天空城。最奥。
空は澄んだ青で、風は穏やかで。
目の前の“石像”とは何もかもが不釣り合い。
どう考えても“彼ら”への皮肉としか思えなかった。
「おい……どういうことだよ。アスラとイナンナ、刺し違えてるぜ?」
呆然としたようにスパーダが呟く。
彼が言ったそのままの光景が、私達の視界は捉えていた。
アスラとイナンナ。
そして、折れたデュランダル……。
アスラ様は背中からデュランダルに身を貫かれ、イナンナ様はアスラ様の拳によって胸を貫かれ、デュランダルは刃先を失っている。
そんな姿をした石像が私達の目の前には在った。
これも、今までの石像達と同じように、本物なのだろうか?
……だとすれば。
「なによ……なんなのよ、これ?」
イリアが誰に訊いても分からないような問いを投げた。
おそらく彼女は彼女で、この光景の答えは求めていないはずだ。
知った先にあるのはきっと、たぶん、果てしない後悔だから。
「……つッ……!!」
そして私は、この光景に絶対関わりがないはずなのに頭痛がしていた。
まるで心臓であるかのように、頭の痛みは規則正しく脈打っているようだった。
ああ……お願いだ。
やめてくれ。
私は知らない関係ないどうでもいい。
―――なら、何故頭痛がする?
……知っているし関係あるからだ。
「……そう、だ……」
知っているはずなんだ。
この……『幸せが廻らなかった世界』を。
わたしは―――。
「飛行船の墜落は免れたようだな」
冷たい声に振り返る。
振り返ったそこには、やはりマティウス達がいた。
「それを見て、分かっただろう。何故天空城が消滅したか」
「分からないよ!僕とイリアが……アスラとイナンナが刺し違えるなんて一体何があったんだ!?イナンナの顔を持つお前は何者なんだ!お前は、創世力を使って天空城を滅ぼした魔王じゃないのか!?」
ルカがありったけの疑問をマティウスにぶつけた。
彼の顔は戸惑いと動揺に満ちていた。
本当は知りたくないだろうに、ぶつける疑問の数々。
本当は、逃げ出したいだろうに。
「私は絶望の化身さ。それを誰より知っているのはアスラ……お前だろう?」
「僕が……?何を言っているんだ、マティウス……」
むしろ逃げたいのは、私の方だ。
ズキズキと鼓動する頭を押さえつけながら、私はどこか遠くの事のように彼らのやりとりを見つめていた。
「言ったでしょう。そこの女が裏切ったって」
「あたしが……イナンナがアスラを裏切ったの?」
「そう、アスラ。お前は裏切られた。心から愛した女と唯一無二の親友に。恋人と友を同時に失ったそのお前の絶望が天上界を滅ぼしたのだ」
……そう……イナンナ様は……そう。
アスラ様を殺す為に元老院から密命を受けた女神……。
だから……彼女は、わたしに文句ばかり言っていた……。
『どうして私があの人を殺さなくてはならないの』と。
アスラ様を愛してしまったというイナンナ様は……迷っていた。
全てを運命を司るわたしのせいにして……。
でも、結局……彼女はアスラ様を殺して……。
使命を全うして……。
……あれ?
あれ、わたしには、私には関係ないじゃない。
やっぱり、私には関係な―――。
「……あ……?」
違う。
違う。
違う。
「僕の絶望が、天上界を滅ぼした……?天上界を滅ぼしたのは僕のせいだって言うの?」
違う、違う、違うんだ。
分からないが、それは……違う。
「でもマティウス、お前は何故そんなことを知ってるんだ!?」
「私もまたアスラの転生した姿。ルカ、私はお前の魂の半身だからさ」
魂の半身……?
は……そんな事があるのか?
転生者は、一人でひとつの魂ではないのか?
魂は、分裂するのか?
だとしたら……ははっ、ああ……なるほど……。
……なるほど。
『私達』も、繋がる……。
「見るがいい……この私の絶望の証を!」
マティウスは髪によって隠されていた左半分の素顔を露わにした。
髪が掻き上げられて、全てが露わになる。
薔薇色の髪に紛れ、美しい銀髪が風に泳いだ。
何故か左顔は焼き爛れている。
瞳は深紅。
極めつけは、人外の角。
猛々しいアスラの面影を、マティウスは持っていた。
「そんな……そんなッ!」
ルカ達が呆然とする中、私は内心笑いが止まらない。
どんな笑いかと云えば―――自嘲だ。
頭の痛みはすっかり消えている。
しかし、記憶を取り戻した訳じゃない。
全て……断片的にあるだけ。
私の中で彼が馬鹿にするように言った。
「思い出すのかどうか。選択するのはお前だ」と。
前に……あなたは言った。
ハスタはどこまで答えを知っているのかという問いに対して―――「アイツは、全部解ってる」と。
彼が全部解っていて、私が知らないのは……フェアじゃない。
だったら―――知るべきだ。
断片的な記憶じゃなくて……全て。
全てを。
答えを。