百人一首題-013

この恋に幸せな結末はない。
だから今日もこうしてわしは貴様と喧嘩をする。

「なにが愛じゃ、そんなものは有り得ぬ」
「お前のような山犬にはまだわからぬわ!」

長い長い大坂城のとある廊下の上で。
政宗の家臣の小十郎が仲裁に入ってその言い争いは終了した。
兼続は待たせていた自分の君主景勝に無駄な時間を過ごさせてしまったと詫びてから反対方向へと歩いて行った。
顔を合わせば何か言わないと気が済まないのかと言ってくる小十郎の言葉は耳の中を右から左へと抜けていく。
政宗は遠くなる背中をじっと見つめていた。

昔から、好きだった。
真っ白で汚れを知らないところだったり、自分が正しいと思えば相手が誰かを気にしないところだったり。
まっすぐな奴だと思った。
口を開けばこちらを罵ることしかしないが、不思議とそれは不快ではなかった。
なぜだろうと一晩かけて出た答えは至極簡単なものだった。
自分は、兼続に恋い慕っていたのだ。
気持ちを自覚すれば欲しいと思うのが当然の心理だ。
だけど、相手が悪かった。
今は豊臣の名のもとに戦乱の世は治まっている。
だけど政宗はそれは一時的なものだろうと睨んでいた。
天下統一を成し遂げた太閤も、この先はそう長くないだろう。
それを裏付けるかのように諸大名達が水面下で不穏な動きを見せている。
太閤がこの世から去れば、戦乱の世はまた必ず戻ってくる。
そうなれば兼続のいる上杉と伊達が対立するのは必然だろう。
この気持ちは誰に知られることなく墓の中に持っていこうと決めた。
なかったことにはとても出来そうもないから。
だから政宗は今日も兼続と喧嘩をする。
笑顔を向けてもらうことは出来ないけれど、こうしていればこちらに顔を向けてくれる。
それが不機嫌そうに怒っているものだとしても。

「聞いていらっしゃいますか?」
「ああ、聞いておるぞ」
「政宗様!」

小十郎の問い掛けに適当に相槌をうって自分の進むべき方に向き直す。
後ろで小十郎がまだ何か言っているがやはり耳に入ってこない。
もうすぐにでもやってくる、思い描いた限り最悪な結末を噛み締めて、政宗はゆっくりと長い廊下を歩き始めた。

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