▽ ただ胸が痛いだけだ・2
「でも……こんなんじゃダメだよね。もっと強くならなきゃね……。すぐ泣いちゃうような弱いままじゃ……ダメだもんね……」
彼女の立派な決意すらも、今の私には自分自身に空虚感を与えるものでしかなかった。
まともに彼女を見れなくなっていた。
「だけど、別に無理して強くならなくたっていいんじゃない……」
無理して話そうとすれば、無意識に口調が荒々しくなる。
ああ……違うのに……こんなこと言いたい訳じゃないし、こんな態度をとりたい訳でもない……。
「……ううん、もっと強くなりたいんだ。例えば、流火ちゃんも守れるくらいに」
「え?」
「体でも……鍛えようかな……」
不二咲さんの呟きに、大神さんが優しく微笑んだ。
「そういう事であれば、我がいつでも手伝ってやろう」
「こ、壊されちゃう……ちーたんが壊されちゃうよぉ!!」
「あんたは黙ってて」
「ふふ……ふふふっ……」
「お、やっと笑ったべ?」
「う、うん……あ、ありがとうね、みんな……」
不二咲さんはいつもの可愛らしい笑顔を浮かべる。
いつもの調子に戻ってきたのかもしれない。
よかった。不二咲さんが元気を取り戻してくれて。
本当によかったと思う。
…………けど。
「…………」
胸が、痛い。
気分が、悪い。
「…………?」
私は無意識に首に触れていた。
……正確には、首に巻かれた包帯。
その内に隠し持っているキズに触れていた。
「……流火?」
「……ぅ、……ッ」
「おいっ……、どうした……!?」
近付くな。
近付かないで。
お願いだから……。
その手を向けるな…!!
気付いたら、乾いた音が響いていた。
自分の右手が、ビリビリと痺れたように痛む。
どうやら私は、肩に触れた大和田くんの手を思いっきり弾き出したらしい。
その行為に、その場の誰もが驚愕した表情で見ていた。
「あッ……あ……ご、ごめん……」
痺れている手を引っ込めて、私は俯いた。
いつもの私なら涙で視界が滲むだろうに、何故かここでは涙が出てきてくれなかった。
……怖くなったんだ。
こんなの、私らしくないから。
私が、崩れてしまいそうだから。
「……なんか私、ダメだ。ちょっと、今日は帰るよ……」
「戸叶くん!朝ご飯は一日の基本だぞ!?」
「……無理。食べたら気持ち悪くなりそう……」
胃から酸っぱいものがこみ上げてくる不快感がある。
でも……実は、おなかは空いている。
私の空腹を見破ったのか、大和田くんは不機嫌そうな顔をする。そして私の目の前に、テーブルに用意されていたパンを突き出してきた。
「流火、ちゃんと食えよ」
「無理。食べない。断固拒否」
「腹減ってんだろ?」
「減ってないです」
その時タイミングよく鳴り響く、私のお腹の音。
空腹を教えるその音に、葉隠くんが吹き出した。そのまま大笑いに発展しそうな葉隠くんを、私は睨んで黙らせた。
「……ほら、食えよ。デッカくなれねーだろうが」
「うるさいなッ!!」
私の怒声に、さすがに驚いたのか、大和田くんが唖然とする。
せっかく、穏やかな雰囲気が流れたって言うのに。
何を台無しにしてるんだろう、私は……。
「……ごめん。私、やっぱ変だ」
大和田くんの目は見ないまま、私は冷静を取り繕って、静かに、いろんな感情を押し殺して言葉を発する。
「おなかは、すいてるよ。だけど、気持ち悪くて……ごめん。ちょっと、本当にダメだ」
おかしい……。
私、なんかおかしいよ……。
「ごめん」
「あ、おいっ!コラッ、流火ッ!!」
私は逃げるようにして食堂から出て行った。
さやかちゃんが私を呼び止めるような声がしたが、気がするだけなので私は止まらなかった。
……しょうがないじゃないか。
イライラして、なんか変だったんだから…………でも、何でイライラなんてしてんの?
まさか、嫉妬とか?不二咲さんに?
いやー……。ないない……。
そんなの、ありえない。
「ウソ……マジか……」
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