赤い糸をさがして



 雑誌の占いによると、今週は「今まで何とも思っていなかった異性と急接近」らしい。それを知ったのが今日、つまり金曜で、占いの期間は花火大会のある日曜まで。月曜から木曜までのチャンスを全て棒に振ったと思うと悔しいけれど、まだ今週は終わっていない。よし、と意気込んで何とも思っていない異性ばかりの職場を見回してみる。わざわざ少しだけ早く出社してまで何をしているんだと自分でも思うけど、思ったよりこの前の婚活パーティーのダメージが大きいらしい。一刻も早く、次の可能性を探らなきゃ。
 うーん、鱗滝部長は奥さんいるしなぁ、と思いながら何とも思っていない異性筆頭である鱗滝部長の横顔を見る。以前誰かがひょっとこの面をつけて阿波踊りしている鱗滝部長の写真をSNSに上げていたのを何故か突然思い出した。いやいや、いくら本当は愉快な人だからって、既婚者はないない。
 じゃあ、後輩の我妻くん? いつも色んな女性に声をかけては撃沈している軟派野郎。だけどこんな私でも可愛いとか綺麗とか褒めてくれたし、何より高卒で入社して売り上げ一位の期待のルーキー。将来性で言えば抜群かも。
 それなら、我妻くんの同期の嘴平くんは? 成績こそ我妻くんに僅差で負けているけど、抜群のルックスと、飲み会でおいしそうにたくさん食べる姿は取引先から大人気。多少常識に欠けるけどトリッキーな作戦で難攻不落の大手取引先から大口の仕事を頼まれたこともある。
 さすがに、鬼舞辻課長はないかなぁ。パワハラ紛いの指導で部下を何人も退職に追い込んでる「鬼の鬼舞辻」だし。まぁ、遠くからなら見目麗しくて目の保養になるけど……って、占いでは「急接近」なのに遠くから見るの?
 そんなことを考えていたら始業時間になった。ハイハイ働きますよ、と思いながらパソコンに向かう。
「なぁ苗字、今日の会議室の予定なんだけど」
 同期で同じ総務部の村田くんが話しかけてくる。彼の顔を今一度じっと見た。
「村田くんは……ないかな」
「は? 何がだよ?」
 私の失礼な独り言に彼はピシャリと突っ込んだ。なかなか楽しい奴ではあるのだが、恋愛となるとピンとこない。さらさらすぎる髪の「将来性」も気になる。
「ごめんごめん、会議室が何?」
「ああ今日さ、夕方五時から会議室取ってるだろ」
「人事部の予約のこと? 内容は知らないけど」
「そうそれ。学生のOB訪問らしい。なんかさ、我妻と嘴平の高校時代の同級生なんだってよ」
「へぇ、あの二人の」
「そう。面白そうだから覗きに行こうぜ」
「楽しそう! あの二人の同級生か、どんな子が来るんだろう」
 やっぱり食品会社に来るくらいだから、食にこだわりのある子だったり食べるのが好きな子だったりするのかな、と思いながら仕事の手を進める。会議室の清掃、備品の発注、営業車の利用スケジュール確認、研修案内のメール送信を行うと、あっという間に午前が過ぎていく。昼休憩前に一息つこうとお手洗いに立とうとした時、鞄の中のスマホに連絡が入った。見てみるとついこの前飲んだばかりの義勇君からだった。席を立つついでに廊下の隅で電話をかける。緊急の用事だろうか。
「もしもし、義勇君? 急にどうしたの?」
「ああ、名前か。ちょうど今、名前の会社の近くに来ている」
「そうなんだ」
 珍しいな、と思いながら相槌を打つ。
「もし良ければ、一緒に昼飯でもと思ったんだが」
「え、ほんと? 誘ってくれて嬉しい! もう昼休みだし、すぐ行くね」
 待ち合わせ場所を決めて電話を切る。お手洗いに寄って簡単に化粧直しをしていると、またもや蜜璃ちゃんと出くわした。
「名前さん、食前にお化粧直しですか?」
 愛くるしく小首を傾げる様は、さながら小動物のようだった。
「うん、ちょっと友達が近くに来てるって連絡くれて、一緒にランチすることになったの」
「そうなんですか! もしかしてそのお友達って……男性ですか?」
「うん、そうだよ」
「キャー!」
「うわ、びっくりした」
 蜜璃ちゃんが顔を覆って叫びだす。こうした不思議ちゃんなところも実に可愛らしいのだ。
「それってそれって、デートじゃないですか」
「デート? え、デートなの?」
「そうですよぉ。男女が二人でお食事なんて、デート以外の何物でもありません」
「そうかな、でも幼馴染だし……」
 絶対絶対そうですよ、と主張する彼女をお手洗いに残し、私は一度オフィスに戻った。鞄を持って義勇君との待ち合わせ場所に向かおうと、エレベーターを降りたその時だった。
「あ、こんにちは!」
「……君、カマドベーカリーの……」
「はい! 竈門炭治郎です!」
「どうしたの、こんなところで」
 オフィス近くの評判のパン屋、カマドベーカリーの長男坊だ。いつも元気で礼儀正しく溌剌としていて、オフィス街の疲れた社畜達を一瞬にして元気にさせる太陽のような子だ。疲弊したサラリーマンたちにこの笑顔は非常に眩しい。微笑まれるだけで浄化される気がしてくる。私もよくパンを買いに行くが、彼の笑顔を見ると不思議と元気と活力が出て、仕方ないから午後も頑張ってやりますか、という気になるのだ。ただし、彼は大学生なので常に店にいるわけではない。休講の時や授業の空白が連続したときなど出現条件が決まっているので、彼の特性も相まってレアポケモンのようだと噂されている。
「実は、このオフィスにサンドイッチの宅配を頼まれていたんです」
「そうだったんだ。宅配もやってるんだね」
「はい。数が多い時だけですが……なんでも、ランチミーティングでサンドイッチの品評会をやるそうです」
「え? それ、うちの会社だよ」
 ランチミーティングとは銘打っているものの、実は「食品会社たるものうまいものに精通してねェとなァ」が口癖である不死川係長のお遊び企画だ。月に一度、この辺りでおいしいと評判の店から商品を取り寄せ、どこがおいしいのかを徹底的に研究して分析レポートまで作成している。ちなみにこの企画は昨年まさかの社長賞に輝いた。今年の運営は副賞の賞金で賄われているそうだ。
「そうなんですか。実は夕方にもOB訪問でおうかがいする予定なんです」
 じゃあ、この子はまさか我妻くんと嘴平くんの同級生ということ?
 意外な接点にインスタントに運命を感じて彼の顔を見る。太陽のような笑顔。見ると安心する。なぜだか胸が高鳴ったような気がした。
だけど脳内は冷静だった。いやいや、いくら何でも大学生はないでしょ。さすがにそれは飢えすぎでしょ。
「じゃあ、エレベーターが来たので俺はもう行きます。またお店に来てくださいね!」
 そう言って爽やかに笑ったカマドベーカリーの長男坊を見送り、私は義勇君との待ち合わせ場所に急いだ。
今まで何とも思っていなかった異性と急接近、なんて雑誌の文言が脳裏を過ぎる。
いやいや、だからないってば。
急速に頬に集まった熱を冷ますよう顔を仰ぎながら、待ち合わせ場所まで早足で向かう。
「そんなに慌ててどうした」
「あ、義勇君。待たせちゃった?」
「いや」
 微笑んだスーツ姿の義勇君にホッとして、思わず頬を緩めた時だった。
 ――それって、デートじゃないですか。
 急に蜜璃ちゃんの言葉が思い起こされる。今まで何とも思っていなかった異性と急接近、という占いの文言までもがまたもや脳裏に蘇ってきた。
 どっちもないない、と頭を振った私を見て、義勇君が不思議そうに首を傾げた。



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