込んでいるそんな図が多い。そういう時の閑夜はすこし困ったように眉を下げながらも柔らかい笑みを浮かべているのを見るに、やっぱり嫌いという訳ではなさそうだった。任務では俺たちを平気で庇おうと前に出て怪我することもあり、大体その2人に怒られている。俺は、というと、彼女の行動が分からなくもないからこそあまり強く言えなかった。あの2人も、勿論閑夜も悪い奴じゃない。むしろ、いい奴だと思う。だからこそ、きっとそういう場面では俺も自分の身を、彼女とは違った形で差し出す可能性がある。というか、多分そうする。



「伏黒、最近捺のことばっか見てないか?」
「アンタまさか……!そういうコトなの!?」
「違えよ」



虎杖と釘崎には最近はよく絡まれる。実際俺はそういうつもりはないのだけれども、勘違いされる理由も分からなくは無いのであまり強く否定はしなかった。それコイツらの事だ。ムキになる方が揶揄われる気がする。今、彼女に向いている感情は単なる興味に近い。……あまり2人で話す機会も無い分、彼女がどんな人間なのか、俺は未だ計りかねていた。考え方の根底が近いことはなんとなく分かったけれど、他のことは対して何も知らない。俺に対しては彼女はどんな態度を取るのか、どんな反応をするのか、純粋に気になった。







そんなことを考えながら簡単な筋トレをしていたが、いつの間にか目標のセット数を達成していたことに気付き、深く息を吐き出す。小骨が引っかかっているような喉に張り付く乾燥が居心地悪く、多少面倒だと思いながらもベッドから立ち上がった。喉が渇いた、単純なそれだけの理由でドアを開けて夜の薄暗い高専の廊下を1人で歩き始める。高専はそれなりに年季のある建物ということもあり、木造の床が足を踏み出す度に不快な音でギイギイと鳴いた。



「っひ、」



突然、少し前の方から聞こえた声に無意識に体に力が入った。声の聞こえた方向にじっと目を凝らすと瞳が順応してきたのか、少しずつそのシルエットが浮かび上がり、思わず「閑夜?」と該当する人物の名前を呼ぶと、暗闇の中から震えた声で……伏黒くん?と返事が返ってきた。さっきまで散々考えていた人物にこんな風に出会えるとは思ってもみなかった。普段の彼女はころり、と鈴を転がした時のような綺麗な声だったが、今はどうやら違うらしい。立ち竦むように廊下の隅にポツンと立っていた彼女は情けなく目と眉、更に口角までも引き下げており、明らかに困っている様子だった。



「どうしたんだ、こんな時間に」
「そ、の、お水……飲もうと思ったんだけど……」
「……もしかして、怖い、のか?」



びく、と分かりやすく肩が揺れる。俯き加減に小さく頷いた彼女はいつもより一等小さく見えてなんだか見ている此方が悪いことをしたような気にさせられる。恥ずかしいよね……と蚊の鳴くような声で言う彼女は「呪いと戦うのにお化けが怖いなんて……」とあまりに悲痛そうに続けたが、俺にとっては別に大した問題には感じられなかった。そもそも呪いと彼女の言うお化け……幽霊は別物だ。幽霊がこの世に居るのかはさておいて、呪いは思念体の集まりのようなものだし、別にどちらもを怖がらないようにすることは呪術師には必須では無いだろう。恥ずかしく無いだろ、と思ったままに口にすると閑夜の目は大きく開かれて丸くなる。なんだか小動物みたいだな、なんて気分にさせられながら殆ど衝動的に彼女の手を取り、そのままキッチンの方へと歩き始めた。

伏黒くん……!?と驚いたような声が俺を後ろから聞こえる。まぁ、俺が腕を引いているから当たり前なのだが、困惑に揺らめく声色は少し面白い。怖いんだろ、と口にすれば彼女は分かりやすく沈みながら視界の端で小さく頷いた。そんなに申し訳なさそうにしなくていいのに、と思いながら歩けば、結局は大したことない距離だ。すぐにキッチンについたのでスイッチを押して小さな灯りを付けて、自分のコップをテーブルに置く。ついでに彼女が持っていた薄い黄色のコップを拐い、冷蔵庫から冷やされた水を取り出して8割ぐらい注いだ。それを目をパチパチさせながら見つめる彼女は、俺が思っていた何倍も素直だ、と感じた。


「これぐらいでいいか?他に必要な物は、」
「あっ、ない、よ……?」
「なんで疑問形なんだよ」


絶妙な愛らしさに、ふ、と溢れた笑みに閑夜は瞬きと共にその目をまたくるりと丸くするとパクパクと口を動かす。声にならないのだろうか、と少し近付いて、ん?と聞き返せば暫く視線が右往左往し、やっと俺と重なって「ありが、とう」と一瞬詰まりながらも彼女は感謝の言葉を口にした。ほんのりと赤く染めた頬とすぐにキュッと窄められた唇に何故か目を奪われて、どう応えていいか分からなくなった俺に、彼女は次第に赤かった顔を青に染めていく。あぁ、しまった、悪い事をした、とすぐ込み上げた罪悪感をどうにか彼女に伝えたくて今にも逃げそうな両手を包むように捕まえる。怒ってるわけじゃない、と簡潔に伝えると、ゆらりと揺れた瞳がそれを信じると決めたのか、今度こそしっかりと彼女と"目"が合った。不思議な感覚だ。別にどうというわけではないのに、こうして彼女と瞬間を共有するのが嬉しくて、そしてどうにも、胸をつかえる気がする。彼女のことも、彼女に対する自分のことも分からなく事だらけだが、ただ唯一すべき事はとりあえずこのまま、彼女を自室に送り届ける事だろう。戻るか、とゆっくりと出来るだけ怖がらせないように柔らかく声を掛けた俺に薄く笑みを浮かべて頷いた彼女は安心した様子でへらりと眉を下げて口を緩めた。突然、じわじわと彼女の手と触れている指先から熱が昇って、背中にぞわりと何かが駆け上がる。ぐ、と締め付けられたみたいに胸が痛くて息苦しい。嗚呼、何だ、この感覚は。思わず顔を顰めた俺に心なしか首を傾げて、



「どうしたの……?」



と心配そうに俺に声を掛けてくる彼女が何だか、無駄にキラキラとして見えたのは気のせいだろうか。







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