世界の引金

「おっ、また一匹来たな〜、かさね頼むわ」
「はいはいっと」
 アクションを起こされる前に起動させた弧月を中心部に突き立て、確実に仕留めたのを確認してラッドの残骸を麻袋の中に放り込む。虫の形にも似たそれに嫌悪の念を微かに抱くも、仕事だと割り切って近づいてくるラッドを一匹一匹丁寧さばいていった。……動きがちょっと、生理的に受け付けないあれと似ているのも無理なんだよ……。

 結論から言うと私のサイドエフェクトは通用した。サブトリガーにセットしている試作オプショントリガーと併用したら、面白いぐらいに釣れる釣れる。隠密偵察用小型トリオン兵に入力されている行動プログラムのパターンを解析し、主に私を中心とした場所の途中道に隊員を配置して始末するのは、なんというか迅くんの指揮能力は高いのだと改めて再確認させられた。―――― 害虫駆除と称したイレギュラー門の原因潰しは、数が数なもので行動開始した昼から夜、結果的には翌日の日暮れ前までかかった。指揮がいいのかはたまた隊員たちの機動力がいいのか、私たちが陣取る公園へ直接集まるラッドの数は少なく、同じく指示を受けて市街地へ繰り出していた遊真くんたちと合流するまでの間に始末したのはなんと二十体前後という。レプリカ先生から聞いた数と比べると、他の人たちの負担が大きいな……。そんなことを言うと迅くんに何言ってんだこいつ、みたいな表情を投げられるのでさすがに言わないけど。
『……反応はすべて消えた。ラッドはこれで最後のはずだ』
 レプリカ先生の一声で、にっと迅くんは笑って耳元にある通信機に手を置いて。
「よーし、作戦完了だ。みんなよくやってくれた、おつかれさん! …………かさね、気分はどうだ」
「ぜんぜんへーき。心配しすぎだって」
 肩を掴んで心配そうに顔を覗き込むのを手で制していると、隣のベンチに座り込んでいた三雲くんが躊躇いがちに言葉を発した。「これでもうイレギュラー門は開かないんですよね?」「うん、明日からまた平常運転だ」欠伸と共に両腕を伸ばしながら答える。
「しかしホントにまにあうとは……数の力は偉大だな」
「そんなことはないと思うよ?」
「ん?」
 ひたすら感心そうに活動を停止したラッドを見ている遊真くんに、私は笑って告げる。
「対処するには大量の人員が必要なのもそうだけど、門の発生原因が判明されなければ対処どころの話じゃないんだし。間違いなく、遊真くんとレプリカ先生のおかげだよ」
「そうそう」
 迅くんも遊真くんの頭を撫でていく。いかにも柔らかそうな髪質で後で私も撫でさせてもらおう。
「おまえがボーダー隊員じゃないのが残念だ。表彰もののお手柄だぞ」
「ほう、じゃあ」
 わしゃわしゃと撫でられっぱなしだった遊真くんが何を思ったのかくるりと振り返り、黙り込んだままの三雲くんを指さしてこう言った。「その手柄はオサムにツケといてよ」

「そのうち返してもらうから」

「……え?」
 三雲くんが素っ頓狂な声をあげる。そりゃそうだ。
 迅くんに紹介された当初から真面目で融通の利かなそうな性格だし、飛躍した話の流れに待ったをかけるのは当然だろう。でも、そうか。それはいいかもしれない。ちらりと迅くんと視線を合わせると、彼も同じ考えに至ったのかまたまた得心したように笑って、いいかもな、と援護射撃をしだす。
「メガネくんの手柄にすれば、クビ取り消しとB級昇進はまちがいない」
「ま、待ってください! ぼく、ほとんど何もしてないですよ!?」
「三雲くんが遊真くんと知り合ってなければ私たちは動きようがなかったから、重要人物には違いないね」
「そんな無理やりな……」
 恐縮そうに肩を窄める彼には悪いけれど、真実なのだから仕方がない。迅くんのサイドエフェクトは会ったことがない人の未来は視えず、今回は【バムスターが出現した場所で】【イレギュラー門の原因を知る人物が】【三雲修と浪速かさねと会っている】という結果論だけが視えていたのだ。こう表現すると、なら私の存在も手柄なのでは?と思われがちだが、実はそうじゃない。私と空閑遊真くんは既に遭遇していても互いに興味関心はかなりなく、私自身も再会するまでは正直いってどこにでもいる中学生だと断じていた。早い話、遊真くんと親しい三雲くんが居なければ問題の原因摘発には至らなかったわけであり、意外と筋の通った辻褄の合う発言なのだ。
 こっちは私情だけど、報告内容をざっと見て力不足は否めない反面、彼の秘める内情は捨てるには勿体ない。だから忍田さんも食い下がったんだろうし。
「B級に上がれば正隊員だ。基地の外で戦っても怒られないし、トリガーも戦闘用のが使える。おれの経験から言って……パワーアップはできるときにしとかないと、いざって時に後悔するぞ」
 的確でメリットしかない誘い文句に圧倒される三雲くんを置いてけぼりにして、尚も迅くんは言い募る。「それにたしかメガネくんは……」

「助けたい子がいるから、ボーダーに入ったんじゃなかったんだっけ?」

「……!」
「……ふむ?」
 三者三様の反応の中、一人だけ平然と畳み掛ける様を見ながら、漸く思い出した。
 ……三雲修くん。しばらく前に迅くんが人事を担当する採用官の元に詰めていた時期があって、有望な人材をスカウトしたとかなんとか言ってたな。もしや、それが彼だったのか。
「ま〜、できるだけ早く返事をくれよな。上に出す報告書の期限、結構短くてさ」
「鬼怒田さん厳しいもんね」
 それにしても助けたい子がいるから、ね。三雲くんも訳ありだけど訳ありの子はやっぱり類は友を呼ぶのかもしれない。
 そこまで考えて、ふ、と気づく。
 違うな。科学的根拠は何一つ解明できてない特殊な力を得る人間が集うのは、ボーダーなんだ。異世界の侵略を防衛する界境防衛機関はその名の通り要塞で、SE持ちの隊員の砦でもある。宛てがわれた漢字も、名前も、その全てが皮肉のように感じてしまうのはサイドエフェクトを持った人間だからかもしれない。

 ぺこぺこと頭を下げて帰路につく三雲くんと遊真くんを見送りながら、私はぼんやりそんなことを考えていた。


◇◇◇◇


「ねえちょっと迅くん、話聞いてた? 全然平気だって言ったよね?」
「24時間以上その試作を使った試しはないだろ、念の為診てもらっとけって。何も無いんならそれに越したことはないから、な?」
「この時間帯が一番忙しいの知ってるから嫌なんだってば……!」
「いいから………ほい、いってらっしゃい」
 有無を言わせない強さで背を押され、もたつきながらある一室へ飛び込んでしまう。ここに来る道中で私がどうにかなる未来は視えてないとか言ってたのに。
 自分たちの作業に没頭していたはずの研究者の人々の視線が痛いぐらいに刺さり、小さく会釈をしていたたまれず中でも面識のある人を探して視線を巡らせて。
「あれ、忍田さん」
 珍しい訪問客が応接スペースに腰掛けているのが見えた。
「かさねか。トリオン兵の誘導ご苦労だったな」
「そっちもお疲れ様です。………もしかして、迅くんの指示だったりする?」
「正解だ。私も気にかけていたところだったからな、ああ、座ってくれ」
 ごちゃっとした精密機器へ安易に触れぬようゆっくりと手前に腰を下ろして、静かにトリガーを解除する。瞬きもしない内に薄藍色の隊服は、クリーム色のネックウォーマーへ変化し脹脛を覆っていたミディアムブーツも黒のパンプスへ戻っていった。
 痛覚や、あるべきはずのものがじわじわと生身に湧き上がるも、特に吐き気や眩暈はなかった。
「体調は悪くない、気分も平常。まあ、どうせ説明しても血液検査とか脈拍とか調べるんですよね?」
「昔からの約束事だろう」
 医学の心得ではないものの慣れた手つきで私の差し出した手首で脈を測り、忍田さんはカルテに書き込んでいく。うん、一分72回なら正常値。手に握りこんでいるトリガーホルダーを間にあるデスクに置く最中、いつもよりも若干低い声が届いた。「それに、」この場には私と忍田さんしかいないのだから、声の発生源はひとつしかない。
「君に囮用のオプショントリガー着用を依頼したのは、我々上層部だ。これぐらいは、させて欲しい」
 沈んだ眼差しでトリガーホルダー内にセットされた下部右から二番目のチップを眺める忍田さんに、私はもう苦笑するしかない。
 たぶん忍田さんの中での私は、十数年前のサイドエフェクトに振り回される私から更新されていないんだろう。いや、更新はされてるにはされてるのか……じゃなきゃ今の発言には矛盾が出る。どれ程使用している本人が大丈夫だと言っても、根が真面目で優しい忍田さんは難しい顔をして隊員一人一人の体調やメンタルを気遣うのだ。私の場合、それにプラスしてずっと前からの知り合い分のポイントが加算されるためなのか、余程のことがない限りはこうした検診は友好的な人間が行ってくれている。
「……私、いつか忍田さん倒れないか心配」
 ぽつりと忙殺されそうな目の前の人間をじっと見るが、普通に笑われてしまった。
「休憩はとっているし、たまに息抜きもできているから問題はないさ」
「最近の睡眠時間は?」
―――― ……さて、異常は見られない。かさねはどこか不調とか気になる部分はあるかい?」
「あ、誤魔化した」
 咳払いではぐらかされた態度に態とらしく溜息を吐いて、四肢を軽く動かして確認する。何度やっても支障はない。
 忍田さんの心配も分かるし、迅くんの心遣いも感謝している。
 返されたトリガーホルダーをポケットにしまいこんで、立ち上がりざま振り向いた。「あのね」気まずげな面持ちの忍田さんと向き合う。忍田さんたちが私に依頼したことで、リスクは上がったかもしれないが、だとしてもだ。こうして立っているのは、決めたのは。

「“今”を選んだのは、自分なんだ。選択に他人の思惑とか予想図があったとしても、最後にそれを選んだのは私なんだよ。
 誰かのためではあるけど、誰かのせいじゃない、、、、、、、、、、、 、、、、、、、、、。寧ろ誰かのせいだったらとっくのとうに全てを投げ出して三門市を見捨ててる」

 言外に必要以上に気に病ないでほしいと伝えるための言葉だったし、伝わると踏んで言語化した嘘偽りない私の感情なんだけど、予想外にも忍田さんは眉をひそめ私からどこか逃げるように視線を逸らしてしまった。ええ……、と内心これ以上言うことがないと困りながら、これまでの経験上放たれる言葉があると確信して辛抱強く待つ。不規則な音が充満する研究室の応接スペースに、不思議な静寂が訪れた。手持ち無沙汰になりつつも軽率な行動はできず、ただただ忍田さんを見つめる。
 「……もし」破ったのは忍田さんだった。「もしもの話だが、君が三門市を見捨てるとして」
 まっすぐな黒目が、私を射抜く。そして。

「その時は、迅も連れていくのか?」

 ―――― 時が止まった感覚がした。
 目を見開く。そんな私の一挙一動を見逃すまいと目の前の、ノーマルトリガー最強の男は先程とは真逆に視線が外れない。
 はっきり言って、いくらでも取り繕えたはずだった。付き合いは長く慧眼だとしても、他人が他人に抱く感情の本質を見抜くのは到底ありえない。だって隠し通せていると思っていた。恋をしているのか、と突っ込まれたことはあっても、そんな生易しい思慕ではないと突きつけられたことはなかったから。
 息を吸う。吐いて、また吸う。
 不自然な形になるのを防いで、私は口を開く。
「そう、ですね。たとえば、ほんとうに私が見捨てたとして、迅くんを連れ出すのは」
 言葉遣いが曖昧で、あやふやになる。
 喉まで出かかっている単語が、何かに遮られているように上手く紡げない。
 でも、どうしてだか正直に答えないといけない気がした。幸いにも、向こうも私が言葉として現してくれるのを待ってくれている。ボーダーに属する人間として、本当ならここは連れていかないと答えなくてはならない。彼の持つ力は防衛の要で、彼の力ありきで乗り切った場面だって数え切れないほどある。
 脳裏に過ぎる迅くんの姿。年相応に笑って、楽しんで、時には拗ねてみたり。他の人となんら変わりない大切な人を守りたいと願うのは、きっと私だけじゃないはずだから。意を決して、目を閉じて、開いた。
 今度はするりと問題なく呂律が回る。
「迅くん、次第かな」
 自分勝手な願望を押し付けるなら、確かに私は彼を連れ出している。しかし、それは迅くんを縛り付けるものと変わらないと思うから。
「…………そうか」
「でも、たらればの話だし。深刻に捉えなくていいって! じゃあそろそろ帰ります。おつかれさまでした!」
 考え込む忍田さんに努めて明るく笑顔を見せて、適当に話を切り上げ私は研究室を後にした。血液検査は後日でも大丈夫、鬼怒田さんをやり過ごせれば。

 ああは言ったけれど、私は多分、ううん。
 きっと“みんな”を見捨てることなんてない。出来ないと言った方が正しいかもしれない。私にとっての帰る場所は“みんな”のところで、その空間が、私の世界だから。守りきれるなら守って笑顔を願うのは当然の心情だった。
 ほんのちょっとだけ、迅くんが特別になっているだけで、迅くんもより良い未来にするために動いている。それと一緒なのだと、私は自分に言い聞かせる。早歩きの末、ひらひらと手を振る渦中の人を見つけて思考を断ち切る。

 答えの出ないものはさておいて、私はその人へ満面の笑みで駆け寄った。

 だから気づかなかったんだ。部屋内に置いてきた、忍田さんの苦しげな声に。





―――― いつだってかさねと迅は、
誰かのせいにはしない……できないじゃないか」

月の裏側は誰も知らない




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