衝撃的な志望職

短いようでとても長かった1週間も今日で終わりだ。スキンヘッドさんことミゲルさん(見た目に反して可愛い名前だった)とシズクちゃんはこちらの予想通り毎日のように喧嘩をしてくれた。

シズクちゃんの切れ味抜群な発言に、マフィアを敵に回したらどうしようと正直こっちは何度も生きた心地がしなかった。きっとストレスで私の胃には穴が空いているに違いない。あぁ、胃が痛い。

さて、ザーキュファミリーのボスは先日人魚の涙という代物を手に入れたらしい。巷では有名な宝石で、狙っている人も多いんだとか。そんなお宝を明後日別荘で行われるパーティーでそれをお披露目と言う名の自慢をするのだそうだ。

寝台列車で1週間かけて別荘へ移動する間、人魚の涙の警備のサポートをするのが今回の仕事だった。私にとっては初の仕事だったが、実のところこの1週間私は仕事らしい仕事をしていない。この際折角だから念能力者を盗さ…念能力者の写真を撮影して能力のストックを作っておきたかったのに。まぁ何も起こらないのはいいことなんだけど。

別荘まであと少し。どうせ何も起こらないだろうと、のほほんと初めての外の景色を堪能していた時だった。

『ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!』

隣の車両から複数の絶叫が聞こえた。それからバッタンバッタンという物音も。あそこには人魚の涙がある。やばい。急いで行かないと!
確かこの時間はシズクちゃんがいたはずだ。
彼女なら大丈夫だと思うが、早めに加勢に行ったほうがいい。バァンッとドアを開け放って声を張り上げた。

「どうしました!?一体何が……って、え?」

「あ、シロナ」

「し、しずくちゃん…?」

そこにいたのはシズクちゃん1人だけで、あとの人達はみんな死んでいた。血の匂いに思わず顔が強張る。こんなに多数の死体を見るのは初めてだ。いやそれもショッキングなんだけど、それよりも気になったのは…



「なんでシズクちゃんが人魚の涙持ってるの?」

私の目には、まるで彼女が盗ったように見えた。いや勘違いかもしれないけど。敵から奪い返しただけかもしれないけど!

「あ、これ?あたしが盗ったんだー。なんか欲しくなっちゃって」

最悪の予想が当たってしまった。
「え"、冗談でしょ!?じゃ、じゃあここに倒れてる人達も…」

「うん。なんか邪魔してきたから。殺しちゃった」

ころした…、殺した?え、仕事は?あれ?この子こんな子だったっけ?


「シズクちゃん…、仕事の内容分かってる?私達はその宝石を守らなきゃいけないんだよ?」

「うーん、それは覚えてるんだけど。どんなのかなって見てみたらすっごくキラキラしてて綺麗でさ。なんか仕事のことどうでもよくなっちゃって」

ほらシロナも見てみなよ、とマイペースなシズクちゃんだが、生憎今の私にはほんとだーキレイだねーなどと言える余裕などない。全く笑えない。

さっきの悲鳴を聞いてミゲルさんもじきにここに来るだろう。この際シズクちゃんの凶行は置いておくとして、取り敢えずこの状況をどうやってくぐり抜ければいいか考えなければならない。一体彼にこれをどう言い訳すればいいんだろう。

「と、とにかく、急いで片付けて、それを元の場所に戻して!今ならまだなんとかなるから!」

「えー、ここまでやったからここの列車にいるやつら殺してこれ持って帰ろうよー」

「いいから早「これはどういうことだ?」」

恐る恐る振り返るとそれはそれは怖い顔をしたミゲルさんが立っていらっしゃる。やばい。かなりやばい。これがマリア先生にバレたらと思うと、全身からどっと汗が噴き出す。
しかしそんな私をよそに、シズクちゃんは通常運転だった。

「あ、ハゲルさん。あたし達、これ持って帰るね」

「ミゲルだ。お前ら、そんな事してただで済むと思ってんのか?」

こ、怖い。いくら私よりも戦闘力が無いとはいえ(彼は非念能力者だ)ヤーさんの迫力が凄くて腰抜けそうなんだけど!そしてこの場を切り抜けるための上手い言い訳が思いつかない。ど、どうしよう、どうすれば。

「思ってるよ。目撃者がいなかったらどうとでも言えるし。そこら辺はシロナに任せるよ。それより今は…」

サラッと私を巻き込むような発言をしながらデメちゃんを具現化し、素早くミゲルさんの背後に回ってー…

ブシャッと、血飛沫が上がった。

「デメちゃん、"ここにある死体と血液全部を吸い取って!"」

ぎょぎょぎょ〜とデメちゃんが死体諸々を全て吸い取っていく。もう何が何だか分からない。展開が早すぎる。

車両の床はデメちゃんのお陰でピッカピカだ。やっぱその能力便利だな。
何もなくなった綺麗な車両を眺めていると、シズクちゃんがふぅと息を吐いて、人魚の涙と荷物を持って電車から飛び降りようと窓枠に手をかけたのが見えた。慌てて彼女の服を引っ張って飛び降りるのを阻止した。

「シズクちゃん、それを盗ったらダメだよ!この仕事はマリア先生の紹介でやってるんだよ?ここで変な事したら帰ってマリア先生になんて言われるか…」

ぱちぱちっと瞬きをしてフリーズすること数秒、シズクちゃんが軽くため息を吐いた。

「うーん、確かに先生って怒ったら怖いよねー。分かった。じゃあこれは諦める」

ほっ、よかったー。シズクちゃんが単純で。これで一先ず安心だ。後はファミリーの人達にいい感じに言っておかないと…。

あれからなんとかザクトファミリーの皆様を誤魔化すことに成功した私達は、表向きは初仕事を大成功という形で終わらせることが出来た。そう、表向きは。危なかった…いや、冗談抜きで。一歩間違えれば本当にマフィアを敵に回す羽目になっていたかもしれない。正直、もうシズクちゃんとは一緒に仕事をしたくない。

そしてそんなシズクちゃんは今回の仕事で、光り物に興味を持ったらしく。そしてまだ人魚の涙を諦めきれないようだった。

「ねぇシロナ、」

「な、なぁに?」

「あたし将来盗賊になろうかな」

「!? ゴホッゴホッ、え、盗賊!?」

衝撃の発言に思わず飲んでいた水を吹き出してしまった。若干それがシズクちゃんにかかってしまったのだが、彼女はそれに気付かず、どこかウットリとした様子で話を続ける。

「うん。あたし、シロナに言われた通り今まで"将来やりたいことを見つける"に、生きてきた。今日見つけたんだ。やりたいコト。きっとあんなキラキラしたものをいっぱい集めたら楽しいよ」

シロナ、ありがとうと控えめに笑うシズクちゃんはとても可愛かったが、気持ちはなんとも複雑だ。この子には人を殺すのは駄目だということが頭の中にどこにも無いらしい。そもそもなぜ盗賊なのだろう。あぁ、そもそも彼女にはお金で買うという発想が無いのか。流星街にはお金なんてそんなもの滅多にお目にかかれないし。シズクちゃんのやりたいことは出来るだけ応援するつもりだった。だがこれは…

私は余計なものを目覚めさせてしまったのかもしれない、そんな不安が拭えない。
だがもうそんなことはどうでもいいと思えるほど疲弊していた。取り敢えず今は教会に早く帰ってこの疲れを癒したい、切実に。