百人一首題-011

「旅に出る
行き先を伝える事はできないけれど」

どんと畳の上に叩き付けられた書状にはただその一言だけが書かれていた。
ゆっくりと一度その文章を目で追って、清正は叩き付けた本人に返した。

「で、ここに来てると思ったのか」
「いや、もし宗茂が来たら立花に知らせて欲しいと言いに来たのだ」

目の前にどんと座るのは宗茂の妻、ギン千代だ。
朝小姓が起こしに行ったとこら、この書状だけ置いて消えてしまったらしい。
あいつがやりそうなことだと笑いそうになるのを寸前のところで堪える。
普段可愛いげのないギン千代が珍しく焦った様子で来ているのだ。
数人の家来だけを連れて来たところを見ると相当慌ていたのだろう。

「では頼んだぞ」
「ああ、わかった」

来たときと同じように嵐のように去って行く。
その横顔に心配の色が濃くなっているのはここにいると目星をつけていたからだろう。
残念ながらここには来ていなかったのだけど。
ギン千代が帰ったのを見届けて清正は息を吐き出した。
あいつならやりそうなことだと思う気持ちに変わりはない。
しかしこのように突然ふらりと姿を消すときはだいたい清正のところに来ていたのだ。
だからギン千代はまず清正の居城を訪れたのだろう。
それに例え姿を見せなくてもどこへ行ったかと知らせる書が来ていたはずだ。
西国一と謳われるほどの宗茂だから襲われたとは考えにくい。
しかし万が一ということもと考えると柄にもなく心配してしまうのだ。

夕餉も終わり、暗い夜空を月の光だけが照らす。
一体宗茂はどこへ行ってしまったのか。
なかなか寝付けそうにないけれどもぞりと布団の中に入り込む。

「いらん心配をさせやがって・・・」

そう呟いてみても本人に届く訳もなく言葉は宙に消える。
考えても無駄だと無理矢理思考を断って寝ようとした時、こんこんと庭の方から戸を叩く音が聞こえた。
最初は聞き違いだと思って無視をしたが、時間が経つにつれて音が大きくなるので仕方なく清正は立ち上がった。
念のために護身用の小刀を持って音の方に近付く。

「清正、そこにいるんだろう」

近付いた気配を感じたのか戸の向こうからそう声を掛けられて脱力する。
がらりと戸を開くと月明かりに照らされた端正な顔が目に入った。

「とりあえず上がれ」

言いたいことは山ほどある。
しかしこんな時間にこんなところで話しているのを見られるのも後々面倒だ。
端的に言うと宗茂は満足したように笑って部屋に上がり込んだ。

「どういうことだ?」
「なんのことだ?」

質問を質問で返され苛立つのを抑えて話を進める。

「ここに来るなら連絡を寄越せと言っていただろう」
「言ったらギン千代に連れて帰られるだろ」
「ギン千代が心配してたぞ」

そう言うと目の前の男は珍しいと表情を緩めた。

「お前なぁ・・・!」
「今度からはもう少しましな書き方にするよ」

怒った表情を見せると仕方ないといった感じで宗茂が譲る。

「今までどこ行ってたんだ」
「最初からここを目指しとギン千代に捕まってしまうからな」

遠回りしてきたと宗茂は手土産を取り出した。
それに答えず清正がじっと睨む。

「たまには清正とじっくりと濃密な時間を過ごしたくなったんだ」

だからってこんなやり方ないだろ。
そう言い返したいのに低い声を耳に吹き込まれてしまえば言葉を失ってしまう。
それに気をよくした宗茂がそっと清正を布団の上に押し倒した。

「それにたまには不意打ちもいいだろう?」

にやりと唇を歪めたのが様になり過ぎている。
寝間着の合わせ目から入り込んでくる冷たい手に抵抗することも出来ない。
ゆっくりと近付いてきた唇に清正もゆっくりと瞳を閉じた。

*

「立花様に伝えなくてよろしいのですか?」
「数日したら勝手に帰るだろ、構わん」

翌日起こしに来た小姓が驚いて飛び出そうとしたのを清正が慌てて止めた。
他の者には言わないようにとしっかりと口止めをしているのを見て、宗茂が綺麗に笑った。

|
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -