シビトに梔子

 移住に見せかけた───処刑。

 それが聖府の掲げるパージ政策の正体だった。下界のファルシや手先のルシは社会の敵。ルシになりそうな人間も迷わず殺す……忌々しいぐらいに合理的な手段であり、確かにそう考えるといくつものバリケードを突破しなければ立ち入ることさえ許されない封鎖区画にまとめて連れてきたのも頷ける。
 政策に巻き込まれた民間人はおらず、居るのは任務を帯びた忠実なる聖府のしもべと、抹殺対象者のみ。ここで一思いに全滅させてしまえば目撃者なんていないのだから。死人に口なし。まさにそういうことだ。危険性のある人間をわざわざ下界に運び出さなくても、命を奪いさえすれば戻ってくる僅かな可能性もなくなる。
 化け物を恐れ、憎み、責めることでしか秩序を保てない聖府のやり方は恐らく聖府内でも一部の限られた面々にしか開示されていない。
 要は、皆殺しにしちゃえば誰も気づかないよね、である。非常に胸糞だ。合理的で、無駄のない政策であるけれど……理不尽さに身を任せたとんでもない制裁のような気も、しなくもなかった。

「古い異跡だから、ちょっとモンスターも機械仕掛けのものが多いね」
「……ミラ、あまり離れるな」
「…………。お姉ちゃん、私、戦えるんだけど」
「…………」

 意思表示をしたのに返されたのは無言。奥へ奥へと迷いのない歩みで進むお姉ちゃんは、たぶん、今誰よりも冷静さをかいている。私を気遣ってはいるが、頭の中はセラのことだらけなんだろう。

 コクーンの敵とされる、下界のファルシがいる異跡───私たちはそこへ辿り着いた。いくら斬りつけても開かなかった扉がお姉ちゃんの懺悔にも等しい言葉によって起動したのか、それとも別な要因が同時に別場所で起きていたのか、考え出したら限がないけれど、何にせよ文字通り目的の相手まであと一歩のところまで来たのだ。
 私には、ここに来る目的はなかったけど。
 セラがこの異跡に捕らわれてるのも、パージ列車に乗り込む前に聞かされただけで。何もかも後手後手で、なあなあに生きてる私は酷く滑稽だろう。
 武器を片手に歩く。「なあ、なあ姉ちゃん」我慢ならないといったふうに、隣から声が発せられた。

「あんたいったい何しに来たんだ、戦いに来たんじゃねえのか!?」

 訳が分からない思いを全面に出した声に、僅かにこぼした懺悔から来る心境の変化なのか、お姉ちゃんはゆっくり立ちどまり、振り返りながら。

「……妹だ」

 聞かれなければ、踏み込まれなければ道中話さなかったであろう答えを面倒くさげに放った。
 ……だと思ったよ、お姉ちゃん。セラのこと大事だもんね。セラと、私を守るために軍に入ったぐらいだもん。誰が相手であろうと、大事な人ならば必ず取り返す。

「ルシにされた」

 後悔しか感じられない声音を最後に、私はわざと彼らの会話を意識的にシャットダウンさせた。
 何を悲しんでいるのかな、何に傷ついているのかな。
 私とお姉ちゃんとセラは姉妹で双子であっても、私は彼女らの特別にはなれやしないのに。分かっていたのに、胸がちくちくと刺される痛みに襲われて、空虚を抱いてしまうのは何故なのか。……本当は分かってる。その答えが私の弱さで、いつか克服しなければならないことも、ずっと前から知っている。

「……っ、た……」

 話し終えて追いついてきたふたりと合流した直後、つきん、と頭痛が刹那顔を現した。しかしそれだけだ。
 幸いにも気づかれる様子はなく先を見据え───もう一度振り返った。す、と指差して。

「ねえ、これは?」
「……ルシの成れの果て。シ骸だよ。使命を果たせなかったルシは、理性も知能もない、純粋な暴力だけを振るうバケモノになるのさ」

 前に立ち塞がる、時折苦しげに首元に膨張した手を添えるシ骸に対して詳しい男性を訝しむ。が、ここで問うても先には繋がらない。PSICOMの軍人とまた違った戦闘スタイルを有するシ骸は、脅威になりえそうもの。
 ……お姉ちゃんがそんなのに、やられるとは思えなかった。
 案の定、息も乱さず難なく斬り伏せた彼女は薔薇色の髪を鬱陶しげに押しのけ、戦場から立ち去っていく。私もすぐ追いかけなければならないのに、どうしてだか既に物言わぬ骸と化したそれの近くにしゃがみこみ、触れることなく。

「…………おやすみ」

 なにかを思った、、、、、、、
 連なる感情に引きずられ、口から溢れ出た追悼の言葉は霧散する。

 ルシの成れの果て。周囲を見渡して、呼応するように夥しい数のシ骸がいるのを確認する。
  偶然ルシにされ、使命を果たせず、生前の無念を抱えたままシ骸に成り果ててしまったひとたち。

「なんで?」

 こぼれる。
 自分のことが信じられないと言わんばかりの、掠れた声音だと自覚する。

「なんで私は、かれらを憐れって思ってしまったの……?」

 可哀想に似た気持ちは、私のもの。確かにそう思った。思ってしまった。見ず知らずの、全てが不明な彼らを、私は。
 ───心が、ぞわりとする。
 だれかを可哀想って思ったり、そういうのは人間だもの、何度かある。でも、これは。この気持ちは、何か違う。個別に哀れんだり可哀想だってものじゃない、もっと別の、大きいなにかを私は憐れんだ。
 漠然としすぎる思いに私は気持ち悪さを覚えながらも、鋭い色を乗せたお姉ちゃんの呼び声で我に返る。
 並び追いつけば言葉はなくとも行動で心配げに覗き込むお姉ちゃんに両手を振り、なんでもないと突っぱねる。
 何度かシ骸と交戦し、生きている装置をつけては移動して、とにかく示された道を進み続けてしばらく。昇降機を降り、階段の向こう。

 色白で、細く華奢な体つきの、私とお姉ちゃんと同じ髪色を綺麗に束ねてぐったりと固く目を閉ざしている少女の姿が───あった。

「セラ!」

 体裁を気にせず駆け寄ったお姉ちゃん。
 膝裏と背に腕を回し、力強く抱き上げる。

「行くぞ。軍の攻撃が始まる前に───なんだ」
「……“下界の烙印”だ。ルシなんだよ、その子は」
「そう言ったはずだ」

 だらん、と垂れる左上腕に印された、不思議と嫌な感じを覚える形の烙印。コクーンが憎む下界のルシの証で、逃げれぬ宿命を背負わされた人間の証だった。
 セラ。私の片割れで、お姉ちゃんの妹。
 刻印を見たのは、初めてじゃない。

「ルシは処刑か……!」
「待ってお姉ちゃん、セラが……」

 死という現実を突きつけられて憤慨するお姉ちゃんの頬に手を伸ばすセラに、私は声をかける。
 憔悴しきっているらしく、弱々しい笑みしか浮かべられていない。お姉ちゃんのようにできない私が何も言葉をかけられないまま視線を横にずらした時。

 新たな闖入者が割り込んだ。「セラ!」彼女にとって最大の味方がもうひとり、ふたりの少年少女を引き連れて飛び込んできた。スノウだ。

「……ヒーロー、参上?」
「一緒に帰ろうな」

 不安でいっぱいだろうセラを心底安堵させる得意げな笑顔で手を握るも、お姉ちゃんは認めない。「離せ。ミラもセラも、私が連れて帰る」取り付く島もない。

「義姉さん───」
「誰が義姉さんだ! おまえはセラを守れなかった、おまえのせいで……!」

 いがみ合う……ううん、お姉ちゃんが突き放してばかりのふたりでも、やっぱり仲を取り持つのは彼女だった。

「まもれるよ」
「セラ?」
「……守れるよ。だから、守って……。コクーンを……守って」
「使命か? それが、おまえの使命なのか?」
「わかった、任せろ。守るよ、俺が守る! セラもコクーンも───みーんな、守る!」
「そうだ、私がなんとかする」

 ばらばら、だ。
 どちらもセラを思ってるからこそ自然と紡がれた言葉なのに、思いの形が違うのか、でも、どちらともセラは嬉しそうに受け取れてしまえる。
 そして。スノウが二ッと笑いかける。

「安心したろ?」
「……ごめんね」

 ごめん。力を振り絞って、視線が、こちらを向く。
 彼女は私の名前を、呼んだ。だけど誰も聞こえてない。聞こえたのは、私だけ。
 ……会話に繋がらない謎の謝罪に私たちが尋ねる暇も与えられない。なぜなら。

「セラ!?」
「……まさか」
「どうして……」

 烙印を中心に光り始めたセラの体は宙に浮かび、きらきらと幻想的だけれどどこか悲しい光の───伝説どおりの、クリスタルとなったから。
 ルシの成れの果てはシ骸。それも間違いじゃない。使命を果たせなかったらシ骸で、使命を果たすと、クリスタルとなり永遠を手に入れる。まさに、伝説の証明だった。永遠……か。

「よく……がんばったな」
「がんばっただと───」

 跪き語りかけるように労りの言葉を発したスノウに激昂したお姉ちゃんが胸ぐらを掴みあげる。

「ふざけるな! セラはっ………セラは……」

 でも、最初こそ勢いがあるだけで、言葉尻は萎んでいき果てには俯き悲しみを露にした。
 クリスタルか、シ骸か。どっちにしても人間として生き抜くことが不可能となるルシになった時点で、セラはこうなる事態を覚悟していたのかもしれない。
 だから、あの日、あの時。
 私に、あんなことを頼んだのかもしれない。

『スノウとお姉ちゃんを、よろしくね』

「…………無理だよ、セラ」

 今も方向性から向き合えないお姉ちゃんとスノウがいる。
 このふたりを、私が見つめ合わせろって? そんなの、セラじゃないと無理に決まってるじゃない。私は何もできない、何も持たないのに。
 ただ殴るのはやりすぎだと諌めるべく足を踏み出して───膝をつく。異跡が揺れ、大きな音と共に当たりが崩れ始めた。ワイヤーが幾本も壁や地面に突き刺さり、とてもじゃないが動けそうにない。

「なんなの!?」
「軍の総攻撃だろ。下界の異跡ごと、ファルシをブッ壊すんだ」

 えっ!? と聞いてないと言いたげに女の子は私の手を掴み、……なんで私?

「下界に帰すんじゃないの!? パージって、そういう意味でしょ!?」
「聖府にとって邪魔なものを消すから、帰すも殺すも変わりはしないんだよ」
「そんな……っ」

 ぐらつく世界で支え合い、想像以上にうろたえる女の子の疑問に答えつつも私も危ない。頭を下げ隠さなければ無差別に打ち込まれるワイヤーに肉体を貫かれ、帰るどころかこの世からおさらばである。
 すると、がしっと右腕が誰かに掴まれる感覚に包まれバッと見下ろせば。この場にいる全員のうち、最年少であろう男の子が私の腕を掴み、パニックになっていた。咄嗟に下せたのは、掴みたかったのは私よりも狼狽える目の前の女の子だったんだろうが、慌てに慌てて正確には見えなかったんだろう、ということだけ。彼は泣くように叫ぶ。

「早く逃げなきゃ! 死んじゃうよ!」

 時間にして一分経ったか経ってないか。
 その振動は収まり、──私たちを誘い込むように奥へ続くゲートが開いた。
 露骨なお誘いすぎて、罠だと分かりきっているのに来た道を塞がれた私たちは進むしかない。その間にもお姉ちゃんとスノウは言い合う。負の悪循環だ。
 残るのは得策じゃないし、死にたくないし、私も行かなきゃ。

 そう思い立ち上がりかけたら、握っていた手を離され顔をあげれば女の子はやや無理のある笑みで。

「ごめん、私先に行くから──ホープのこと、お願いできる?」
「え? あ、ちょっと!」

 お願いできる? と疑問符を浮かべながらも言葉を発しているタイミングでみんなが入っていった扉に駆け出しているところを見るに、別に私の返事は求めていないらしく、文句を言おうとしても既に赤髪の彼女は遠くの方だ。
 急がなくてはあの扉もいつ閉まるか分かったものではない。
 押しつけにも似た行動に内心では意味が分からないと憤慨しつつも、この状況で彼女の言う「ホープ」とやらを置いていくなどしたら寝覚めが悪すぎる。軍の総攻撃で脆くなってるだろう異跡も、そんなもう長くは保たないはず。……お姉ちゃんもスノウも、今はもはや冷静なんてない。頼りになるのは己だけ。

「……君がホープ?」
「………なんで、こんな目に……どうして、」
「ねえ、答えてくれる?」

 振り返ればすぐにその子は見つかった。絶望してますと言わんばかりに座り込み、ぼそぼそと恨み言を吐き出していて、私の声すら届いていない。
 どうやら縋るのをやめて、座り込んでいた。

 正直、こっちもいっぱいいっぱいなのに面倒を見ろなんて頼み事をされて激情が漏れ出しそうなのだ。だからちょっとだけ、私としては厳しい態度で彼の腕を掴んで、口を開いた。自分も動揺しかかっていて、それを吹き飛ばすためでもあったかもしれないが、まずは動きそうにもない彼を立たせなくては。

「──ホープ!」
「っひ! えっ、あ、」

 反響した大きな声に我に返ったのか、俯いていた顔が持ち上がり碧の眼と対面する。いかにも怯えを滲ませた色に予想通りすぎてなんだか苦笑いが溢れてしまい、力ない手を握りしめてあげた。
 誰かが言ってたけど、自分よりオーバーなリアクションをとる人間が近くにいると何故か落ち着いてくるという現象を好機と捉え、できるだけ、こんな私でもできる最大限の優しさを込めた笑顔を形作り声をかける。

「ここにいるより、大勢といた方が帰れる見込みはあるよ。それとも、何もかも放り出して、ここに残る?」

 すぐさま首を横に振られ、なら、と言葉を続ける。

「いっしょに行こう。君が大丈夫になるまで、一緒にいてあげるから」

 ね? と笑えば微かに解かれる怯え。推測でしかないけれど、たぶん、彼も私と同じく目的がないままに流されるがままに異跡へ来てしまった。一番いてはいけない場所にまで来てしまって、常識の範疇を超える出来事が立て続けに起きてしまって自暴自棄の一歩手前だったのだろう。いや、もう自暴自棄になっているのかもしれないな。……優しい言葉をかけたのは、私が、いっぱいいっぱいから逃げたかったから。
 ぎゅっと握った手をやわく引っ張り、応えを待つ間もなく立ち上がった少年を連れて、お姉ちゃんたちが向かったであろう奥へ歩き出す。

 その最中に手を握り返されたから、きっとそういうことだろう。

 気味の悪い通路を抜けた先には、開けたエリア。そこにお姉ちゃんたちの姿が見える。変な形をした機械───おそらく聖府によって運び込まれたファルシが鎮座している手前に、スノウが駆け出した。「これが、ファルシ……」手を繋いだ状態で隣に佇む少年が、なんの感慨もない声で呟く。

 ───そして、見たこともないはずなのにファルシの造形がだぶる。

 ……私は知らない。知らない……知らないのに。どうして既視感を覚えてしまうんだろう。セラならともかく、私がどうして。

「…………なんだっての、……もう…」
「あ、あの」
「……なんでもない。平気。大丈夫」

 異跡を訪れてから際限なく降りかかる何かに苛立ち混じりに独り言をぼやくが、私が狼狽えると私以上に尻込みする少年の存在に鋭く制した。
 靄のかかる頭を一度振り、意識を目の前へ向ける。

 意思疎通ができるような相手ではないのはスノウも知っているはずで、知りながらも縋るしか方法がないのだ。……それに加えて、彼は、ちょっと怖いぐらいにまっすぐなんだ。人を信じて、信じ抜いて、あがく人。セラが好きになって、恋をして愛してしまうのが理解してしまうほどに。
 馬鹿正直で、愚直で、憎めない。
 だから、後ろめたさとか罪悪感を持つ人にとったら直視できないのだと、私は身をもって知っている。

「頼む! セラを助けてくれ! 代わりに俺が、ルシになってもいい!」

 セラを救うべく、悲痛な叫び。理性がどんなに無理だと囁いても誰かのために一生懸命になれるスノウはいつだって眩しかった。
 けれど。
 それだけで願いが聞き届けられるのなら、この世界、甘いにも程がある。そんな甘さや希望を、小さかったお姉ちゃんを知る人間ならすぐに分かるやけくそ加減で吼える。「バカ野郎が!」斬りつけて。まくしたてて。

「ファルシが───人の願いなんか、聞くかッ!」
「義姉さん!?」
「こいつのせいでパージが起きて、人間同士殺し合いだ。……セラは、コクーンを守れと言った。こいつを倒せってことだ!」

 果たして。
 お姉ちゃんの攻撃意思ともとれる発言に防衛機構が発動したのかなんなのか、今の今まで沈黙していた何かが急激に目覚め始め目を開けていられなくなる。
 それどころかドーム状の機械が作動し、鮮やかな紫の宝石にも似たそれが取り出されたところで───左手に感じていた温もりが振り払われる。「なッ……」犯人なんて見なくても分かる。ホープだ。ホープが恐怖に耐えきれず後方へ走り出していた。

「ま、まって!」

 仮にも託された相手を放っておくわけにはいかず、私も踵を返した途端複雑な紋様が描かれた障壁が少年の体をぶっ飛ばす。魔力だ、と意識外で判断が降りた。ファルシは私たちを見逃す気はない。そう言われている気がした。
 嫌でも聞こえてくる戦闘音になるべくホープの恐怖心を煽らせないよう柔らかな銀髪の頭を抱え、片腕で胸元に引き寄せる。体をびくつかせていたがこの際無視。少し離れた場所でも警戒は怠らず、再び弓を片手に起動させた。

「だいじょうぶ!?」
「私は何とか。この場からあの人たち援護するから今度はそっちがお願い」
「! わかった」

 安直かもしれないが見える範囲は機械だ。そして常識的に考えて精密であればあるほど機械は水に弱いのが定石で、重攻撃機に打ち込んだ矢弾を一旦抜いて新たな矢弾を構える。
 頭を抱えて精一杯現実から逃れようとするホープを一瞬見やって、私は乱戦に近い彼らの後ろ姿に視線を戻した。どこに打ち込んでいいかなんて知らない。ファルシなんぞお目にかかるのも初めてなのだから。

 装着したのは属性を答えるとなると水系のアーツをまとわせた矢弾。魔法のように見えて、だが魔法ではなくそう見せ掛けるためのものであり、威力は申し分ない。
 これを大量に種類のある矢弾をくれた人曰く、「味方識別マーカーがあればよりよいと思ったけどそこまで手が回らなかったし、何より費用がやばい。すごいよね、この世の中やっぱり金なんだわ、金。か〜ぁね!」と。徹夜明けのフルスロットルなテンションで呆れてくるポーズをとったあの研究員は、パージから生き延びれただろうか。まあ、私が心配してもなにも意味はないしどこかで馬鹿をやっているんだろうな。……そういう奴だった。心配するだけ損というか。
 そんなことはどうでもいい。いいんだ。

「はぁっ!!」

 死が真隣にいるやりとりの中で役に立たない思考をしていた頭を振りかぶり、充填された矢弾を放つ。着弾するのを見届けるよりも早く再度矢弾を構え、お姉ちゃんが横にずれた瞬間にぶっぱなす。
 斬っては殴って、銃弾の雨に晒して、後退し攻撃の手数を注意深く眺めて。

 金属疲労があるのならそろそろヒートを起こしてくれてもいいのではないかと悪態をつきたくなるぐらい、お姉ちゃんやスノウ、アフロヘアーの男性も疲労を滲ませてきた頃。
 時間にして、十数分程度。
 両方の触肢が一時的になれど機能を停止した、と思ったその瞬間。

 ───先程のものとは比じゃない眩い光が辺りを包み込む。
 咄嗟に右腕で遮るため翳すが、それすらも嘲笑うかのように光が増し目を瞑った。

「…………っ!」

 また、だ。
 パージのために詰め込まれた列車内で感じた抗えない微睡みに目を閉じながら、自らの体が水中とも、空中ともとれない空間に放り出されたのを最後に私の意識は暗転した───。








《……予言の時は来た。
 あまねく意思が集う旅の行き着く果てで、全てを知り得るあかときに選択せよ。人か───神か。

 ……あなたは、わたしと似ているようで、何も似ていない。あなたは……自分の運命を変えられる?》


 幼く、それで。

 近すぎて、遠い誰かの声が聴こえた気がした。
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -