世界の引金

 突然だがおれ、迅悠一のサイドエフェクトは万能じゃない。

 未来視という単語だけを聞けば「えっすごーい!」だの「チートじゃん」だの多種多様な感想があられのように降り積もるも、完全に制御可能なはずがないし自分で手を加えてもどうにもならない未来だってある。しかも何があれって、「最善」から「最悪」の未来が行儀よく並列していることは滅多になく、最上位と最下位が示し合わせたように隣り合わせになる時だってあった。例えるならば選択制RPGのようで、リセット禁止・途中セーブ皆無の中々のクソゲーだ。
 視えてたとしても確定に限りないほど近い未来は変化をもたらすのは難しいし、視たい時にすかさずサイドエフェクトを使用して視えるなんてことは有り得ない。寧ろそんなのが可能ならおれだってもっと上手に人生を生きている。人によってどの未来が優しくて暖かくて、逆に悲しくて苦しいのかは分からない。

 おれはボーダーに献身的で、所有する力は唯一無二だということも自覚しているが、おれ自身はかみさまじゃない、、、、、、、、

 視える未来の中でよりよいものにするために、ほんの少しの手心を加えられる権利はあるとしてもだ。おれはかみさまなんかじゃない。些細な事でも未来は揺れて、しいては読み逃しも相まって薄い可能性の未来に直行してしまう時だってある。
 ざっとまとめるなら、おれの持つ力は桁外れに強大で自分にしかできないものがあっても、おれはかみさまじゃないから普通にミスをするし間違える。ただ、視えたのなら何とかしてやりたい気持ちも嘘じゃなくて、総合的な判断は行き着く未来によるのだけれど顔も知ってて、声も知ってて、親しい間柄の人間が躓いているなら僅かでも手を差し伸べてやりたいと思う程度には、おれはボーダーの連中が大事だ。
 そう思えるようになったのは、ある人たちのおかげだと胸を張って言える。おれの力に理解を示し居場所を作ってくれた恩師に、いの一番に「かみさまじゃない」と言ってくれたおんなのこ。

「……なーんて、どの口が言うんだか」

 虚しく響いた独り言におもわず失笑する。
 恩師に対する感情もおんなのこに対する感情も似ているようで、いや、同じであるけれどちょっとだけ違うそれは両者ともに伝えられていない。
 そっと、無機質で冷たい温度のトリガーに触れる。二度と届かないかの人の声を反芻させて、目を閉じた。
「…………最上さーん」
 恩師の名を言葉にするのは、そういえば久しぶりだ。気にせずにおれは続ける。「おれね」当然ながら返事はない。

「かさねがあんな顔するの、初めて見たんだ」

 脳裏に焼き付いて離れない中途半端に開かれた口、引きつった頬、何よりも、……亀裂の入った銀灰色の眼差し。我を押し通すのもできたはずなのに、馬鹿なほど優しい彼女は蹲ったおれを心配して、綺麗に紡ぐはずだった言葉を飲み干した。挙句の果てに、謝らせてしまった。
 何を言われるのか知っていた。かさねに話があると呼ばれた時に垣間見えた未来に、自分と手を繋ぐ先があったのだから。プライバシーもあったものじゃないが、ああかさねに告白されるのだと。
 正直に言おう。うれしかった。優しくて、ずっと前から見てきたかさねがおれのことを好きでいてくれている。うれしくないはずがなかった。
 お互いが大事なのも前からで、通った中高で色んな女子と交流はしたけどどこかが違うと感じていた。なんでもそつなくこなしつつ、少し抜けたかさねの部分を見て、おれに向けられる笑顔を見て、純粋にまもりたいと思ったのだ。戦闘能力の水準はふたりそろって高いし、まもる隙なんて無いかもしれない。それでもかさねの隣で視る世界はうつくしいだろうと考えていた。

 うそではない。ほんとうに……そう、感じていた。

 ―――― 結局はおれは彼女を傷つけ、どうしようもないほどに醜態をさらした。やさしい未来が視えても、その直後に耐えきれない絶望の未来を視せるこの力。
 ……ほら見ろ、そんないいもんじゃないだろ?
 未来視が万能ならおれはもっといいやり方でかさねを受け入れていたし、仕事しろサイドエフェクトだなんて思わない。傷ついても尚、離れることだってできたはずなのに自然と、今までと変わらない態度でそばに居てくれるかさねの心情は計り知れない。おれはただ彼女のその有り様に甘えてばかりのだめな男だ、好きでいてくれる価値なんて、ない。でも、かさねが離れる未来は一ミリたりとも視えてこないのだ。
「………かさね」
 防衛任務でこの場にいないのを重々承知の上で、おれの知る限りでは一番きれいな音を紡ぐ。

 まもるときめた、ゆいいつのおんなのこ。

 かさねだけを選ぶなんて、この力と共に在ると決意した時点で夢のように消え去った選択肢だけれど。それでも、それでも、だ。大切な女の子が居るであろう、より良い未来のためにおれはこの力を使う。彼女もまたおれだけを選ぶことはなく、できはしない。ベクトルは違えど雁字搦めのおれたちは、自由に動けるようで、動けない。

 ……もう一度言おう。
 おれのサイドエフェクトは、万能なんかじゃ、ない。
 ぎゅっと両目を閉じて、布団に潜る。羽休めとして生身でいたのが仇となった。かちゃり、と金属音が耳に響く。ネームタグだ。誰の? ……かさねの。肌に馴染み過ぎたそれの重さはそんなにないはずなのに、重い。おれが背負って、いいものなのだろうかと考えてしまうもの。
 それでも、手放せない。手放したくない。
 いつまで経っても成長しない甘えたの男だけど、これだけは、取りこぼしたくなかった。

 どこからか、迅くん、とやさしい声が聴こえた。




「迅さん、レンジ鳴ったよ?」

 ―――― 我に返る。不思議そうに首を傾げる宇佐美の顔を見て、漸く今いる場所、時間を思い出す。
 そうだ。これから屋上にいる遊真に話をしに行こうとしたんだったか。
「悪い。さんきゅ、宇佐美」
「いーえ? じゃあアタシ千佳ちゃんと話してくるね」
 用意したホットミルクを運んでキッチンを出ていく宇佐美を見送って、おれもそろそろ行くかと張り付いた足を動かした。……その前に、時刻を見る。いい頃合いだ。
 視えた通りなら、、、、、、、もうじきかさねが支部の玄関前に見えるはず。話をするのは本当だが、但しおれだけじゃない。かさねもいっしょだ。
「はぁ……」
 屋上に向かう廊下を歩きながら、ため息がこぼれる。呆れるしかない。ただ屋上に行くというだけでああなってしまうとは。
 わすれたい、とは思わない。忘れてはいけないことだと。そう思う。
 ……数年前の出来事なのに、昨日のことのように思い出してしまうのは。たぶん、目的地が玉狛支部の屋上だからだ。ここが、告白を受ける場所だったから。拒んで、みっともなくかさねを傷つけた場所。これから話すことに挟んではいけないと考えるも、やっぱり心が追いつかないのか全く消えてくれない。
 まあ、別にいいか。この気持ちを抱えて生きていくと、決めたのだから。
 無理やりに気持ちを切り替えて、扉を開く。次いで白い髪の少年の声が響く。「悪いね、迅さん」
「せっかく誘ってくれたのに」
「別にいいさ。決めるのは本人だ、おまえが後悔しないようにやればいい」
 こちらを見ていないのにおれが来たことがわかるのは、遊真の察知が鋭いということと、そうならざるを得ない環境下で育ったという事実だ。
 ホットミルクを興味深げに覗き込む遊真の隣に立ち、地面を見つめる。視界の端に映る橙に意識をやりつつ、なんてことのないように話を振った。
「……そうだ、それよりもおまえの話聞かせてくれよ。今までの、おまえと親父さんの話」
 遊真は依然としてこっちを見ない。どこを見ているのか、少し不安になる真紅の双眸。
「おれが聞きたいのもあるけど、あいつに話してやってよ」
「カサネさんに?」
「過ごした年月はおまえに敵わないだろうが、それでも遊真の親父さんは、かさねの養父でもあったんだ」
 きっと、喜んで聞いてくれるぞ。
 そう言うと、遊真もかさねの髪が見えたのかおれと同じ方向に顔を向けた。それを確認して、持ってきていた携帯を開いて、かさねへかける。
「迅さんってさ」
「んー?」
「……いいや、なんでもない」
 大仰に手を振れば相手も気づいたらしく、あともう少しすれば彼女も来るだろう。
 いつの間にか、胸に巣食っていた感覚は消えていた。引っ掛かりを見せる彼らの旅路は、まだまだ先まで続いていく。満月がぽっかりと浮かぶ、師走半ばのことだった。


 ―――― 未来は動き出すのだ。誰の手にも届かない、はるかな未来が。

ようこそ、私の世界へ




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