第四話「覚悟」


観橋に行く途中

ティアが譜歌を唱えて兵士を眠らせた。

「タルタロスを奪還しましょう。

ティアと未来、手伝ってください」

「はい」

「わかった」

ティアと未来が

ジェイドに続いて艦内に入った。

しかし間もないうちに

見張りを任されたルークの悲鳴を聞いて

三人は様子を見に戻った。

「な、なにが起きたの?」

「まずい…」

「今の騒ぎで

ティアの譜歌の効果が切れ始めたわ」

三人は焦りつつも、周りに気を配る。

「さ…刺した…俺が殺した…?」

兵士を倒したらしいルークは、震えていた。

「人を殺すことが怖いなら

剣なんて棄てちまいな。

この出来損ないが!」

すると上空から声が聞こえて

氷の刃が四人に降り注いだ。

ジェイドと未来は間一髪で逃れたが

ルークとティアが気絶してしまった。

「さすがは死霊使い殿に堕天使嬢。

しぶとしていらっしゃる」

降りてきたのは赤髪の男だった。

「っ!」

「ジェイド?」

その男を見て、ジェイドは確かにうろたえた。

「いえ…なんでもありません」

そう言ったジェイドだったが

その顔はさえなかった。

「隊長、こいつらはいかがしますか?」

倒れた二人に剣を突き付けて、兵士が聞いた。

「殺せ」

男はためらいもなく言った。

「アッシュ。閣下のご命令を忘れたか?

それとも我を通すつもりか?」

さらにやって来たのは

金髪の凛々しい女性だった。

「ちっ。

捕らえてどこかの船室にでも

閉じ込めておけ!」

男は舌打ちした。


「ルーク!」

閉じ込められた先に気がついたティアが

ルークを起こした。

「よかった、うなされていたから」

起き上がったルークにティアはほっとした。

「ここは…」

「タルタロスの船室よ」

気絶した二人は兵士に運ばれ

未来達も連行された。

「そうか…確か魔物が襲ってきて…」

先ほどのことを思い出したのか

ルークが頭を抱えて震え上がった。

「さて。そろそろここを脱出して

イオン様を助けなければ」

「イオン様は

どこかに連れて行かれたようでしたけど…」

「神託の盾たちの話を漏れ聞くと

タルタロスへ戻ってくるようですね」

「なら、そこを待ち伏せて

救出するしかないわね」

震えたルークを横に、作戦がたてられている。

「お、おい!

そんなことをしたら、また戦いになるぞ!」

ルークはまだ震えていた。

「それがどうしたの?」

しかし三人は平然としていた。

「また人を殺しちまうかもしれねえ

って言ってるんだよ」

「そうですね。人の命は大切なものです。

でもこのまま大人しくしていていれば

戦争が始まって

より多くの人々が死ぬんですよ」

説得するようにジェイドが言った。

「そんなの俺には関係ない!

俺はそんなこと知らなかったし

好きでここに来た訳じゃねぇ!」

声を荒げてルークは地団駄を踏んだ。

「驚いたわ」

「ええ。

どんな環境で育てば

この状況を知らずに済むというのか」

ルークの行動に、未来とジェイドが困る。

「マルクトに誘拐されて以来、身を守るため

お屋敷に軟禁されていたそうですから」

ティアは少しだけルークに同情した。

「この世界を知らなくて当然…

というわけなのね」

考え込むように未来がつぶやいた。

「仕方ねぇだろ!」

なおも動揺するルークに

三人は冷たい視線を送る。

「ルーク、私たちの足を引っ張らないで。

戦う気がないなら

あなたは足手まといでしかないわ」

未来の言葉は容赦がなかった。

「た、戦わないなんて言ってない!

人を殺したくないだけだ」

「同じことだわ。

それなら大人しく後ろに隠れていて」

「なるべく戦わないようにしよう

って言ってるだけだ。

俺だって死にたくない」

ルークが下を向いた。

「私達だって、好きで殺しているんじゃないの」

未来は首を振った。

「結局戦うんですね?戦力に数えますよ」

それまで黙っていたジェイドが聞いた。

「戦うって言ってんだろ」

「結構」

ジェイドは簡単に部屋の戒めを解き

連絡管に口を向けた。

「死霊使いの名によって命じる。

作戦名『骸狩り』始動せよ」

そうジェイドが言うと

タルタロスの動きが止まった。

「あらかじめ登録してある

タルタロスの非常停止機構です。

復旧にはしばらくかかるはず」

「どこへ向かいますか?」

四人はジェイドを最前に走り始めた。

「左舷ハッチへ。

非常停止した場合

あそこしか開かなくなります。

イオン様を連れた神託の盾兵も

左舷ハッチから艦内に入ろうとするはずです」

未来達は左舷ハッチへ急いだ。


左舷ハッチに到着してしばらくすると

外から気配がした。

「どうやら間に合いましたね。

現れたようです」

兵士に金髪の女性

そして連れられるようにイオン様も歩いていた。

「タルタロスが非常停止したこと

気づいてるか?」

「さすがに気づいているでしょう」

ジェイドが頷いた。

「でもこの状況だと

私も詠唱する余裕がないわ。

譜術は使えないものだと思って」

未来がそう言っていると

非常ハッチが開かれた。

兵士が扉を開けると

ルークにより構えられたミュウが炎を吐く。

「動かないで」

その隙に兵士には未来

金髪の女性にはジェイドが武器を向けた。

「ティア!譜歌を!」

「ティア?ティア・グランツか?」

女性はティアを見て

「リグレット教官!」

ティアも驚いて、隙ができてしまった。

「きゃ!」

その時ライガが未来とティアを襲い

リグレットと呼ばれた女性が拳銃を向ける。

「チェックメイト、というところね」

未来がこぼしたように

こちら側全員が、動けない状態だった。

「アリエッタ!タルタロスはどうなった?」

「制御不能のまま…

この子が隔壁引き裂いてくれて

ここまでこれた」

「よくやったわ。彼らを拘束して」

リグレットが拳銃を構えたまま言ったが

上空から降りて来る者がいた。

それは男性でリグレットを下敷きにし

イオン様を奪い返した。

リグレットが砲弾をするが

それも彼は剣ではじけ飛ばした。

「ガイ様、華麗に参上」

男は誇り高く言った。

そして戦局が大きく変わった。

「さあ、武器を棄てて

タルタロスの中へ戻ってもらいましょうか」

ジェイドはアリエッタを

背後から羽交い絞めにした。

アリエッタ、ライガ達、リグレットが

タルタロスの中に戻り

未来一行は、タルタロス奪還をあきらめ

魔物に吹き飛ばされたらしいアニスとの合流先

セントビナーへ向かうことになった。

「そちらさん達の部下は?

まだこの艦内に残っているだろ?」

「残念だけど、生き残りがいるとは思えないわ。

証人を残せば

ローレライ教団とマルクトの間で

紛争になるから」

未来は辛そうにタルタロスを見上げた。

「何人、艦に乗っていたんだ?」

「今回は極秘の任務でしたから

常時の半数…百四十名ほどですね」

「百人以上が殺されたってことか…」

ジェイドが言った人数に、ガイは絶句した。

「行きましょう。私たちが捕まったら

もっと多くの人が、戦争で亡くなるんだから」

ティアの言葉に全員が頷き、一行は走り始めた。


どれくらい走っただろうか?

ダアト式封術を使ったらしい

イオン様の体力が限界になり

休むことになった。

突然現れたガイに

未来は今までの経緯を説明した。

「戦争を回避するための使者って訳か。

ルークも、えらくややこしいことに

巻き込まれたなぁ」

ガイが納得したように頷いた。

「ところであなたは?」

「そう言えば、自己紹介がまだだっけな。

俺はガイ。

ファブレ公爵のところでお世話になっている

使用人だ」

全員がガイと握手していくが

ティアが握手をしようとすると

ガイはいきなり怯えた。

試しに未来も同じように近づくが

ガイはさらに後ずさりをした。

「なに?」

「どうしたの?」

ガイの普通ではない反応に

ティアと未来は不審がった。

「ガイは女嫌いなんだ」

「というよりは、女性恐怖症のようですね」

ルークが説明し、ジェイドもガイを見た。

「わ、悪い。

君たちがどうっていうわけじゃなくて

…その…」

「私のことは、女だと思わなくていいわ」

「私もよ。兵士として扱って構わない」

二人は割り切るように言ったが

ガイの怯えは止まらない。

「わかった。

不用意にあなたに近づかないようにする」

「仕方ない、そうするしかなさそうね」

「すまない」

そこでようやくガイは安心したようだ。

気を取り直し、ガイは

ヴァンもルークを探していることを伝えた。

ガイが説明を終えたその時だった。

神託の盾の兵が三人、追いついてしまった。

「やれやれ。

ゆっくり話している暇は

なくなったようですよ」

ジェイドが槍を構えるが

「に…人間…」

ルークは怯えた。

そんなルークをよそに、戦いは始まる。

「タービュランス!!」

スカートをひるがえした未来の譜術で

兵士二人が倒れるが、一人はまだ息があった。

「ルーク、とどめを!」

「う…」

ジェイドが命令に近い指示を出す。

ルークは尚も震えていたが

決意したように剣を振り下ろそうとした。

しかしためらっている間に

兵士に剣を跳ね飛ばされてしまった。

「ボーッとすんな、ルーク」

ガイも未来もルークを助けようとしたが

間に合わず

ティアがルークをかばうようにケガをし

倒れてしまった。

「さようなら!」

ルークの代わりに、未来が

兵士を斬りつけ絶命させたが

ティアは傷が深く、地面に血が広がった。

「ティア!」

未来は慌てて治癒術をかけた。


そうこうしているうちに、あたりは夜になり

野宿をすることになった。

「長い一日だったわね」

「本当に」

未来がため息をつき

ジェイドも遠い目をした。

目が覚めてすぐに行った

チーグルの森の出来事が

未来には、遠い日の出来事に感じた。

それに、タルタロスに乗っていた兵士の中には

未来と仲が良かった人も、少なくなかった。

(みんな…守れなくて、ごめんなさい)

哀悼の意味を含めて、未来は目を閉じた。

そこにルークがやって来る。

「ルーク…つらかったわね」

兵士でも軍人でもないルークが

突然人を斬らねばいけなくなった。

それは未来が思うよりも

ずっと残酷だっただろう。

「なぁ。

未来はどうして軍人になったんだ?」

ルークの目は遠くを見つめていた。

「人を、特に国や家族を守りたいからよ。

でも…そのために多くの人を殺してきた…

矛盾しているでしょ?」

未来は自嘲した。

「そう、だよな…」

ルークも納得がいかないようだった。

「あなたの反応は、まあ当然だと思いますよ」

それまで傍観していたジェイドが

そうルークに告げた。

「安心なさい。

バチカルに着くまで

ちゃんと護衛してあげますよ。

逃げることや身を守ることは

恥ではないんです」

諭すようにジェイドは話す。

「大人しく安全な街の中で暮らして

出かけるときは傭兵を雇いなさい」

「そうね。

普通の人々は、そうやって生きているの。

私たちは普通じゃない、軍人だけどね」

ジェイドと未来がルークの反応を否定せず

『普通の人間としての生き方』

を教えた。

「私は人の死というのが、まだ理解できない」

「そうなの?

でも理解できないほうが

軍人としては向いているのかもしれないわ」

未来はジェイドの言葉を

半分は理解できず、もう半分は肯定した。

「ええ…あるいは、そうかもしれません」

ジェイドも頷く。

「話が長くなりましたね。もう休みましょう」

そうして、夜はふけていった。


翌朝。

最後まで寝ていたルークを

ティアが起こした。

「私とガイとティアと未来で

四角に陣形を取ります。

あなたは中心にいて

もしもの時は身を守ってください」

「え?」

「もうあなたは戦わなくていいってことよ」

突然のジェイドの提案に、ルークは戸惑い

未来が付け足した。

「ま、待ってくれ…」

しかしルークは

ジェイドの言う通りの陣形になろうとせずに

立ち止まった。

五人が不思議そうにルークを見た。

「俺も、戦う。

俺だけ隠れてなんかいられるか!」

「ルーク、本気なの?」

未来は一歩ルークに近づいた。

続くようにティアもルークの正面に立った。

「人を殺すということは

相手の可能性を奪うことよ。

それが身を守るためでも」

「恨みを買うことだってある」

ガイは頭に手を当てた。

(ガイ…)

そんなガイを見て未来は

この人は何人殺してきたのだろうと思った。

(でも、きっと私とジェイドよりかは

遥かに下回るでしょうけれど)

未来はみんなに気づかれないように

ため息をついた。

「未来も言ってたろ?

好きで殺している訳じぇねえって」

ルークは未来を見た後、全員を見わたした。

「決心したんだ。

みんなに迷惑はかけられないし

ちゃんと俺も責任を背負う」

「でも…」

なおもティアは止めようとした。

「いいじゃありませんか。

ルークの決意とやら

見せてもらいましょう」

ジェイドが言い、一行は歩き始めていた。

「ルーク…これだけは言っておく。

無理はしないで」

「む、無理なんてしてねぇよ!」

未来の優しい言葉に

ルークは少しいらついた。


to be continued

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