百人一首題-012

私達はこのように逢瀬を重ねていることはおろか、二人で話すことさえも許されぬ間柄なのだ。
だから互いにどれほど想い合っていてもそれを形に残すことが出来ない。
例えば逢瀬の誘いに使われる書状、とは呼べないただの紙切れのようなものすらだ。
政宗だとわかるようなものは何ひとつとしてない。
けれど念には念をと読み終わった後はすぐに燃やしてしまうようにしている。
これは二人の関係が始まって一番最初に決めた約束事だった。
互いに守らなければならないものがある身だから。
それがより長く関係を続けていく為に必要だったから。
それにそんな形に残しておかなくても平気だと思っていたのだ、その時は。

しかしそれは自惚れだった。
人目を忍ぶ逢瀬はそう頻繁に繰り返す訳にもいかない。
どんなに会いたいと願ってみても、そうそう会える機会はないのだ。
隣に政宗がいない夜はただひたすらに睦み合った夜を思い出す。
これが政宗かと疑いたくなるほど優しい声、抱き寄せる腕、そこから伝わる温もり、胸に耳を寄せた時に聞こえる鼓動。
全部、まるで今隣にいるかのように鮮明に思い出せる。
そして落胆するのだ。
こんなに想っているのは、自分だけではないのかと。
逢瀬の際、形に残せない代わりなのか政宗たくさんの言葉をくれる。
好きじゃ、愛しておる、片時も忘れることなどない。
しかしこうして一人になってみると、やはり形に残るものが欲しくなってしまうのだ。
会えない間の寂しさを癒す為に。
まるで年頃の娘のようだと自嘲したくなる。
自分がこんなに女々しいだなんて知らなかった。
政宗にこんな気持ちを伝えてしまいたい。
しかし政宗よりも年長の自分がそんなことを言う訳にもいかない。
そんなことを考えていると、久し振りに政宗から逢瀬の誘いが来たのだ。

*

障子の隙間から差し込む明るさが、ほんの一瞬の逢瀬に終わりを告げる。
二人でいる、それだけで問題になってしまうような間柄なのだ。
人々が動き始める前に互いに帰らなければならない。
これも政宗と一番始めの逢瀬の時に決めたことだった。
乱れた布団から這い出し着衣を正す政宗の背中に兼続が声を掛けた。

「もう少し、ここに居てくれ」

形に残せないならば、ほんの少しだけでいいから時間が欲しい。
ごろりと寝転がったまま振り向いた政宗の顔を見上げる。
驚いたその顔はすっかり手が止まってしまっている。
普段ならここで自分が折れるところだ。
もういいと、いらぬことを言ったと。
しかし今日は折れてやる気にはなれなかった。
政宗がどんな反応を示すかどうしても見てみたかったのだ。

政宗が驚いた顔から眉を潜めて不機嫌そうな表情に変わる。
これは怒られるかもしれぬな。
それでも折れずに黙って見つめていると、政宗が顔の横に腕をついた。
ぐっと近付いてきた口を吸われるのかと覚悟を決めたら、触れる寸前で顔が止まった。

「わしだって、ずっとこうしていたいわ」

不機嫌なのではなく切なげな表情で政宗は言った。
まだ子供だと思っていたけれど、知らぬうちに政宗もすっかり大きくなったものだ。
明るいところでまじまじと顔を見つめ、ついそんなことを考えていると政宗の唇が触れた。

「必ず、また会おう」

前髪をさらりと撫でて、政宗は部屋を去って行った。
障子の隙間から宿を去る政宗の背中を見つめる。
いつか人目を気にせずに会える世になればいいのに。
そんなことを考えながら。

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