死んでしまった物語・3





「―――サクヤ様?」

蝋燭を灯したわたしは、彼女の様子がいつもと違うことに気付いた。

「……サクヤ、様?泣いているの?」

すすり泣き。
サクヤ様の表情は分からないが、いつもの「こんにちは」には涙混じりであった。
わたしは心配になって、彼女の気配に駆け寄った。

「大丈夫?」
「……ええ。平気よ」

そんな身長の変わらないであろうわたしの頭をサクヤ様は撫でてくれる。
平気じゃないのに強がっているから、きっとイナンナ様絡みなんだろうと思った。
でもサクヤ様が泣くなんて……よっぽど嫌なことがあったんだろうか。

「テュケー。ここに花が飾れるような場所はないの?」
「今日持ってきた花はわたしの、なの?花占い、今日はしないの?」
「しないわ。……この花はあなたのものよ」
「そっか。でも困ったなぁ……ここ、飾る場所ないよ」
「……そう。じゃあ、ここでいいかしら」

サクヤ様はわたしの横髪を何度か梳く。そして、花の茎の部分とわたしの髪を絡ませるようにして、手を放した。

「はい。髪飾り」

サクヤ様は笑っているのかもしれない。
腫れた目で笑っているのだと思ったら、何だか悲しくなった。
だけど、まずはこう言わなくては……。

「ありがと、サクヤ様!」
「……いいえ。どういたしまして」

サクヤ様が冷たい地面に腰を下ろした。それを感じて、わたしも地面に座った。

「……テュケー。今度、いい所に連れて行ってあげる」
「いい所?」
「うん。こんな所よりずっといい所。花畑に連れて行ってあげるわ。あなたの目じゃ、綺麗な風景は見せてあげられないけど……暖かい、陽の下に出るだけでも全然違うと思うし……一緒に行きましょう」
「本当……?嬉しい!」
「よかった」

おじさんともゲイボルグとも離れてしまったわたしにとって、サクヤ様は今の居場所だった。
愛情を求めているという共通点を持っている、居場所であり、トモダチだった。
だから、サクヤ様が悲しむのは嫌だった。

「……」

再び聞こえる鼻をすすり、目元を拭う音。
サクヤ様を悲しませている原因がイナンナ様であるなら……。
と、わたしは恐ろしい想像もできてしまっていた。

「イナンナ……あの女ッ……!!」

憎悪に満ちたサクヤ様は何も見えていない。
わたしがいることなんて忘れて、イナンナ様への恨みを吐き出す。弱々しくも強い声で。

「……サクヤ様」
「……なぁに?」

わたしが声をかけると、サクヤ様は元の優しい声音に戻る。
別に気遣って遠慮なんてしなくてもいいのに……。

「サクヤ様が望むなら、わたし、イナンナ様の不幸を廻すよ?」
「……テュケー」

その時サクヤ様が何と思ったのかは分からないが、彼女は次の言葉を、確かにこう発した。

「やめて」

“やめて”。
別にイナンナ様の不幸を廻さなくてもいいということだった。わたしはそれが不思議だった。
わたしが質問するまでもなく、サクヤ様はちゃんと理由を教えてくれた。

「アスラさまはあの女を愛しているの。アスラさまは幸せなのよ……だから、私は……それで十分。この想いが報われなくたって構わないのよ……」

何て哀れな女神だろうと思った。
サクヤ様は「それで十分」と言った。
十分だと言っているだけで、“幸せ”とはまた別である。

「サクヤ様」

わたしは手探りして、サクヤ様の柔い頬に手を当てた。
サクヤ様が不思議そうに首を傾げた。

「わたしは何があっても、サクヤ様の味方だからね」

わたしの手が、サクヤ様の手に包まれた。

「……ありがとう。テュケー」

でも、どうしたってこの絆は脆くて。
花のように短い時間で散ってしまった。

約束を果たす前に、わたしがゲイボルグと再会してしまったからだ。

わたしは、サクヤ様を裏切ってしまった。



・・・



「リトス―――おい、リトス?リトス!」
「……はっ」

文字通りハッとして、私は花から顔を上げた。
スパーダが怪訝そうな顔で私を見下ろしていた。

「なーにノンキに花なんて見てんだよ」
「す、すみません……」

確かに、花を見ている場合ではない。そんな隙なんてない。
そう思ったからこそ、私は素直に謝罪したのだが、それが意外だったのかスパーダは驚いたように私を見た。まったく。失礼な。

「お時間とらせてしまったみたいですし……急いで先進みましょう」
「なんだ、摘んだりしなくていいのかよ。見とれてたクセに」
「摘みませんよ……」

残念ながら、その資格もない。
苦笑しながら、私は一度だけ花の姿を目に焼き付けて。

天空城の最奥を目指す事にした。

『裏切り者』―――。

サクヤ様の泣き顔を思い出しながら。




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