▽ ねぇ、見てる?・5
図書室には、本しか置かれていない。
当然だけど……ここまで文学という文学が揃っていると眠気が誘われる。
「本の匂いってさ、眠くなるよね」
「戸叶さんって本読むの嫌いそうだもんね」
「嫌いっていうか、字読むのがイヤなの。目悪くなる。画集とか見てた方が目に優しいよ」
「はは、そっか」
試しに適当に本をとって開いてみたが、三行で断念する。
「ここに、何か手がかりになるようなことってなかったの?」
「手がかり……っていうか、分からないことはあるよ」
苗木くんは、小さな本棚の上にぽつんと置かれている封筒を手にとって、私に渡してきた。
「……手紙?なに、これ?」
「読んでみて」
読んでみてとは言うものの……紙が劣化し過ぎてて、乱雑に扱ったら簡単に破けちゃいそうだ。
「……えと……『希望ヶ峰学園事務局からのお知らせ』?……『希望ヶ峰学園は長年にわたり、世界に通じる人材の育成に専念してきました。長い歴史を刻む中で、本校は、政府特別許可の伝統ある教育機関として数多くの卒業生を社会に送り出し、』…………」
「戸叶さん?」
「……もう読みたくない」
すると苗木くんは苦笑しつつも、焦ったように私に手紙を持たせ続ける。
「もう少し、もう少し読もう?ね?」
「…………」
私は視線を手紙の文章に戻す。
「……『ですがこの度、我が希望ヶ峰学園は、その栄光の歴史にいったん幕を下ろす事となりました。』……?」
私は目が点になる。
一気にその手紙の全文を読んだ。
『深刻な問題の発生により、これを余儀なくされた』と書かれている。
希望ヶ峰学園は政府の許可を持って、廃止を、閉校をしたと。
「これ……」
「もし、手紙の内容が本当なら、黒幕はボクらを無人の希望ヶ峰学園に招き入れて、殺し合いなんてさせているってことになるんだ」
「……ば、馬鹿馬鹿しいね」
貶すように笑おうとしても、上手く笑えなかった。
手紙の劣化具合から、この手紙が書かれたのは一年以上前ということが推測できた。
学園が閉鎖されたのは、一年以上前になる。
「戸叶さんは、なんだと思う?希望ヶ峰学園が閉鎖に追い込まれた理由って……」
「そ、そんなの分かるわけないじゃん」
……でも、もしかしたら私たちの今の状況と関係があるのかもしれない……。
……希望ヶ峰学園の閉鎖、か。
黒幕は、それを隠蔽して私たちにこんなくだらない事をさせてるのか。
……黒幕の目的が、まったく分からない。
そもそも目的なんてあるの?殺し合いをさせるなんてことして、意味があるの?
「きっと、これは重要な手がかりになるって霧切さんが言ったんだ。だから戸叶さんも、頭に入れておいて」
「うん……」
一年以上前に希望ヶ峰学園が閉鎖したなんて、そんな話聞いたことないよ……。
「……戸叶さん、ごめん。不安にさせちゃったかな」
「ううん、平気だよ。大事なことだもん。教えてくれてありがとう」
「そ、そっか。泣きそうな顔してたから、不安になったのかなって思って……平気ならよかった」
自分のことのように嬉しそうに笑う苗木くん。
見れば見るほど普通の男の子って感じがする。
『超高校級の幸運』……今のところ不運しか目立ってない、男の子。
「……」
「あの、戸叶さん?」
私は苗木くんを穴が開くくらいの感じにじっと見つめる。
一分くらい見つめ続けて、私はようやく苗木くんから目をそらした。
「ヘンな色」
思ったことをボソッと言って、私は図書室内を徘徊する。
「戸叶さんっ?今のってどういう意味?」
「んー?そのままの意味だよ。苗木くんの色は変だねってこと」
「だからそれがどういう意味なの!?」
図書室を見て回る私のうしろを苗木くんはぴったりと付いてくる。
困り顔で付いてくるのが、すごく面白く思えた。
どうしようか。
苗木くんの色が変だという意味を教えてあげようか。
「あっ」
そんなことを考えていた私の目に飛び込んできたのは、カウンターの上に置かれていたパソコンだ。
私はパソコンに駆け寄って、苗木くんに言った。
「これ、なにかに使えない?」
「あ、ボクも使えるかなって思ったんだけど……壊れてるみたいで、使えないんだ」
「壊れてる……?」
でも、と私はパソコンを手に持つ。
その持ち方が、持って帰るという感じだったからか、苗木くんが不思議そうな顔をした。
「可能性は、あるから」
パソコンにかかっている埃を服の袖で払う。
渡す時に埃まみれだったら、相手もイヤだろうから。
「不二咲さんなら、なんとか出来るかもしれないでしょ」
「……そうか。不二咲さんは超高校級のプログラマーだったね!頼んでみようか!」
「うん!」
そうと決まればもう図書室に用事はない。
まだ見てない、奥の部屋があるみたいだったが、どうせ本しかないのだ。
気が向いたらまた来ればいい。
「不二咲さん、自分の部屋かな」
「うん、たぶん。……ところで戸叶さん、さっきの続きなんだけど―――」
……苗木くんは、まだ気になってるのか。
自分の色が変と言われたのを。
意外と苗木くんは細かいんだな。
「ヘンって言ったのは変わってるってことだよ。褒め言葉の方の変わってるだからね。悪口じゃないからね」
それでも苗木くんは不思議そうに首を傾げている。
「……まだ分かんない?」
「う、うん……」
「君は、普通でしょ?」
「……うん、そうだね……」
「だから、ヘンだなって感じたの。本当に普通であるなら、ありふれた色のはずなのにそうじゃないから」
苗木くんは、誰とも違う色を持っている。
初めて見た色だ。
……超高校級のみんなですら持っていない色をごく普通の苗木くんが持っている。
それが変だと云うのだ。
「実は苗木くん、誰よりも特別な才能があったりして」
「えっ……」
「冗談だよ。あるわけないって」
笑い飛ばせば苗木くんは普通に落ち込む。
そしてその後に、普通に接してくるのだ。
「でも、褒めてるんだもんね」
「うん。褒めてる」
「ありがとう、戸叶さん」
「……どういたしまして……?」
普通な人なのに、変な人だ。
魅力、っていうものがあるのか。
私がただ単に苗木くんの色に興味を持っているのか。
どちらにしても、彼は誰も裏切らない。
人を信じ続ける。
そんな強さを持っていることだけは分かった。
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