07.作戦会議



 少しだけ緊張しながらパーティー会場に着くと、私を見つけたリドルさんがすぐに歩み寄ってきてくれた。華やかな衣装がとても似合っている。あらためて見てみれば皆さんの装いもいつもと違うし、どこか浮かれた雰囲気が蔓延していた。場違いじゃないかな、と視線を彷徨わせれば、一人だけ女の子が座っているのが見える。遠目に見てもものすごい美少女だ。芸能人か何かなのでは? こんな子が男子校にいたら、周りの生徒たちの視線を独占して止まないだろう。
「リドル。彼女には、監督生の話し相手になってもらおうと思うんだが、いいよな」
「そうだね。同性同士の方が話も弾むだろう」
「じゃあ俺はケーキを運んでくるよ。全員揃っているし、始めていてくれ」
 トレイさんがいなくなり、急に心細くなる。すると、リドルさんが高らかに宣言した。
「これより、なんでもない日のパーティーを始める」
 一瞬にして会場が静まり返る。さすが寮長さん、と思っていると、いきなりリドルさんが私の腕を引いて自分の隣に立たせた。
「彼女は、イグニハイドのイデア寮長の婚約者だ。今日のパーティーに無理を言って参加してもらっているから、くれぐれも失礼のないように」
「えぇっ……あ、あの、みなさんよろしくお願いします。苗字名前です」
 なるべく名前は出さないどころか、いきなり身分を明かされてしまった。これでもう失敗できない。
「わかりました、リドル寮長」
「よろしくお願いします」
 寮生が口々にそう言っては盛大な拍手が巻き起こった。リドルさんはいい仕事をしたと満足そうな表情だ。
「デュース、ちょっといいかい」
「はい、ローズハート寮長」
 生真面目そうな男の子が呼ばれてすぐに参上する。名前を聞いてハッとした。イデアくんが喋ってもいいと言っていた内の一人だ。
「彼女を監督生の元へ」
「わかりました」
 彼に続いて、監督生のいるテーブルに着く。隣、失礼します、と声を掛けると無遠慮な視線が注がれた。デュースくんが慌てたように監督生に声をかける。
「監督生。さっきローズハート寮長が紹介した通り、この人はシュラウド先輩の婚約者だ。絶対に失礼なことはするんじゃないぞ」
「そんなことしないよ。グリムやエースじゃないんだから」
 軽くあしらった監督生が私にもう一度向き直る。
「あ、あの、監督生、さん、ですよね。お名前を……」
 恐る恐る声を掛けると彼女は気安い口調で教えてくれた。しかし、
「でも私、監督生ってあだ名気に入っているんでそのままで大丈夫ですよ。三年生ですよね」
と言われてしまったので、名前を呼ぶ機会には恵まれなさそうだ。
「そうです。よろしくお願いします」
「じゃあ先輩ですね。他の人と違ってお名前が苗字と名前の順番だから珍しいなって思ってました。私の元の世界もそうだったから何だか親近感です」
「国によってはそういうところもあるんですよ」
「ふーん」
 取り留めのない会話で徐々に距離感を詰める。数分も話せば、私たちはまるで長年の友人だったかのようにガールズトークに花を咲かせていた。
「私、未だにイデア先輩って見たことないんですよね。写真ないですか?」
「イデアくん写真嫌いだからなぁ……すごい昔のしかないよ」
「あ、オレ持ってるけど」
 いつの間にかテーブルにやってきていたのは知らない子だった。監督生が、エース、と声をかける。確かこの人もイデアくんが喋っていいと言っていた一人、と認識し、私は無意識に背筋を伸ばした。
「オレ、エースね。イデア先輩単体の写真ってわけじゃないけど、前に写真撮った時にいい感じに写り込んでたんだよね。見る?」
「見ます!」
 監督生ちゃんより先に私が身を乗り出したから、エースくんは圧倒された様子になった。
「名前先輩はいつでも見れんじゃないの? あ、じゃあさ、マジカメアカウント教えてよ」
「わかりました。すぐに」
「真面目かっ」
 デュースくんも加わり、マジカメアカウントを交換する。エースくんのアカウントに上げられた写真には、確かにイデアくんが映りこんでいる。
「わぁ白衣だ、イデアくんかっこいい。エースくん、本当にありがとう。待ち受けにするね」
「へー、これがイデア先輩なんですね。素敵じゃないですか。雰囲気のある方ですね。こんなに特徴的な見た目だったら絶対忘れないから、やっぱり見たことないなぁ」
「好きにならないでね、お願いだから」
「どうでしょうね」
「そんな……」
 真に受けてぐっと詰まる私に、冗談ですよ、と笑ってくれる。よかった、こんなに可愛くて性格もいい子に近くにいられたら、絶対に勝ち目なんてないよ。
 雑談をしつつ紅茶のカップを傾ける。なかなかいい香りだ。後でどこの茶葉か聞いてみよう、と思いながらクッキーを齧る。
「でもさぁ、イデア先輩と名前先輩って婚約解消すんでしょ?」
「そういえば、確かにダイヤモンド先輩がそんなことを言っていたな」
「そうなんですか!? そんなに好きなのにどうして?」
 ケイトさんのおしゃべり、と思いながら苦笑する。喉にクッキーが詰まりそうになり、慌てて紅茶を口に含んだ。
「そもそも、なんで結婚することになったんですか?」
 監督生ちゃんがタルトを頬張りながら問う。口の中が空になってから私は口を開いた。
「これでも一応由緒正しい家柄なんだ、私の家系。先祖代々、縁談で結婚してきたの。だから私も本当に覚えてないくらい小さい頃にたくさん縁談相手と会って、その中でも私がイデアくんのことをすごく気に入ったらしくて……たぶんイデアくんもそうだったから縁談がまとまったんだと信じてるんだけど」
「へー、縁談。金持ちも大変だね。他にはどんな相手がいたんすか?」
 興味もなかったからあまり覚えていない。なんとか記憶を掘り起こして、複数人の特徴を挙げてみる。
「えーと、キングスカラーっていう王族かなんかの次男だったかな……あとはアジーム家のご長男とか、本当にいっぱいいて覚えてないくらい」
 エースくんがフォークをガチャンと取り落とした。他の二人も食を進める手をピタリと止めてしまった。何だろう、この雰囲気は。
 恐る恐るといった様子でエースくんが問いかけてくる。
「……な、なぁ、もしかして、名前先輩の家ってものすごく位が高い金持ちだったり? そういえば、苗字も苗字だし、まさかあの世界的に有名な……?」
「どうだろ、世界的に有名なのかなぁ。でも私は家を継ぐわけじゃないしね。嫁いだ先の家を盛り立てるために頑張るよ」
「イデア先輩とはどうして婚約破棄なんて話に?」
 興味津々といった様子で監督生ちゃんが訊いてくる。変に遠慮しないで直球で切り込んでくる様子のなんとありがたいことか。
「イデアくんは結構前から私に婚約破棄したいって言ってて……どこまで本気かはわからなかったんだけど、もうすぐ学生も終わるのに具体的な話が何も進まないから、本当はどうなのかの意思確認のために来たんだ。イデアくんは婚約破棄のための書類にサインもするって言ってくれたし、今はそれを待っているところなの。書類貰ったらすぐに次の縁談相手を見繕わないと」
「でも、苗字先輩は婚約破棄をしたくないんですよね」
「うん、そりゃね。でも、イデアくんがその方が幸せなら……私はたぶん誰とでもそこそこ幸せになれると思うけど、イデアくんはきっとそうじゃないから。私の何かが気に入らないんだと思う」
 監督生ちゃんが一瞬沈黙した後、うーんと唸ってから口を開いた。
「名前先輩、本当は婚約破棄したくないってちゃんとイデア先輩に伝えてるんですか?」








×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -