並盛ショッピングモールには多くの専門店街と大型のスーパーマーケットが入っている。
タイムトラベル後、初めて目にしたみちるは立派な建物と巨大な駐車場にわあ、と感嘆の声を漏らした。

「そっか、10年前にはなかったね。3年前に駅地下に商店街ができたんだけど、半年前に地上にも増築したんだ」
「へえ……、じゃあ、今の並盛の遊び場はここなんだ。いいなぁ」

元の時代に無事に帰ったとして、みちるがこの場所に来れるのは、地下商店街の完成時期が変わらなければ7年後になる。
この地上のショッピングモールはできたばかりだ。これから数年間は、駅の近くでは工事の重機を目にすることになるのだろう。

「過去に帰ったら、ここに来るの、楽しみ?」
「うん。すごく楽しそう」
「そうか。じゃあ、絶対に白蘭サンを倒さないとね」

「きみたちの明るい未来がかかってる」と、正一は言った。
みちるは隣に並ぶ正一の顔を見つめる。未来があるのはあなたも同じだ。そう伝えたくて、相応しい言葉を探した。

「……正くんは、来たことあるの?ここ」
「ああ、ここはね、僕らの……ミルフィオーレのアジトにも近いんだ。聞いた?メローネ基地」
「並盛の地下ショッピングモールの先にあるっていう?」
「うん、そう。もう基地自体はないんだけどね。僕の大切な装置は地下に残っているから、今はその場所で、仲間と一緒に作業をしてる」

「スパナっていう技術者さ。今度きみにも紹介するよ」と言って、正一は穏やかに笑った。
彼の大切な人やものが、少しずつあらわになっていく。思えば、正一は大人しいが、口数は少ないほうではなかったように思う。
幼いみちるは、正一が興味を向けていた音楽のCDの話がちっともわからなかった。それでも正一は優しくしてくれた。

「スパナさんと仕事している場所……行ってみたいな」
「え?いや、なんにもないところだよ。女の子が来ても退屈だと思うけど」
「そうなの?尚更興味が沸くなぁ。でも、確かに何を見てもわからないかも……」

正一は「あ、こっちだよ」と言いながらショッピングモールの入口まで歩を進めていく。
自動ドアをくぐると、モール内の空調がふわりと二人の身体を撫でた。
スーパーマーケットの方向を指し示す看板を並んで眺めつつ、正一は少し考えるそぶりを見せた。

「……きみたちが過去に帰る時、きっと来ることになる。その時にゆっくり話せるかはわからないけど」
「え?うん」
「みちるちゃんが興味があるものがあるかはわからないけど、なんでも聞いてくれれば教えるから」

そう言葉を紡ぐ正一は、どこか嬉しそうに見えた。
みちるはぱちぱちと瞬きを数回して、ぱっと明るく微笑んだ。

「本当に?へへ、ありがとう」
「うん。CD聴く?昔は全然興味なかったでしょ」
「あっ!聴いてみたい!だって、洋楽全然わからなくて。わたし小学生だよ?」
「あはは。そうだよねぇ、クラスの誰ともブラぺパの話できなくてさぁ。そりゃ興味ないよね。今は反省してるよ」

まるで、友達の家に遊びに行くみたいな会話だ。みちるは楽しくて、くすくすと笑い続けた。
正一は時折、みちるの表情を見つめては安堵していた。恐ろしい未来に、意図せず送り込んだ自覚はある。
10年バズーカに被弾した瞬間、どれだけ彼女は恐ろしい気持ちになっただろう。
この世界のどこに現れ、ボンゴレ殲滅の機運が高まる、敵だらけのこの地上で、彼女はどうやって仲間の元に流れ着いたのだろう。

(この時代のみちるちゃんは……確か、イタリア留学中だったはず)

やがてスーパーマーケットに辿り着くと、みちるは慣れた手つきでカートにカゴをセットし、正一を振り返った。
無邪気な笑顔だ。誰にも、――正一に対しても、なんの疑念も恐れもない。

「日本のスーパーで買い物なんて、ずっとしてないよ」
「そうなの?普段ごはんはどうしてるの?」
「一応僕、ミルフィオーレの隊長だからね。部下が用意してくれていたよ」
「へー!すごい」

みちるは正一の話を一つひとつ聞いて知る度、嬉しそうに笑顔を重ねた。
正一はゆっくりとしたテンポで呼吸をしながら、前を歩くみちるについていった。買い物メモと野菜を見比べながら「うーん……」と熟考している。
正一は手を伸ばして、みちるの腕の下のカートを自身のほうへ引き寄せた。ついでに彼女の肩の買い物バッグも取り去る。

「あっ、ありがとう!」
「キャベツとメモで手がいっぱいでしょ」

みちるはカートを押す正一をじっと見つめた。うずうずと楽しそうに唇が動く。

「……正くん、自炊する大学生のお兄さんみたい」
「そう言うみちるちゃんは、うーんなんだろう……しっかり者の妹みたいだ」
「ええっ。同い年って言ったのに!」
「僕が14歳に見えるの?」
「わたしが24歳に見えないんだよね」

顔を見合わせてしばらく沈黙したかと思うと、二人はくすくすと同時に吹き出して笑った。
14歳と24歳の兄妹のような不思議な二人組が、野菜売り場で爆笑している。正一が先に我に返り「キャベツ決まった?」と口に出す。
みちるはこれにするねと右手で持っていたそれをカゴの中に置くと、次はこっちと正一に笑いかけた。

「追体験っていうのかな、これも」

カラカラ……とカートのタイヤが音を立てる。その向こうで正一が、少ししんみりした表情でぼやいた。
みちるは「追体験?」と彼の言葉をオウム返しする。

「本とかでさ、経験したことのない出来事を読んだりして、自分がそれを体験したみたいに感じることだよ」
「そうなんだ」
「僕が、こんな穏やかな体験ができるなんて思わなかったよ。しかも、14歳のきみと一緒に」

みちるが押し黙る。正一は続けた。

「やっぱり、間違っていないんだ。僕はやり遂げないといけない」

一瞬だけ、部下に指示を出し自らも戦場に赴く指揮官の眼光が、正一の両目に宿ったように、みちるには思えた。
そうやってずっと息を張り詰めて生きてきたのが、彼の人生だったのだろう。

「ね……、一人でやるんじゃないよ。今は、沢田くんたちがいる。それにね、それに……」

みちるは言葉を切り、視線を爪先に向けながら言葉を紡いだ。
本当は正一にも、等しく幸せな日々が訪れてほしい。彼は「でも僕は」と言うかもしれない。それでも、とみちるは思う。

「平和な未来は、わたしや沢田くんたちのためだけじゃなくて、正くんのためにもあるんだって。わたしは思ってるよ」

正一が、目をまるくする。
みちるは震える声を隠すように、立ち尽くしている正一からカートを奪い取ると、笑顔を浮かべた。
涙が零れそうで、カートを押しつつ彼に背を向けた。

「……泣かないでよ」
「泣いてないよ……っ!でも正くんが自分のこと責めるなら、わたし、……怒る」
「ごめん。僕わからないんだ、女の子とまともに向き合ったことなんて、今までないから」

誰も正一の宿命など知らぬ世界にも、彼以外の登場人物は数多存在する。
彼は粛々と、自らが計画した未来のために、そんな人たちの中を生き抜いてきた。
その中にみちるはいなかった。ずっと顔を合わせなかった。正一が自らの運命を知ってから後、動き出した計画の中に、彼女の存在を置くことは、正一は一切しないことに決めたのだ。

彼の運命を知った上で、彼を援助する手は少なかった。そうでなくてはならなかった。
彼自身の身を案じる者など、更に希少だった。頭に思い浮かぶのは、10年後の沢田綱吉くらいだろうか。

今、正一の目の前で涙を流す14歳の少女は、間違いなくまっすぐに、入江正一の幸福を願う唯一の存在だった。

(なんできみは、僕の前に現れてくれたの?)

正一が差し出したハンカチを見ると、みちるは遠慮がちに手を伸ばした。
手を握ってもいいのだろうか。髪を撫でるのが正解だろうか。
正一は、女の子の涙の止め方を、ひとつもわからないでいる。

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