ウサギの人助け

なんだかんだで家出してからおよそ半年もの月日が経つ。パドキア周辺にいた頃はちょくちょく執事がいたが、1カ月もすれば殆ど追手の気配は感じなくなった。今は気ままに旅をし、ハンターの世界観を楽しむ日々だ。気になることと言えば、ここ数日感じる妙な念能力者の気配…追手ではないことは確かだが、なんか、なんか変な感じがする。こう…べちょっとした感じのオーラっていうか。しかも更におかしなことに絶と纏を繰り返してるみたいだ。殺気は特に感じないから大丈夫だとは思うけど、一応警戒するに越したことは無いので接触しないように避け続けている。

そんな変なやつから逃げつつやって来たのはヨルビアン大陸の端っこに位置する小さな田舎町。道なりに進んだ結果辿り着いた町だが、建物の損傷具合や道の荒れ方、町中の至る所に散らばっているゴミを見る限り、少々治安が悪い所だと分かる。まぁ色んな所を見て回るのが旅の醍醐味と言っても過言ではないけど、変なトラブルに巻き込まれるのはごめんだ。

ウサ耳に少し意識を向けると、ねちょっとしたオーラの人はいなくなっていた。好都合だ。このままさっさと別の街へ行こう。

と、そんな時ドタバタと路地裏から白く大きな袋を抱えた2人の男が飛び出して来て道路に停めてあった車に乗りこんでいった。あの中身、心なしか動いていた気がする。まさか人攫い、とか?いやー、そんなわけないか。ワタシ、ナニモミテマセン。触らぬ神に祟りなし。

ぶおおんと派手なエンジン音と共に車から吹き出した灰色の排気ガスを顔面で受け止めていると、同じ路地裏から二つの塊が転がり出てきた。よくよく見ると薄汚れた二人の少年で。姉ちゃん!!と叫びながら車を追いかけようとしているが、その車は既に普通に走っては追いつけないくらい遠くを走っている。ちら、と視線を斜め下にやると、顔が全く同じの少年…キルアと同じ歳くらいだろうか、目にいっぱい涙をためて点になっていく車を見つめていた。

…嫌な予感がする。

見て見ぬ振りをして立ち去りたい衝動に駆られるが、それは人としてどうなんだと自分の中の良心が囁いた。


「どうしたの?」

「ね、姉ちゃんが拐われたんだ!!」

「あいつら…最近この町に居着いてる人攫いだ。どうしよう…姉ちゃんが…姉ちゃんが…」

それ以降は嗚咽に飲み込まれて何を言っているのか全く分からなかったけど、こちらの予感通り、人攫いの現場に遭遇してしまったらしい。助けたいのはやまやまだが、さっさとこの町を出たい。あの変な人をうさ耳が感知する前に、早く。

ここは心変わりする前に早く退散をしよう。 しかし、そんな意思とは反対に私の口は真逆のことを紡ぎ出した。



「……ここから動いちゃダメだよ。私があなたたちのお姉さんを助けるから」


そう言うなり、あの車が走っていった方向へ大きく足を踏み出す。内心あっれー!?と絶叫が響いているが、そんなの関係ないとでも言うようにオーラを纏った足で体がさらに加速した。大量の風を浴びながらふと気づく。

表面上は関わり合いたくないと思っているだけで、心の奥底ではあの子達を見捨てるという選択肢はデリートされているみたいだ。あの泣き顔、イル兄様の訓練の後のキルアの泣き顔となんとなく同じに見えた。きっとそれが原因で今私はこうして走っているのだろう。どうやら自分が思っている以上に弟達が恋しいらしい。自嘲気味な笑みがこぼれた。



▽ ▲ ▽



そう時間もかからずに車に追いついた。自分で言って悲しくなってくるけど、能力を使わずともオーラを足に集中させた状態での全力疾走ならたかだか自動車に劣る私ではない。こちとらミケに鍛えられているんだ。ゾルディック随一の逃げ足(自称だけど)舐めんな。
すると車のスピードが上がり、運転も荒くなった。どうやらこの速さに食い付いている私に相当ビビっているらしい。そりゃそうだよね。私だって訓練の一環でイル兄様に追いかけられた時半泣きだったもん。

だがここで逃がすつもりは毛頭ない。アジトまで行かれて人数が増えたら厄介だからだ。脚により一層オーラを集中させ地面を蹴り上げてジャンプし、ストッと華麗に車の上に飛び乗った。体制を整えてから今度は手のひらにオーラを集中させ、さらにサービスでゾルディックご自慢の肉体操作でビキッと手を鋭くしてから思いっきり車体…運転席と助手席の位置にチョップを打ち込んだ。


ドガアアアァンッ!!!!


凄まじい破壊音が辺りに響き渡った。それに混じって人攫い達の断末魔も聞こえる。まぁ死なないように加減はしたつもりだから大丈夫でしょ。でもまぁご愁傷様です、なまんだぶなまんだぶ。

土煙りが落ち着くにつれて車の様子が次第にはっきりと車の様子が確認できた。車体の前半分は見事にぶっ壊れているが、後部座席の方は殆ど損傷が無い。勿論偶然ではなく、あの少年達のお姉さんを傷付けないために私がわざとそうしたのだ。袋を破ってお姉さんの無事を確認すると、さっきの衝撃で気絶はしてしまったものの、怪我は無さそうだ。どうやら私の計算通りとなったらしい。ふふん、どうだ見たか、私の華麗なる救出劇を!

内心でドヤ顔をしつつ、お姉さんをかかえて先程の町まで戻ろうとしたその時、背後でパチパチと手を叩く音がした。




「お見事。シビれるような手捌きだったよ」




語尾にハートマークがついていそうなその台詞と共に感じる体に絡みついてくる視線、ねっとりとした殺気。

ずっと前に聞いたことがある声だ。何回も、飽きることなく。私の予想が正しければ今背後にいるのは生涯で会いたくない人top5に堂々とランクインしている男。振り返っては駄目だと本能が叫んでいるが、男のオーラがそれを許さない。意を決してゆっくりと振り返る。

「やあ、やっと会えたね」

およそ180の長身、細く鋭い目の下には星と雫のペイント、目の覚めるような赤い髪、そして極め付けはセンス最悪な服装に男では珍しいハイヒール…

マッドピエロこと奇術師ヒソカが立っていた。膨張させてはいけない所を大きくさせて。

あぁ、やっぱり人助けなんかせずにさっさとこの町から出れば良かったんだ。ズボンのある特定の場所に大きなテントが張られているのを目にして深く後悔した。