君は綺麗だ



「浮気されて別れたァ!?」
「そんな大声出さないでよ……」




ぐったりとファミレスのテーブルに崩れた私に目の前に座っていた野薔薇は信じられない、とでも言いたそうな顔を向けてくる。彼女は暫くそうして私を見ていたが、途中で深々と息を吐き出して「どうせそうなると思った」と呆れ混じりにさっき頼んだ苺パフェをスプーンで一杯、自らの口に運んだ。赤々とした果実が整った唇に吸収されていくのを恨めしく睨み付けたが、私のそんな目は意にも介さないらしく、容赦なく苺を噛み潰し、喉を上下させた。野薔薇はぺろり、と果汁で赤くなった唇をひと舐めしてからナプキンで口角を拭ったけど、それじゃ最早拭いてる意味も無いし、お上品を装ってるだけだ、とつつきたくなるのは今の私の心が荒んでいるせいだろう、きっと。


結局、こんなワンコインもしないパフェを置いてるファミレスで上品だなんだと語るだけ無駄だろうな、とかそんな事を思っている間にも彼女の前に鎮座していた筈のクリームで出来た山は平らになっていく。やっぱり彼女はお上品でお淑やかな女性には程遠い。本人曰く"1万人に1人の美少女"らしいけど、せいぜい100人に1人くらいだと思う。や、500人かな?なんて、数をほんのり増してしまう私はなんやかんや彼女に甘い気がする。だって野薔薇は、綺麗だ。





釘崎野薔薇は美人だった。少なくとも私は今まで出会ってきたどんな女の子よりも、彼女の事を綺麗だと思っている。目鼻立ちはキリッとしているし、瞳は大きく今風だ。野薔薇はレースやフリルが似合うようなふんわりと華のあるタイプではないし、白百合みたいな透き通る可憐さは無い。けれども彼女には他の人には無い、刺すような鋭い存在感がある。内側から滲み出る自信を上から塗したような強気な表情は、私にとってすごくすごく眩しくて、羨ましいものでもあった。"釘崎野薔薇"その仰々しくもある名前に負けない強さが彼女にはあった。それは唯一無二で、私にはきっと、どれだけ努力しても辿り着けない、持って生まれたモノ、なんだと思う。彼女は綺麗なガラスケースに入れられた御伽話に出てくるようなお飾りのバラでは無い。どんな地面でもしぶとく生えては赤く大きな花弁を付け、その下に太くて尖った棘を隠す事なく携える、野バラなのだ。




「っし、パフェも食べたし、行くか」
「……え?何?」
「何って、ゲーセン」



ぼんやりと考え事をしてる時に投げ込まれた言葉に「は?」と素直な反応をしたつもりだけど、野薔薇はそれを聞く気はないらしく、行くわよと立ち上がるとそのまま店を出て行こうとする。お会計は!?と慌てて彼女を引き戻そうとしたけれど、顔すら向けずひらひらと手を振って「さっき払った」とだけ言ってのける。今度は疑問符だけで無く感嘆符も付けた先程より大きい「は!?」にも彼女は振り向かない。半ば無理やり私の手を掴んだ野薔薇はニヤリととんでもない悪人ヅラを浮かべると「ボーリング、負けた方奢りな」なんでとんでもない言葉を口にする。なんで!?と驚きの声を上げる私に満足そうにすると彼女は迷いなく私を連れて、ゲームセンターへの道をスタスタと歩いて行った。







……すっかり日も傾いた頃。特有の鉄臭い匂いを纏った私達はお互いに幾分疲れた顔でゲームセンターを後にする。結局ギリギリで私のスコアが上回り、奢りは野薔薇になったけど、それでは流石に悪いとついでにカラオケにも寄ってそこでは私が出して、最後にゲーセンを練り歩き白熱したエアホッケーバトルを繰り広げたのだ。流石に体は重いし疲労感がどっ、と、のしかかってくるのを感じ、小さく息を吐き出した。あー、疲れたなぁ。

私と殆ど同じように野薔薇も疲労で顔が死んでいたが、私自然と吐き出した息に頭を持ち上げるとじっとこちらを見つめた。私がその視線に気付いて、ん?と彼女に聞き返したが、野薔薇は暫く黙ってから別に、とほんの少しだけ目を伏せる。都会から離れた東京の片隅にある高専の風景へと近づくに連れて古い電灯がジリジリと鈍く焼けるような音を立てたけど、こんな時でも野薔薇のバサバサとセパレートした睫毛は毛先の方まで綺麗にカールしていてて、ちょっとずるい。



「捺はさ、」
「……ん?」
「別にめちゃくちゃ美人って訳じゃないし、それはもう絶世の美女なんて烏滸がましいレベルだけどさ」



ちょっと、と聞き捨てならない言葉に思わず貶されているのか、と言ったけれど彼女はそれに答える気はないらしい。相変わらずの澄ましたその顔はただ前だけを見つめていて、私はなんだかそれ以上口を挟めなくなってしまった。ゆっくりと開いた唇を合わせて閉じ、野薔薇がその続きを発する瞬間を待つ。地面に擦れるような足音が暫く二つ響いて、ふ、とそれが止んだ。私の数歩前で立ち止まった彼女はくるり、とごく自然な動作で私の方へと振り向いた。手入れされた栗色の髪がふわり、と浮かんで、私の視線は意識せずとも彼女に向かう。そして、野薔薇は言った。




「綺麗だよ、めっちゃ」



ひゅ、と息を呑む。彼女の口から溢れたその文字列は、私が彼女に向けていた感情の筈だった。なのに、どうして。頭を殴られたような強い衝撃に言葉が出ない。喉が震えない。そんな私に野薔薇は確かに一歩近付いた。別に彼女と私は身長差なんて大したことないはずなのに、なんだか今この瞬間は彼女はすごく大きく見えた。お互いの足元に伸びた影が地面で重なって、凛とした瞳が私を捉える。逃げられない。




「アンタは割と無茶して心配かけるし、その癖あんまり反省もしないし、」
「っちょ、」
「かと思ったら今度は変な男に捕まって凹まされてるし!」
「のばら、」
「ちょっとはコッチの気持ちも考えてくんない!?」




どんどんと声のボルテージをあげて、最後にはギャンっと噛み付くみたいに私に掴み掛かった野薔薇に目蓋を大きく開いて目を丸くした。だって、そんなの、知らなかった。はぁ、はぁ、と俯き加減に何度か息を吐き出して少しずつ呼吸を整えた彼女はゆっくりと私の肩に置いた手を外す。彼女が私に向けた明らかにムッとして不満そうな表情が少し子供っぽくも見えた。ほんとバカ、と吐き捨てた暴言に上手く返す術を私は持っていない。ごめん、と考えるより先に溢れた謝罪に野薔薇は自慢の髪をくしゃくしゃにかき回してから「謝られたい訳じゃねぇし!」と張り上げる。唇を噛み締めた彼女はそのままくるりと踵を返し、スタスタと私を置いていくように高専の門を潜っていってしまうので、遠のいて行く背中を慌てて追いかける。次は私がうごかないと、きっとだめなんだ。



「野薔薇、」
「うるさい」
「わたし、ごめん、その」
「いいってば!」
「わたし、野薔薇のことすごく綺麗だって思ってて」
「ッアンタね……!」
「だい、すき、」



しつこく付き纏った私に文句でも言おうと勢い良く振り返った彼女だったが、丁度私が伝えた台詞にぐ、っと体を固くする。パクパク、と金魚みたいに口を何度か開け閉めして、それからグッ、と悔しそうに歯を噛み合わせ「アホか!」と私に怒鳴った。でも、その顔が今朝のパフェの苺みたいに真っ赤だってから、つい可愛い、と思ったままに笑ってしまって、すぐにキレた野薔薇に思い切り頭を叩かれてしまった。訂正しよう、彼女はとっても綺麗で、とっても可愛いひとだ。






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