▽ ただ胸が痛いだけだ・1
朝になって、思う。
昨日が終わって今日が始まる。
そんなの当たり前のことであるし、普通のことであるが……。
『キーン、コーン……カーン、コーン』
『オマエラ、おはようございます!朝です、7時になりました!起床時間ですよ〜!さぁて、今日も張り切っていきましょう〜!』
毎朝毎朝流れるこのモーニングコールはいただけない。
つくづくそう思った。
「さてと……大和田くん迎えに行って、食堂かな……」
そして、まだ寝る気満々だったようである大和田くんを引っ張って、食堂へと向かった。
そうしてやってきた毎朝恒例の食事会。
だけど……。
「これで……全員か」
石丸くんが残念そうに言った。
昨日の宣言通り、十神くんと腐川さんの姿はここにはない。
未だ行方不明の江ノ島さんに加え、ボイコットが二人……三人いないテーブルは僅かに広い。
もしこれで死者なんか出たら、更に広くなって、虚しさも広がってしまうだろう。
「でも……十神はともかく、腐川ちゃんは呼びに行ってあげた方がいいんじゃない?」
「別にいいべ。あいつ辛気くさいし」
「さらりと冷たい事言うのですね?まるで氷砂糖ですわ……」
「いやッ、氷砂糖は冷たくないぞ!甘いのだッ!!」
石丸くんの天然でバカな発言は置いといて……腐川さん。
昨日話した程度だし、仲間なんかじゃないって思われてるから私が何言ったところで来てなんかくれないよね……。
気になるから、後で様子でも見に行ってみようかな……もちろん、腐川さんが私の相手をしてくれるような状態なら。
「……んな事よりも、問題は十神のヤローだ。アイツは放っておくと本当に人を殺しちまうぞ。ありゃ、そういう目だ……やっぱ、縄とかで縛っておくしかねーだろ……!」
「ちょっと……!?それはやり過ぎだよっ……!?」
腐川さんについて私が考えを重ねている最中、大和田くんがサラリととんでもないことを言ってくれた。
私も十神くんのことは嫌いだが、縛るだとか監禁だとかは穏やかじゃない。
そういう荒事はご遠慮願いたい。
「そうだぞ大和田くん!こういう状況で1番怖いのは、身内同士の暴走だったりするんだ。ほら、学生運動の頃の話にもあるじゃないか!」
「あぁ!?何が運動会だ!縄で綱引きでもするつもりかぁ!?」
「……さ、さては……君は…………バカだなッ!!」
うん、そうだよ。バカだよ。石丸くんよく分かった。
私はずっと前から知ってたけどね。
「誰が……バカだと……!?」
「……いやいや、君だよ」
「流火……ちっとこっち来てみ?」
「やだ」
行ったらどうせ、軽くではあるだろうが殴られる。
だから私は逃げた。
さすがに大和田くんも目の前で荒い行動などしないだろうと読んで、不二咲さんの元へ避難した。
が。
「……………………」
彼女はどうやら、先程から何も置かれていないテーブルとにらめっこをしているようだった。
暗い顔をして、辺りには妙に湿っぽい空気が漂っている。
「……不二咲、さん?どうしたの?元気ないけど……」
すると彼女は私に薄く笑って、ため息をついた。
その笑い方は、どことなく疲れきっている。
「自己嫌悪中……なんだぁ……」
「自己嫌悪……?」
自己嫌悪中と言われれば、確かにそんな雰囲気が彼女の周りには漂っているように思う。
そして不二咲さんはつらつらと、小さい声で言葉を並べていった。
「昨日……十神君に言われた時……怖くなっちゃって……何も言い返せなかった。……結局は、流火ちゃんや大和田君に助けてもらって……。しかも、“弱い者いじめ”なんて言われて……。ホントにダメだよね……弱っちくてさぁ……」
そんな風に思わないが……不二咲さんは気にしているようだ。
私は彼女をどうにか元気付けたいと思って、冗談っぽく大和田くんに呆れた目を向けた。
「……あーあ。大和田くんのせいで落ち込んじゃった」
「はぁ、俺のせいかぁ!?つーか、俺は悪気があって言った訳じゃねーぞッ!大体よぉ、女なんだから弱くて当たり前だろッ!?」
その言葉に不二咲さんは俯いて、少し震えた。
どうしたんだろうと彼女の表情を見て、私は驚いてしまった。
だって……泣いていたから。
「………………う……う……うぅ……」
その場にいた誰もが戸惑ってしまった。
中でも戸惑って、焦っていたのは私と大和田くんだと思われる。
「オ、オメェ……泣いてんのか……?」
「見れば分かるじゃん!てか、君がでかい声出すからいけないんでしょ!?んなの怖いに決まってるし!!」
「うう……うううっ……」
不二咲さんはまだ泣き止みそうになかった。
大和田くんは不二咲さんの顔を覗き込んで誠意を込めて謝罪しているようだ。
……あれ。
なんか、面白くない……。
「お、おい泣くなって……わ、悪かったよ……もう怒鳴ったりしねーからよ……」
「ホント?怪しいよ?」
「流火はちっと黙ってろ!!」
「ほら怒鳴った」
嘲るように私が笑うと、大和田くんは後頭部を乱暴に掻きながら不二咲さんに言った。
「……わーったよ!男の約束をしようじゃねーか!」
「男の……約束……?」
「前にも言ったかもしんねーけどよ……俺は……ガキん頃から、ずっと兄貴に言われてきた言葉があるんだよ……“男の約束”だけは絶対に守れ……それが兄貴が俺に残した言葉だ」
「のこした……?」
「あぁ……兄貴は死んだんだよ……」
…………私は黙ってた。
みんなが驚いているのをただ見て、何も言わなかった。
言うこともないし、言えることもないから。
「まぁ、その話はよそーぜ。なんつーか、湿っぽくなっちまうしな!」
そして大和田くんはもう、自分の兄のこと……大亜にぃのことを何も言わなくなった。
最初からそんな話、していなかったように。
それで、彼は、笑った。
彼女に、笑った……。
「……つー訳で、俺はぜってーに怒鳴らねーからよ。だから、オメェも泣くなって!」
「う、うん……ありがと……大和田君……」
「お、おぅ……」
大和田くんが、不二咲さんの笑顔を見て頬を赤く染める。
「……ッ」
同時に私も、熱くなった。
熱くなったと言っても、嫌な体温の上がり方だった。
あれ。
なんだろ……これ。
不二咲さんが、彼に笑っただけなのに。
大和田くんが、彼女を見て赤くなっただけなのに。
おかしな感情だ。
こんな感情、私は知らない。
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