犬コロ







「漏瑚さん!」





パタパタ。そんな足音が聞こえてきそうな煩いくらい軽やかな足取りと高い声。真っ直ぐ立った耳と振り回されている尻尾。こやつが動物霊なのは誰もが見れば分かる話だ。儂とは比べ物にならない程に低級でどうしようもないこの犬コロはよく分からんがいつの間にかここにいた。真人の差し金かと思ったが、彼奴も之を興味深そうに眺めていたのを見る限り違うのだろう。自然発生したのかは分からないが、そのどうしょうもない呪霊に懐かれてしまっているのだけは揺るがない真実だった。


大抵しょうもない話ばかりだった。その辺に落ちていた木の実が美味かっただ、波の流れが良くないだ、今年は不作で虫も育たないだ、儂の興味をそそるような話題を提供することは殆どない。ならば戦闘で役に立つのかと言われればそうでもない。呆れるほどの弱さには呪い同士でも殺されるんじゃないかと思うほどの物なのだ。それが案外どうしてか、夏油や花御にも好かれているのだから全く理解が及ばない。こんなのの何処がいいんだかと苦言を呈したこともあったが、何故か皆が儂を見て気色の悪い笑みを浮かべただけで、存分気味が悪かった。なんなんだ、彼奴ら揃いも揃って……





「漏瑚さーん?」
「ッええい!なんだ騒々しい!!」
「今日も元気だね!」





ニヘニヘ……あぁまた呪いらしからぬ間抜けな笑顔を見せおって……なんて思いつつ、ふ、と目線を下にして息が止まるような感覚に陥る。こんな屈託のない笑みを浮かべるこの女の体は幾つもの穴が開いており、向こうの景色が見えるほどに崩れ落ちていた。いつも邪魔くさいほどに振り回している毛艶が良い尻尾も千切れ、片耳が削り取られ、動物霊らしさは消え去り、見るも無残にな姿に変わり果てている。思わず「何があった」と聞き返したが、能天気な顔でやられちゃった、と一言しか欲しい情報が明かされなくて無性な苛立ちを覚えた。何処で、誰に、と問い詰めても元より頭が足りないせいか酷く漠然とした答えだけがもどかしい位に少しずつ開示されるだけらしい。ただ、分かったのはそれが高専とか言う忌々しい組織の呪術師のせいだと言うことだけだ。


だが、それで構わない。それだけで良かった。腸が煮え繰り返るような熱が体全てを貫いた。驚いた顔で儂を見上げる弱小に「案内しろ」と言い放てば、女は少し眉を寄せて目元を潤ませながら首を何度も縦に振った。……本当に馬鹿な娘だ。痛みを吐き出さず小癪にも我慢するなんて、お前らしくもない、と乱れきった毛並みをわしわしと撫でてから陀艮の領域から一歩踏み出した。






愚かな人間を殺すのは容易かった。数人の呪術師はもはや原型は留めておらず、燃えて焦げとなり周りの草木に煤を落とした。花御がそれに文句を言っているのは分かったがそれを気にできるほど今の儂は冷静ではいられなかった。ああ、醜い。弱く何にもなれないアレを虐めておいて「死にたくない」と命乞いとは見上げた根性だ。着いた現場には彼女を嬲った奴らがまだ居座っており、そこに広がった呪術の痕跡と彼女の跡に気づけば周りの草木を燃え上がらせてしまっていた。出力を上げ過ぎたか、とも思ったが生意気にも怯える顔を見ていると益々大気の温度が増していくのがわかる。死を恐れているのに、他を、アレを追いやるのはさぞ楽しかったのだろうな。本当にどうしようもない生物だ、これが支配する世の中など、やはり野放しには出来ない。


持てる限りの苦しみを与えてやろうと思った。仲間を1人ずつ、内臓から溢れる溶岩で燃やし尽くしてやろうと思った。すぐに肺がやられ呼吸するたびに喉が焼かれるだろう。否、思うだけではない。儂は既に"そうした"のだから。その血肉を還元することすら許さない。お前たちに残されたのはただの、灰だけなのだから。





「……漏瑚、さん」
「帰るぞ捺」
「……!はいっ、あ、」
「自分が体を失ったことを忘れる馬鹿が何処におる!全く……」





べた、と倒れ伏した犬コロを抱き上げて一応"家"とも呼べる常夏の空間へと戻った。待ち構えていた真人と夏油は嫌に楽しそうな顔をしていて、……何だその目は、と睨めば揃って手を振って「別に?」なんて言ってのける。訳がわからん。空いていた妙に目を突く色彩の椅子に彼女を寝かせて暫く大人しくしていろと伝えその場を離れたが5秒と経たぬうちにこの阿呆はまた儂に走り寄ってくる。仕方がなかったのでつまらない事この上ないが此奴の隣に居てやることにした。早く治せ、と頭に触れればまた破顔するどうしようもなさに何度みても嫌気が差す。もう少し落ち着けないのかと呆れる儂に首を傾げて機嫌良く、治りかけのまだ短い尻尾を雨の日の水車のように回す馬鹿に「また千切れるぞ」と叱った。そして、それに酷く気落ちしたように小さくなる肉体に罰悪く口を噛むのも、自然と伸びていく自らの掌も、いかんせん気に入らない。だが、どうしようもないこの低級呪霊の甘過ぎる声と笑顔に釣られるように儂の口角が持ち上がったのを見て、鬼の首でも取ったように騒ぎ立てる彼奴等が一番気に入らないのは間違いない。







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