世界の引金

 設問1、
 人通りの少ない道で知り合いに出会ったらどうするか。尚、普段なら相手の都合も鑑みるがこちらの事情も緊急を要するものであるため、自身の気持ちのみで述べよ。

 解答1、
 ―――― めちゃくちゃ絡む。

「というわけでニノくんゲットだぜ!」
「は?」


「ニノくんあそこで何してたの? 猫と縄張り争いでもしてたの?」
「馬鹿か。そんなわけあるか」
「あっじゃあ暇? 暇だったら手伝って欲しいんだけど」
「……お前は何を見て暇だと判断した」
 ずるずる。ずるずる。
「非番イコール暇」
「くだらねえ脳みそ壊されたくなかったら黙ってるんだな」
「いきなり野蛮で物騒になったね!? えーお願いだよこっちも色々大変なんだってぇ!」
「知るか。浪速のお願いは大抵ろくなもんじゃねえ」
「偏見!」
 不思議な少年と出会って、翌日。痴情のもつれで女が男を引き止めているようにも見える行動をしているには、訳があった。
 大股で立ち去ろうとする二宮くんの腕を全力で掴んで踏ん張りながら、会話の応酬を繰り広げる私たちは傍目から見ると大変愉快な男女になっているだろう。事実、自分でもえげつない力を使用して無理やり引き止めている自覚はある。
 二宮くんは生身であり、私は換装体。平素では男女の差が歴然だけれども現時点では互角かそのわずか下なので、諦める理由はどこにも見つからないのだ。
「手伝ってくれたら次のテスト特別対策代わるからさ!」
「…………………………」
 迷うのか。本当に嫌なんだな、あの地獄にも似た特別対策。
 簡単に説明すると同い年で尚且つ事実上ボーダートップの隊を率いる隊長であるはずの男は、戦闘面に関してはこちらが舌を巻くほどに頭が回るのに、ほかのことはてんでダメだという、如何にもな残念系男子だ。挙句の果てには高校時も単位がぎりぎりセー……いやアウトだったかな、どっちにしろ大学進学は絶望的だったがボーダー推薦と呼ばれる、合法の裏口入学で登っていった。余談だが彼のご両親は泣いて喜んだらしく、剣の師匠であり胃が痛い忍田さんはなんとも言えない表情で愛弟子を見ていたのは、実はこっそり知ってる。普段はあんなんでも防衛任務にも遠征にもあの強さを持つ男ありきな部分もあるので、何としてでも学業と両立して欲しいと願う忍田さんとご両親の意向もあって、必須科目のある日はどんな手を使ってでも奴を連行し、提出しなければ単位が危ない物は私やニノくんや一個上の人たちなども巻き込んでの課題を終わらせたりもしている。これがまあまあ、疎かにしない人たちにとったら苦行でしかないものだ。
 大学側から指示される課題は突き詰めると本人がやらなければ意味のないもので、どちらかというと分からない箇所を丁寧に教え、脱走しようとするのを阻止するのが私たちの役目だった。もっぱらその役目が回ってくるのは同期であり、同い年であり、同性のニノくんだったりもする。
 鋭い目付きで私をじっと見つめて、嘘じゃないことを確信したのかそれはそれは大きなため胃をついて――― ベンチに腰を下ろした。無言だけど、了承したの意だ。
「やった! ありがとうニノくん〜」
「たまの非番を無駄な押し問答で消えさせるのは惜しいだけだ、で、なんだ。昨日から出没してるイレギュラーゲートの問題か」
「ビンゴ。正隊員それぞれに通達が行ってると思うけど、比較的自由に動ける隊員がエンジニアたちとは違う視点で情報収集するのが私の任務なの」
 三門市に限定した誘導によって近界民襲撃は最善の損害となるよう務めている。だけれども、襲撃する側も馬鹿じゃない。……昨日から誘導を無効化し発生するイレギュラーな門が発生しており、私がニノくんを呼び止めこの場に縛り付けたのはこれが理由だ。
 近くにあった自販機のブラックコーヒーを押し込んで、手渡しながら隣に腰かける。
「ただ本部に詰めてたり、ランク戦してたり、遠征組だったり自由に動ける人間って割と少ないのね」
 同時に購入したアップルジュースを口に含んで概要を手短に話して、ぴん、と一本指を立てる。黙って聞いているニノくんの表情を見るに、私が何を言い出すのか分からないながらも物凄く面倒な事態を持ち込んだなと思っているに違いない。仕方がない、大正解だ。
「………迅か」
「さっすが。そこまで理解しちゃうか〜」
「なんて言ってる」
「頭上注意と、一緒に居た方が対処しやすいんだって、、、、、、、、、、
 携帯に送られてきたメールの本文そのまま告げれば、数秒額をおさえていたニノくんは本日二度目のため息を吐いた。彼が迅くんにどういった感情を持っているかは推察するしかないが、迅くんのサイドエフェクトについては信じざるを得ないのか、滅多に無下にしたことはなかった。「やはり」飲み干した缶をゴミ箱に投げ捨て、彼は凄い顔で私を振り返る。たぶん、一語一句間違えずに次言われる言葉はわかる気がした。
「ろくなお願いじゃねえな」
 ごもっともで。
 全くもってその通りであるために言い返せるはずもなく、私は苦笑を返す。
「警戒区域内だったら一番いいんだけど、それは視えなかったって言ってたから……万が一、一般の人が板としても私が引きつけるよ。ニノくんは確実に倒して欲しいんだ」
「根底の終息は」
「さて、ね。知ってるだろうけど未来視は全能じゃない、しかも限定的で制限もいくつかある。原因に至るまでのプロセスと遭遇してなければまず視えないし、やれるなら、もう迅くんは人知れず暗躍してるでしょ」
 私が言わずともニノくんならそれぐらい知っている。
 幼い頃から共に居ても、本人が自覚している情報と昔より卓越した技術者たちの手によるトリオン研究で判明している要項しか言語化されていないし、迅悠一という人間の本質を正しく見抜いている人間ならば分かっていることはひとつ。――― 彼は、胸に渦巻くネガティブの感情に追い詰められることは少ないが、いっぱいいっぱいにならないわけじゃないと。実際、風刃の使い手として正式に任命された数日後、迅くんは周囲を欺いて自室で倒れたのだから。
「………耽ってるとこ悪いが、来たぞ」
「えっ」
 言うなり黒のスーツへ換装したニノくんが上を見上げた刹那、電撃を弾くような音が二度三度響いて。

 見えた。黒い門が。

 三門市の建物なんて気にもかけない巨体が、耳障りな声を発しながら現れる。目標は二体、そのうちの一体の腕が廃棄されたビルに衝突し、て……。
 えっ、あっ頭上注意ってそういう!?
「かがめ」
「うぃっ……!?」
 遠慮なく頭を抑え込まれ、咄嗟のことでバランスを崩した私を見ることなく、キューブ状のトリオンが縦横無尽に辺りを飛び交い始める。いつ見ても鮮やかな手さばきで両手を体の横にかざし、練り上げた。「通常弾アステロイド通常弾アステロイド」あ、マジでかがんどこ。

徹甲弾ギムレット

 大量のキューブが計り知れない威力を備え、上空へ放たれる。
 音速の如くスピードで私たちの方へ降り注ぐ瓦礫だけを粉砕していき、ぱらぱらと細やかな砂塵が舞う。眼前を陣取る近界民ネイバー……バムスターはどうやらニノくんに狙いを定めたらしく、地面に膝をついて頭を守っている私なんて眼中に無さげだ。
 とっとと体勢を整えないとA級が聞いて呆れるので、念の為背後にシールドを出し距離をとった。その際、冷めた視線が寄越された。うん、引きつけるどころの話じゃなくなりましたね。あとでなにか奢るわ……。
「市街地の隅で良かった〜〜〜」
「言ってる場合か。一体ずつだ」
「りょーかい」
 そうは言うが、近界民の標的がこちらから逸れると大変宜しくない。本部はこの事態が外部に漏れることを良しとせず、この勢いで騒がれると気取られるのも時間の問題だ。なら。
 瞬時にアイビスを出現させ、狙いを口内にあるコアへ定める。上手くいけば全滅まで追い込めるだろう。た、と隣に下がったニノくんは、たったこれだけで私が何をしようとしているのか察したのかただ一言だけを告げる。「しくじるなよ」「もちろん」私も一言だけを述べて、引き金に手を掛けた。

―――― 王手チェックメイト

 警報音に紛れても尚、誤魔化せない爆音が響き渡った。銃口から放たれた幅の大きい光線は見る見るうちにバムスター二体を同時に倒していき、先程とは段違いの砂埃を巻き上げて近界民を殺しきる。日夜問わずボーダーの警報音に聞き慣れてる三門市に住む人たちも人たちだ。慣れてはあかんだろうに。
 掃討を確認後、トリガーをしまう。
 が、右耳に付けているインカムが通信を受け、ピピッと小気味よい音を鳴らすのが聴こえ、やばい、とできる限りインカムを耳元から遠くへ逃がす。次いで、

«ばっかもーん!!!!!»

 アイビスの射撃音と大差ない怒声が突き刺さった。とても怒っている。
「き、鬼怒田さぁん……鼓膜破れますって」
«そんなことはどうでもいい! 何故アイビスで狙撃した!? 住民に気づかれるだろうが!!»
「警報に上手く滑り込ませたから、大丈夫だとは思いますが。あ、もしかして開発室そっちにも聴こえた感じです?」
«迅からお前がアタッカートリガーじゃないものを使用したら怒ってくれって言ったから、朝イチでインカムに仕掛けを施したんだ。こっから見えるわけがないッ»
「げ、迅くん用意周到だなぁ。
……まあでも、つまり視えてたってことですか、、、、、、、、、、、
 反省の色もない私に呆れ返るしかないのか、鬼怒田さんはこれ以上の追求は避け、答えを返してくれた。
 曰く、「浪速かさねが誰かと一緒にアイビスをぶっぱなしてる未来が視えた、しかも割と直近」予知を信じて鬼怒田さんは私のインカムと開発室にあるメイン通信機を繋げ、面白いぐらいに迅くんの予知通りになった私に堪らず通信を試みたらしい。
 ニノくんはニノくんで既に換装を解いて、本部に戻る気で荷物を肩にかけ始めている。もしや、報告書書かなきゃダメだろうか、これ。
«……いまから緊急会議だというのに、本当にお前は……!!»
「いやすみませんって。それで、次は何を?」
«報告書に決まっとるわい! 今日中に提出せい!»
「ありゃ、切られちゃった」
 イレギュラー門の原因究明に、隊務規定違反者の査問。同時並行で済ますべき事柄が多いのも考えものである。
 ちらりとニノくんを見ても、我関せずと相変わらずクールな横顔を見せながら立っていて、どうにもこうにも報告書(という名の始末書かもしれない)作成は免れなかった。
「ニノくん! あとで焼肉奢るから報告書手伝って!」
「断る」
「ですよね!」
 分かりきっていた言葉のラリーは思ったより早くに立ち去ったニノくんに遮られ、色んな方法を考えるも打開できる策なんて浮かばず、とぼとぼと私は本部へと引き返すしかなかった。
 情報らしい情報もあまり無かったし、イレギュラー門は取り敢えず報告にあったとおりにどこにでも出現を可能としてしまっていることしか成果は出せなかったな。

愛と弾丸と、君の横顔




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