ウサギは逃げ出した

いよいよこの日がやって来た。15年間、どれ程切望してきたことか。

この日の為に少しずつ準備を進めてきた。大丈夫。あの泣く子も黙るゾル家の三大勢力が今日はいないのだ。彼等さえいなければ、たとえ執事や他の家族に見つかったとしても撒くことは簡単。気をしっかり持つのよウルル。私はやれば出来る子なんだから!

ブタ君ことミル兄様は問題外だ。彼が部屋から出ることはまずないから。部屋に近づかさえしなければ問題ないはず。問題はキルアとカルトだけれど、今は日も昇ってない時間帯だし、昨日夜遅くまでイル兄様に扱かれていたからまだ寝ているはずだ。
あの2人は期待を裏切ずとっっっっても可愛かった。思えばここに転生して1番良かったと思えたことかもしれない。私にとても懐いてくれていて、私もつい彼等を甘やかしてしまう。(甘やかし過ぎて他の家族に怒られるくらいだ)

愛しき弟達に思いを馳せつつ、必要最低限の物を持って私は自分の部屋の窓から飛び出した。絶をして、家の者達に気付かれないよう細心の注意を払いながら移動する。見つかっても逃げ切れる自信があるとは言えど、出来るなら穏便にすませたい。

そうして順調に山を下ること1時間、なんとか試しの門まで来ることができた。
ふぅ良かった……まだ誰も気付いてはいないようだ。ツボネに見つかるかもしれないとヒヤヒヤしていたが、杞憂だっただろうか。まぁここまで来れば一先ず安心だろう。ゼブロさんに見つかったとしても、いざとなったら気絶させればいいし。日頃の訓練のお陰で、たかが一般人を気絶させることなんて朝飯前だ。

折角だからミケに挨拶でもしようと思い、周りを見渡しましたが、見当たらない。あれ?どこ行っちゃったんだろう。引き続き周囲を警戒しつつ、森の中を歩いてミケを探した。



「姉貴?」

ミケを見つける代わりにキルアを見つけた。なんてこった、最悪だ。なんでこんな時間にこんな所にいるんだろう。私も人の事言えないけど。


「き、キルア。どうしたの?こんな朝早くに」

「それはこっちの台詞だよ!俺はなんとなく早く目が覚めたから、ミケに会いに行こうと思っただけ。姉貴は?」


つか早く戻ろーぜと上目遣い(身長差で自然とそうなる)で見てくるキルアに、うんそうだね戻ろっかと頭を撫で回したくなる自分を必死に抑える。駄目よウルル…、一時の快楽に釣られては!けれどどうしよう。彼は勘も鋭く、頭の良い子だ。きっと半端な嘘では通じない。

ええい、もうどうにでもなれ!半ばヤケクソになった私は思い切った行動をすることにした。


「あのねキルア」

「何?」


意識を集中させ、ぴょこんっとうさ耳を具現化した。それを見たキルアの綺麗な碧い瞳が溢れんばかりに見開かれる。


「私実は人間じゃないの。ウサギの魔獣なんだよ」

「はあぁっ!?」

「今までなんとか過ごしてきたけれど、もうここの生活に耐えられないの!故郷へ戻るわ。ごめんね、キルア。でも忘れないで。例えここに居なくても私はキルアの味方だから」

「えっ、ちょ、あ、姉貴がウサギ…?え、ここを出て行く?えっ?え!?」

「さようなら、キルア!」

これ以上余計なことを言われないように、考えさせないように私はキルアの頬にキスをしてから素早く能力を発動させた。
潜在能力(ミミルグ)。一時的に身体能力…特に脚力を上昇させるものだ。 足に思いっきり力を入れ、ピョーーンッとウサギのごとく試しの門の上まで一気に跳び上がった。ふぅ、やれやれ、脱出成功だ。ようやく達成できた、夢にまで見た家出。空を見上げれば、月はもう山に隠れて殆ど見えなくなっており、代わりに太陽の光がうっすらと山を覆っていた。空いっぱいに散らばりほんのりと瞬く星は、まるで私に頑張ってと応援してくれているようで。

けどまだ余韻に浸っているわけにはいかない。"獲物を狩る時に一番隙ができる"原作三巻の名言を忘れるほどオタ度は下がっちゃいないのだ。シュタッと華麗に着地を決め、一刻も早く家から距離を取るべく走り出した。



さらば愛しき弟よ!大丈夫。あなたは今からおよそ2年後に生涯の友と呼べる少年に出会い、様々な事を経験することができる。イル兄様の洗脳からも解放されるよ!

そう、私なんかが居なくても!!