百人一首題-009

「わしは天下人になってやる、見ておれ」

政宗が宣言したのは、まだ完全に大人になりきれていない、そんな年の頃だった。
その時は確か、笑えぬ冗談を言うなと政宗を嗜めたはずだ。
しかしそれから数年が経ち、声が低くなり背も高くなった政宗から驚きの事実が告げられたのだ。
確かそれは二人で町外れの宿で逢瀬をしていたときだった。

「徳川を倒す準備をしておる」
「政宗、何を言っているんだ」
「前に言ったじゃろ、わしは天下人になると」

今は豊臣を葬り去った徳川が作る世だ。
伊達が謀反したところで強大な徳川に太刀打ち出来る訳がない。
以前それを口にした政宗はまだ子供だった。
だから冗談をと嗜めるだけで終わったが、今の政宗は違う。
唇をにやりと歪ませるのは立派な大人の顔だ。
兼続が言葉を失っていると、政宗がふぅと煙草の煙を吐き出した。

「わしは竜ぞ」

そう笑う政宗は自信に満ち溢れた表情をしている。

「しかし」
「心配するな、上杉を巻き込もうなど思っておらぬ」
「そういうことではなくて」
「竜は天に昇るものじゃろ、兼続」

一度言い出したことは絶対に曲げない。
それは兼続が身を持って知っている。
しかし今回ばかりは何としても止めなければならない。
いくら徳川は不義であっても、天下を掌握した者が正義になるのだ。

「もし」
「わしは勝つ」

負けたらどうするという言葉は政宗によって遮られた。
そのまま押し倒されて、唇を奪われる。
結局考えを改めさせる事が出来ないまま、朝を迎えてしまった。

「これからはこうして会うこともならぬ」
「なぜだ!」
「いらぬ嫌疑をかけられたら困るじゃろう」

一つしかない目がまっすぐと兼続を見つめる。
決意を秘めたその顔に兼続は何も言えずに目を伏せる。

「わしが天下を取るまで待っていてはくれぬか?」

生まれた時から殿様の政宗が、こんな言い方を出来るなんて知らなかった。
身体だけではなく、中身もしっかりと成長しているのだとこんなところで思い知らされる。

「どうせお前は首を横に振らせないだろう」

だから兼続は目を伏せたままそう答える事しか出来なかった。
ぎゅっと握り締めた拳に政宗の手が触れる。

「必ず迎えに行く」

そう言い残して、政宗は宿から去って行った。

*

それから幾年が流れた。
江戸城で顔を合わせることはあったが、それ以外は書のやり取りさえしなかった。
本当に政宗は天下を取るつもりなのか。
二人の関係を終わらせる為の嘘だったのではないか。
そう疑って、疑う事にも疲れ諦め始めた時、伊達が挙兵したという報が入った。

そしてついに政宗は天下人となったのだ。
戦に決着がついて半年後、政宗は漸く兼続の居城を訪れていた。

「わしが来たのだ、出迎えよ」
「突然現れて何を言っているんだ」
「小姓がわしが来たことを知らせに来たじゃろ」

久し振りの再会だというのに兼続はふんとそっぽを向いた。
相変わらずだと政宗は苦笑を浮かべる。

「兼続、わしとの約束は覚えておるか?」
「さて、何のことだかわからんな」
「覚えているからそんな年になっても一人でおるのじゃろ」

くつくつと笑うと、兼続の白い肌に赤みがさした。

「お前を待っている間にこんな年になってしまったんだろう!」
「いくら年を重ねようとお主は変わらぬ」

いつかと同じように兼続の輪郭をなぞると、小煩い口が閉じられた。

「待たせて悪かった」

共に新しい世を作ろう。
そう言って唇を重ねると、おずおずと首に腕が回されたのだった。

*

このお題難しい!

|
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -