いくら共同生活とはいえ、こんな早朝から顔を合わせる結果になるとは夢にも思わず、みちるは改めて稀有な状況を思い返していた。
時刻は五時半。聞くと、山本も獄寺も、自主的な修行のためにそれぞれ行動を開始していたのだという。
朝食の時間を教えてもらい、みちるは準備のために京子とハルが起きてくる時間に目星をつけた。
「じゃあ、一度部屋に戻るね。また後で」
修行に戻るという二人に手を振って別れると、みちるは自室へ戻るべくエレベーター目指して歩き出した。
そんなみちるを、山本は同じように笑顔で手を振って見送り、距離を取って立つ獄寺はデフォルトの仏頂面でただその場に立っていた。
「じゃ、獄寺も後でな」
愛想の良い穏やかな表情で山本がそう声をかけるも、獄寺は表情を崩さずに山本を一瞥しただけで、その場を去っていった。
山本も特に気にすることはなく、いつものことだと思考から追いやって、自分の修行に戻っていった。
自室に戻ったみちるは荷物を整理し、必要な身支度を整え、部屋を出ると決めた時間まで落ち着きなくそわそわとしていた。
時計が朝六時を示すと、みちるは決意を固め、部屋を出て食堂へ向かった。
「………」
おはようございます、と朝の挨拶を発しようと口を開きかけ、食堂に誰もいないことに気付き閉口する。
少し早かっただろうか。それでもできることは何かあるはずだと、みちるは流し台の前に立ちきょろきょろと周囲を見回した。
畳んで置いてあるふきんのうち、台ふきんはどれだろうか。
みんなの席はどこで、箸はどの色が誰のものだろうか。
共同生活にはルールがあるはずで、一歩遅れてここへやってきた自分には、覚えなければならないことばかりだ。
役に立ちたい。一緒にいるために。
期待と不安と、緊張に心臓が高鳴る。
京子とハルの他に、クロームやビアンキもいるはずだ。
みちるは全員と顔見知りだが、クロームは女性陣とは出会ったばかりのはずだ。仲良くしているだろうか。
それとも、彼女もまたボンゴレファミリーの守護者の一人として、戦闘に身を投じているのだろうか。
知らない、知りたいことばかりだ。
知識としてではない、生活を共にする仲間として、みちるには知らないことが多すぎる。
「みちるちゃん?」
扉のない大食堂の入口から、みちるを呼ぶ声が飛んだ。
みちるはハッとして振り返る。そこには、京子とハルが並んで立っていて、みちるを驚いた表情で見つめていた。
「京子ちゃん……ハルちゃん………」
みちるは呼びかけに答えるように、彼女たちの名前を呼んだ。
みちるは、京子とハルがこの日本のアジトで元気に過ごしていることを知らされていた。
だが、京子とハルは、みちるが無事でいるのかも、昨日のうちにこのアジトに到着していたことすら、知らずにいた。
京子とハルはみちるの声を聞いた瞬間、バタバタとみちるに走り寄った。
「みちるちゃん!ずっと会いたかったんですよ!」
「無事でよかった……本当に…」
ハルは涙を流しながらみちるの肩に手を回し、力いっぱい抱き締めた。
京子は二人のすぐ隣に立ち、笑顔を浮かべながらも溢れる涙を手の甲で拭っていた。
みちるは目を白黒させながら、咄嗟に対応ができずに硬直した。
ハルはみちるの身体を解放すると、みちるの顔を見て、安心したようにへにゃんと笑った。
「どこにいたんですか!?心配したんですよ!」
「あ、あのね、わたしはイタリアに飛ばされちゃってて…」
「イタリア!?」
「ハルちゃん、朝ごはん作りながら話そう?みちるちゃんが困っちゃうよ」
京子が助け舟を出してくれたが、彼女の涙も止まるところを知らない。
みちるはそんな京子の表情を見ると、落ち着いている彼女もまた心から心配してくれていたのだと察し、ぼろぼろと涙が溢れた。
二人の正面に立つと、みちるは泣きながら口を開いた。
「二人も、無事でよかった。ありがとう、こんなに泣いてくれて、心配してくれて……嬉しい…」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃの声で、みちるは思いを伝えた。
京子は太陽のような笑顔で、にこりと笑いかけた。
「当たり前だよ、友達だもん」
ハルが追撃のように「そうですよ!どこかで一人で怖い思いをしてるのかもって考えたら、心配で心配で…」と声を上げた。
「大丈夫。イタリアには未来のわたしの居候先があってね、いろんな人に親切にしてもらってたから」
「そうだったんですか……。…イタリア、すてきですね。ハルも行ってみたいです」
「そうだね!綺麗なんだろうね、なんだったっけ、街?夕陽?最近、テレビで言ってたような…」
「あ……“ナポリを見てから死ね”…?」
「あ、それ!」と京子がパッと笑顔を浮かべた。
南イタリアの都市ナポリの風光明媚な港や街並みを指して、そういうことわざがあるのだと、以前ディーノが教えてくれた。
聞いた時はなかなか強烈な言いまわしだと思ったものだが、日本のテレビ番組でも紹介されるほど、イタリアというのは観光大国として有名なのだろう。
同時に、すぐに明るくはしゃげる京子とハルの存在を、みちるは頼もしく思う。
くよくよといつまでも思い悩む自分とは違い、その笑顔でずっとツナたちに元気を与え続けてきたのだろう。
(わたしは泣いてばっかりなんて言われちゃうのも、仕方ないな……)
みちるは目の前できゃっきゃと女子トークで盛り上がる二人を見て、すっかり涙は止まり、一緒になって笑った。
彼女たちと一緒ならきっと、ツナやみんなの力になるためにどうしたら良いか、わかる気がする。
笑顔は相手のために。笑えば、目の前の相手を幸せにできると、ディーノが教えてくれた。
まずはたくさん笑ってみようと、みちるは密かに心に決めた。
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