19


第二宿舎と書かれた札のある建物の入り口へ足を運んだ私たちを伊地知さんは神妙な顔つきで見つめた。


「では、お気をつけて。…帳を下ろします。」


伊地知さんが何か呟くと、空が真っ黒に染まっていき、あっという間に辺りが暗くなる。


「夜になってく!!!」

「帳だ。今回は住宅地が近いからな。外から俺たちを隠す結界だ。」

『すごいね…!』

「無知め。」


あっという間に夜のようになった空を見ていると、伏黒くんが手を犬の形にして玉犬、と口にする。
するとその瞬間、伏黒くんの影から真っ白な犬が出てくる。


「呪いが近づいたらこいつが教えてくれる。」

「そっかそっか〜!お〜よすよす、頼りにしてっからな〜!」

『(可愛い…もふもふしてる…)』


鉄扉を重々しい音をさせながら開き、中に入る。

暫く走っていくと、急に伏黒くんが足を止める。


「止まれ!!!」


その声に応じて3人で足を止めると、目の前には頭上何mあるかも分からないほどの高さのビルのような壁が続いていた。


「…どうなってんだ?二階建ての寮の中、だよな、ここ?」

「お、落ち着け!!メゾネットよ!!!!」

『ち、違うんじゃないかな…』


恐らく、ここにいる呪霊の結界か何かではないのだろうか。伏黒くんの焦った表情からも、規格外なのが見て取れる。
切羽詰まった声で扉を確認した伏黒くんにつられて全員で元来た方向を振り返るが、


「ド、ドアがなくなってる!!!」

「なんで?!!私たち今、ここから入ってきたわよね?!!!」

「うん、うん!!!」


気が動転したからか、盆踊りのようにリズムを取りながらどうしようと繰り返す2人へ、伏黒くんが口を開く。


「大丈夫だ。出入り口の匂いはこいつが覚えてる。」


伏黒くんがそう口にすると、2人はすっかり笑顔になり、玉犬を撫でて甘やかす。
緊張感…と呟く伏黒くんをふと虎杖くんが笑顔を向ける。


「やっぱ頼りになるなー、伏黒は!お前のおかげで人が助かるし、俺も助けられる!」


いつもの弾けるような笑顔を横目で見た伏黒くんが、小声で行こう、と言って歩き出す。
私はその後をついて行き、小声で伏黒くんに話しかける。


『…伏黒くん。』

「…なんだ。」

『照れた?』

「照れてない!!!」


不気味な通路を歩いていると、先程とはだいぶ雰囲気の違う部屋に辿り着く。
私より先に足を止めた虎杖くんが何かに向かって駆けていく。それを目で追うと、そこには惨たらしい殺し方をされた人の死体が放置されていた。


「…酷い…」

「3人…でいいんだよな。」


動揺を隠しながら話す2人の横で、俯いている虎杖くんの様子を伺うと、目の前の遺体に手を伸ばして何かを見ている。


『…虎杖くん、もしかしてその人…』

「…この遺体、持って帰る。」

「え?」

「あの人の子供だ。」


俯きながらそう呟いた虎杖くんに、野薔薇ちゃんが困惑して声を出す。


「でも…」

「顔はそんなにやられてない。遺体もなしに死にましたなんて、母親だって納得できねぇだろ。」

『…それは…』


虎杖くんの言いたいことは分かる。なんと返したらいいか言葉を探していると、私が口を開くよりも先に伏黒くんが虎杖くんの襟を掴む。


「あと2人の生死を確認しなくてはならん。その遺体は置いてけ。」

「冗談言うな!!振り返ったら元来た道が消えてんだぞ?!後で戻る余裕はねぇだろ!!!」

「後にしろじゃねぇ、置いてけって言ってんだ!!!」


その言葉に驚愕したのか、虎杖くんが目を見開く。そんな虎杖くんを気にも止めず、伏黒くんは言葉を続けた。


「ただでさえ助ける気のない人間を、死体になってまで助ける気はない!!!」

「助ける気のない人間ってどういうことだよ?!!」


伏黒くんの言葉に反論するように、虎杖くんが伏黒くんの胸ぐらを掴む。どうやら、2人とも頭に血が上ってしまっているらしい。


「ここは少年院だぞ。呪術師には現場のあらゆる状況が開示される。岡崎正、そいつは飲酒運転で下校中の女児を撥ねてる。…2度目の無免許運転でだ。」

「………」

「お前は大勢の人間を助け、正しい死に導くことにこだわってるな。…だが、自分が助けた人間が将来人を殺したらどうする!?」

「……じゃあ、なんで俺を助けたんだよ?!!!」


見たことがないほど険悪な雰囲気を纏う2人を横目に、野薔薇ちゃんの様子を伺うと、彼女はため息をついてから私に目配せし、歩き出した。
私もその後をついて行き、2人を止めようとする。


「いいかげんにしろ!!!!!も〜、アンタたちバッッッカじゃないの?!」

『2人とも、落ち着いて?今はそれどころじゃ…』

「そーよ!少しは時と場所を、」


その後続くはずの言葉たちは、私と野薔薇ちゃんの足元の暗闇に飲み込まれる。

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