百人一首題-010

ここは天下人秀吉のお膝元、大坂城。
長い廊下をずかずかと歩いていると、先の方から一際目立つ大きな笑い声が聞こえて政宗が舌打ちをする。
ちらりと司会に入ったのは傾奇者の大男。
となればあそこにいるのは政宗の天敵、兼続であることは間違いないだろう。
楽しそうに笑うその声に苛立ちを感じながらも歩む足を止めない。
政宗が不機嫌になったのを感じた小十郎が嫌ならば迂回すればいいのにと思うものの口には出さない。
なぜ大名のわしが避けねばならんのじゃと不興を買うことが目に見えているからだ。
今日も適度なところで仲裁に入ればいい。
幸い今日は温厚な真田幸村がいるようだ。
隣にむすっと無愛想な石田三成の姿も見えたけれど、それは見ないことにした。
わざとかと思うほど足音を立てて歩く政宗に一番最初に気付いたのは幸村だった。

「これは政宗殿もいらしていたのですね」
「おお、幸村!久し振りじゃな」

同い年のせいか幸村とは肩を張り合わずに話すことが出来るらしい。
表情を緩めながら政宗が対応していると、第一声から兼続が喧嘩を吹っ掛けてきた。

「幸村、そのような山犬と話すと不義が移ってしまうぞ」

ただ政宗は幸村と挨拶をしていただけだ。
なのにわざわざそんなことを言わなくてもと小十郎は心の中で呟く。
しかしとうろたえた幸村が口を開くより前に政宗がキッと兼続を睨みつけた。

「相変わらず小煩い口じゃな、兼続」
「幸村にまで不義が移っては困るからな、まぁ幸村は大丈夫だと思うがな」

両者がぎろりと睨み合い、今にも一触即発な雰囲気だ。
三成はいつものことだと思っているのか、そもそも何も感じていないのか。
俺は秀吉様のところに行かねばならぬとその場を去った。
幸村はどう仲裁するべきかと頭を悩ませているようだ。
はぁと心の中で溜め息をひとつ零して、小十郎は政宗に声を掛けた。

「政宗様、もうすぐ客人がお見えになる時間です」
「そうじゃったな、こんなところで油を売っている場合ではない」

さっと表情を変えると幸村にのみまたと声を掛けて政宗はずかずかと歩き始めた。
わざとかと思うほどの大きかった足音は今はない。
その些細な変化に気付いた小十郎が政宗の横顔を窺う。
その表情は苛立ちというよりは寂しさを漂わせているように思えた。



すとんと自室の襖を閉めた政宗はごろりと床に寝転がった。
思い出すのは大坂城で邂逅をとげた兼続のことだ。
遠くから聞こえる声は確かに楽しそうな笑い声だった。
なのに自分が視界に入った途端、それは瞬く間に不機嫌なものに変わる。
政宗だって兼続の不機嫌な顔が見たい訳ではない。
出来ることならば自分にだって笑顔を見せて欲しいと思っているのだ。
それが雲を掴むほど難しいことだて知っていても。

出会いを繰り返すこの場所で

一度でもいいからその笑顔を向けて欲しいと密かに願う

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