お砂糖混じりのキス

ふにゅっと唇にあたった柔らかい感触。そこから身体全体に伝わるなんとも言えない心地いいオーラが流れ込んでくる。

視界いっぱいに広がるのは自分より少し年下の男の子の顔。ちゃっかりしっかり目を閉じているその顔を今すぐにでも引き剥がしたいが立場上それも叶わず、彼の唇から与えられるオーラにただただ身を任せるしかできなかった。

  

「僕、妖精さんの力を借りることができるんだ」

これ話したのシロナちゃんが初めて、そう言ってはにかむ少年。彼は現在私が潜入しているマフィアのボスの一人息子である。流星街出身の下っ端な私がなぜこんなVIPな人間と一緒にいるのか、私にも分からない。依頼されている情報を集めている最中に偶然出会ってしまったのだ。少年に兄弟がいないからなのか、比較的歳が近いからなのか、予想以上に懐かれてしまった。

シロナちゃんと一緒にいたい、その一声でボス直々にここにいる間は少年…アルヴィン坊っちゃまのお世話係になってくれないかと頼まれた。下っ端の時より効率的に情報が集まるかもしれない、そう思った私は二つ返事で了承した。

それから早数日、ひたすらアルヴィンの遊び相手をしてきた。その間に分かったことと言えば、アルヴィンの母は病気で彼が小さい頃にこの世を去ったこと。その母の遺伝かアルヴィン自身体が丈夫ではないこと。泣き虫なこと。煮込みハンバーグが好きなこと。花が好きなこと。…そして妖精やユニコーンなどのファンタジックな生き物が好きなこと。

つまり何が言いたいかというと、私はアルヴィンと一緒に居すぎてこの数日間諜報活動が一切できないでいるということである。それ以前にここ数日、アルヴィンの部屋から一歩も出ていない。後悔先に立たずとはまさにこのこと。良かれと思って引き受けたのに、こんなはずじゃなかった。

そんな状況にいい加減イライラし始めた頃、唐突なアルヴィンのカミングアウト(中二病発言ともいう)を聞いてより一層イライラが募った。妖精?そんなことどうでもいいから早くここから出してほしい。

「…坊っちゃま。お言葉ですが、妖精は空想上の生き物でですね…」

「もー!本当なんだってば!確かに姿は見えないけど、妖精さんの力が使えるんだ!」

初日と違っておざなりな返答しかしなくなった私にアルヴィンはぷくっと頬を膨らませた後、名案が思い浮かんだと言わんばかりにポンッと手を叩いた。

「そうだ!!シロナちゃんに力を使ってあげる!目を閉じて!」

そうして話は冒頭に戻る。

  

どれくらい時間が経っただろう。ようやく唇から温もりが消えた。かなり長い間唇が合わさっていた気がする。アルヴィンはと言うと、どことなく満足気な表情だ。色々と思うところがあるけれど取り敢えず言わせて欲しい。私のファーストキスを返せ。前世から大事に守り続けたものをこんなガキんちょに奪われるとは思ってなかったし、なんだったらもっと大人なイケメンに奪われたかった。

私の抗議の視線などどこ吹く風とでも言うようにさらっと無視したアルヴィンはキラリと亜麻色の瞳を輝かせた。

「シロナちゃん、何か変わった所がない?」

そうアルヴィンに言われてはたと気付く。…腕の傷が治っている。この傷は昨日部屋にあったつい立てから落ちたアルヴィンを庇った時にできたもので、赤黒く腫れて痛々しかったそれは跡形もなく、肌色一色となっている。
しかもそれだけじゃない。バッと服の中を覗くと、日頃の訓練で負った、乙女にあるまじき生傷達も全て消えている。

「すごいでしょ!ちゅーした人の傷を治すことができるんだ!」

これが妖精さんの力だよ!ドヤ顔をするアルヴィンの名誉を思って直接口には出さないが、これは妖精の力でもなんでもない。念能力だ。唇から注がれた、砂糖菓子のように甘いのにスッキリとした味わいの、あの心地いいオーラに治癒能力があるのだろう。

アルヴィンが念の修行を受けたとは考えにくい。先生から無意識のうちに念を使う人間がいると聞いたことがあるが、そのパターンの人間なのだろうか。

「どの程度の傷まで治すことができるんですか?」

「んーとねぇ、前に死にそうな猫にちゅーした時も治ってたから、傷だけならどんなに酷いものでも治せるんだと思う。でも、死んだらもう治せないんだ」

「それも実際に確かめたんですか?」

「うん。僕が昔飼ってたインコが死んだ時にやってみたんだけど、その時はうまくいかなかったよ。あ、でも勘違いしないでね?今まで動物にキスはしても、人にはしたことないから!シロナちゃんが初めてだから!!」

最後に言った言葉はスルーするとして、どうやらこの少年の念の治癒力はかなり高いらしい。キスした人の傷を治す。(非常に不本意だが)彼の口ぶりからしてマウストゥマウスのキスじゃないといけないようだ。だとすれば恐らく自分自身の傷は治せない。けどもし大切な人が怪我をした時のことを考えると、あって困る念じゃない。それに弱肉強食なこの世界、念を使う大半の人間が人を操ったり害を加える能力を作るから補助系の念、特に治癒能力のある念は稀だと聞く。

是非コレクションしたいと思った。この少年の、アルヴィン坊っちゃまの念能力を。