あーもう!

※WJ144ネタバレ

















「じゃ、頼んだぞ」





その一言を最後に真希ちゃんは私に背を向けてどっかりとソファに腰掛ける。少し前までいつも見惚れるくらいに綺麗で、彼女の性格を表すみたいに真っ直ぐだったその髪は、今では毛先が不揃いな事は愚か、チリチリとパーマを当て過ぎた時みたいに縮れてしまっている。……実際の彼女はパーマなんて比じゃないくらいの熱に当てられてしまったのだけれども。



渋谷での一件で真希ちゃんは生死を彷徨った。弱っちい私は擦り傷くらいしかまともな怪我が無かったのに対して、彼女は全身に大火傷を負い、反転術式でもその跡は治すことが出来なかった。幸いにも彼女は持ち前のフィジカルのおかげで一命は取り留めたものの、その痛々しい姿にはまだ見慣れない。彼女を見つめる度に苦しくて、それこそ喉がやかれてしまったみたいに息が出来なくなる。……まぁ、白いベッドの上で眠り続ける彼女をひたすら見つめて涙を溢していた私に、目覚めたら真希ちゃんは開口一番「ブッサイクな顔」なんて言い放ったのだが。あれは最悪だった。デリカシーのカケラも無かったと思う。



ともあれ、真希ちゃんの目覚めてからの回復は目覚ましいものだった。天与呪縛は今までの彼女を見ていると手放しに"羨ましい"なんてとてもじゃないが口に出来ない。でも、今回ばかりは私は純粋に彼女の持つ力に感謝したし、寧ろ感謝し切ってもし切れない程だと思っている。尤も、彼女本人がどう思っているのかは分からないけれど、正に真希ちゃんの生存は奇跡であり、天から与えられた恵だと感じたのだ。もし彼女がそれに素直になれない運命の元にあるのだとしたら代わりに私が神様にありがとうを伝えたい、そのくらい私は、真希ちゃんが生きていたことが嬉しかった。






「ほら、早くしろよ。日が暮れるぞ」
「ちょ、ちょっと待って……心の準備が」






……嬉しかったけど!でも、だからと言ってこれは無い。絶対ない。急かすような彼女の声に手に持ったハサミの先が微かに震える。決して美容用のハサミではない。そう、真希ちゃんは動けるようになってすぐ、突然図画工作に使う何処にでも売っているようなハサミを私に手渡して「髪を整えろ」なんて言い出したのだ。勿論私は他人の髪なんて切ったことないし、自分で前髪を整えることも滅多にしないくらいには散髪経験が皆無なのだ。事前にそれは伝えたし、真希ちゃんは気にしないだなんて言っていたけれど私が気にする。物凄く気にする。あんなに凛々しさと美しさが共存していた彼女の髪を全くのど素人が良いものに出来る筈がないのだ。


少しも動く意思を見せない自分の右手をぼんやりと見つめていると、おい、と首を後ろに傾けた真希ちゃんは「何ぼーっとしてんだよ」そう呆れたように呟きながら目を細めた。迷った挙句、現実逃避かな、なんて答えた私に真希ちゃんはもっと深い息を吐き出す。





「別にあれこれ要望を言ってる訳じゃねぇんだし気楽にやれよ」
「気楽ってナニ?ぜったいむりだよ真希ちゃん」





スタイリングの知識もなければ今の流行りの髪型も直ぐには思いつかない。そもそもスタートラインにすら立てていない私は髪を切った後の彼女が少しも想像出来ないのだ。天に伸びる大木のような曲がらない背中に揺れるポニーテールは彼女らしさを強く表していて、何処か武士道すらも感じさせる。あれ以上に禪院真希らしい空気感を私は、知らない。……暫く考え込んでから、やっぱり断ろうと口を開いた私に真希ちゃんは不意に口を開く。






「一番、お前好みな私にしてくれよ」






頼む、と最後に付け加えられたその言葉。いつもの自信溢れる声とは少し違う、ほんのりと穏やかな私への"お願い"真希ちゃんが今どんな顔をしているのか分からないけれど、気付けば私は石像のように固まっていた腕を動かしていた。どくどくと心臓が早鐘を打って煩くて止まらない。私好みの真希ちゃん、なんて、彼女がそんなことを言うなんて思わなかったのだ。銀のハサミの音が静かな部屋に響いて、あまりに真剣な私に真希ちゃんが喉の奥をクツクツと鳴らして笑う。切り落とす度に心を込めて、私の命をすり減らすくらいに一刀一刀丁寧に刃を滑らせる。……一体どのくらい時間が経ったのだろうか。苦戦しながらも出来上がったその仕上がりを鏡で確認した彼女は「ふぅん?」と何方とも取れる反応を示していた。






「これが"そう"なのか」
「ど、どう……?」
「ま、見慣れはしないけど、お前の好みなら仕方ねぇな」






鏡越しに真希ちゃんは私に向けてニヤリ、と口角を持ち上げ目を細める。意地悪そうな、揶揄うような、それでいてカッコいい笑い方がほんとうにずるい。結んでも肩あたりにまで伸びていたポニーテールの面影はなくなり、男の子を思わせるさっぱりとしたショートヘアになった彼女は一層男前に見える。前の真希ちゃんとはまた違った種類の美しさ。生々しく残る頬の火傷の跡とはらりと靡く襟足には彼女の覚悟のようなものが滲んでいる気がした。私が切ったのに、そう思わせる真希ちゃんの迫力にはいつも驚かされる。仕方ない、そう言いながらも階段を上っていく彼女の足取りは軽く、機嫌良さそうにも見えた。彼女もそれなりにこの髪型を気に入ってくれた、という事で良いのだろうか。



「……あ、そうだ」



二段目に足を掛けようとした真希ちゃんは壁に背中を預けながらくるり、と此方に振り返る。首を傾げた私がどうしたのかと問いかけると、彼女は短くなった髪をグイッと掻き上げた。そして、その優雅な手付きに思わず目が釘付けになった私にふっ、と息を吐き出すように笑ってみせる。






「……今の私、カッコいいか?」





あまりに堂々とした、答えの分かり切った問いかけ。端正な眉目。一瞬衝撃に声が出なくて、でもすぐに何度も何度も赤べこみたいに頷くと「ばーか」と小馬鹿にしたようにほくそ笑み、今度こそ真希ちゃんは階段を上って行ってしまった。久しぶりに見た彼女の楽しそうな笑い方に、どんどん顔が熱くなっていく。あぁ、もう、本当に真希ちゃんはずるくて、かっこよくて、きれいで、素敵な女の子だ。








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