時刻は午前八時。
ボンゴレ地下アジトの大食堂には、朝食の良い香りが漂い、朝の挨拶が飛び交っていた。

まだみちると顔を合わせていなかったビアンキ、了平、バジル、ランボとイーピン、そしてツナが、それぞれにみちるへの歓迎を示した。

「みちる!ああ、無事でよかった!どこも怪我はない!?」

最も熱烈だったのはビアンキで、みちるは慌てて手に持っていた茶碗としゃもじを手近なテーブルに置き、ビアンキのハグを受け止めた。

「び、ビアンキさん……はい、大丈夫です!」
「髪を切ったのね、似合ってるわ。10年前のあなたはこんなに小さかったかしら」
「(う、苦しい……)」

微笑ましい光景だと、京子もハルも一向に進まない主食の配膳にはひとまず目を瞑り、にこにこと二人を眺めていた。
誰も止めに入らないので、みちるはされるがままにするしかなかったが、遠目にみちるを哀れむ視線で見つめていたのは、ツナと獄寺だ。

「千崎さん、元気そうでよかったね。いつここに来たのかな?」
「ふふ、ツナ兄、昨日の昼頃だよ。ディーノ兄と一緒に、イタリアから到着したんだ」
「え、千崎さん、イタリアにいたの?」
「つーか、跳ね馬も来てるのかよ……」

疑問符を浮かべながらみちるを見つめるツナと獄寺に、フゥ太が嬉しそうに報告をした。

「うん。でも、今朝はいないみたいだね」

年上は敵だと言って憚らない獄寺が微妙な反応を示したので、フゥ太はその場にディーノの姿を探したものの、見つからずにそう言った。

「みちる姉、みんなとたくさん話したいことがあるはずだよ。聞いてあげて」
「うん、そうする。ありがと、フゥ太」
「……つーか、てめえはなんでそんなに気安いんだよ」

たった半日の差だが、どうしてフゥ太は先にみちると話していたのか。
見過ごせないと言わんばかりに、獄寺が小声でフゥ太に食ってかかった。
フゥ太はきょとんとした表情を浮かべたが、すぐに合点がいき、眉尻を下げて肩を竦めた。

「昨日、みんなで並中に行ってたでしょ。その間にみちる姉が来たんだ。で、僕はアジトを案内してあげただけ」
「少しはビアンキを見習って、本人に正直に伝えたらどうだ?」

いつの間にかフゥ太の肩に腰かけ、にやりとしながらありがたい言葉をかけたのはリボーンだ。
獄寺は「り、リボーンさん!おはようございます!」と反射的に挨拶をしながらも、彼の言葉にばつが悪そうにその場を離れていった。

「おはよ、リボーン。……ビアンキを見習ってって、そんなの無理に決まってるだろ」
「苦しいくらい抱き締めてやれば、みちるもさすがに色々気付くんじゃねえか?」
「お前が言うとなんか怖いんだよなぁ……」
「あはは。ハヤト兄は、10年前も今も変わらないなぁ」

やっとこさビアンキの過激な愛情表現から逃れた様子のみちるは、今度は大げさなリアクションで熱烈歓迎を示す了平に、笑って応対していた。
そしてその場に横から登場したのはバジルだ。みちるの存在に嬉しそうに笑顔を浮かべ、朝の挨拶をしている。

「おい、おまえら。せっかくの朝食が冷めるから後にしてくれ」
「あぁっ、そう!ごめんね、ごはんよそうから、みんな座ってください」

リボーンの呆れた声音の号令に、みちるは渡りに船とばかりに便乗して指示を出した。
京子とハルが、あたたかな雰囲気の食卓にくすくすと顔を見合わせて微笑んだ。

「みちる、手伝うよ。よそったやつ貸して」
「あ、俺も!」
「ありがとう、じゃあ、沢田くんはお味噌汁のほうを……」

山本とツナが手伝いを申し出てくれたので、みちるは嬉しそうに笑ってお礼を言った。
みちるがよく笑うので、山本もツナも、つられて笑顔を浮かべた。

「みちる姉、なんか楽しそうだね」

大人しく席に着いたフゥ太が、隣の席の獄寺にひそひそと声をかけた。

「そーだな」
「10年前はもっと、困ったような顔してることが多かった気がする」
「……よく見てんだな、おまえ」

獄寺は、意外そうにフゥ太の顔を見つめた。

「みちる姉が大好きだったからね」
「…………、…よく言えるよな、フツーに、そういうこと」
「僕はハヤト兄たちよりずっと年下だもん、言ったってどうせ、勝負にはならないよ」
「……そーか?」
「え?そーだよ」
「千崎はそういうの関係ないだろ」

フゥ太は目をまるくして、瞬きを繰り返しながら、獄寺の顔をじっと見つめた。
「なんだよ」とご丁寧に舌打ちのおまけ付きでフゥ太を睨み返す、先程までの自分は棚上げな獄寺に、フゥ太は苦笑を浮かべて応えた。

「…もしそうだとしても、ハヤト兄は、誰にでも警戒心むき出し過ぎると思うよ」
「あ?」
「よっぽど魅力的に見えてるんだね。……気持ちはわかるけど」

獄寺は一瞬固まった後、フゥ太にやり返されたことに気付き、だが咄嗟にいらえが浮かばず、ぐっと言葉を喉に詰まらせた。
図星を指されたと直感した。悔しいが、目の前のフゥ太は19歳で、現時点では獄寺よりも大人で、一枚上手なのだと認めざるを得ない。

「獄寺くん、フゥ太くん。ごはんは大盛り?並盛り?」

茶碗としゃもじを手に獄寺たちの前にやってきたみちるは、にこにこと笑いながら質問をした。

「あ、みちる姉。僕は普通で」
「……大盛り」
「わかった。ちょっと待ってね」

頷いて了承を示したみちるは、大釜の前に戻ると、せっせと二人分の白米をよそっていく。
間もなく再び獄寺とフゥ太の前にやって来ると、セットされた彼らの箸の前に、茶碗を置いた。

「ね、みちる姉。今日なにかいいことでもあった?」
「え?どうして?」
「笑顔がかわいいなー、って」

フゥ太の突然の大胆発言に、みちるは「へっ」と油断しきった声を零した。
獄寺はぎょっとしてフゥ太を見た後、みちるの顔に視線を向けた。目をまるくして、頬には一瞬で赤みが差した。器用なものだと感心してしまう。

「あはは、照れてる。からかってごめんね」
「な、なんだ、もう、びっくりさせないで!」
「んーん、でも嘘じゃないよ。ハヤト兄と話してたんだ、みちる姉はかわいいなって」
「ッ!てっめ、俺までからかって…」

がたんと、不意に大きな音を立て、みちるの手から獄寺の茶碗が滑り落ちた。
フゥ太の胸倉を掴みそうになっていた獄寺は意識を引き戻され、ぐるりとみちるのほうへ身体を向けた。
みちるは茶碗を獄寺の正面へきちんと置き直すために手を伸ばしたまま、耳まで真っ赤になり、動きを止めて固まっていた。

「みちるちゃん、大丈夫ですか!?」
「お茶椀、割れちゃった?怪我はない?」

京子とハルが音に気付き、素早くみちるを心配し駆け寄ってきた。
茶碗は割れておらず、ヒビも入っていない。ただ置くのを失敗しわずかな距離を落としてしまったに過ぎず、獄寺の大盛りの白米も無事だった。

「だ!だいじょうぶ!ありがとう!!」
「みちる姉、ハヤト兄、ごめんね。僕が変なこと言ったから」
「…?なんて言ったの?」
「なんでもねえ!!」

京子がピュアな瞳で疑問を口にすると、獄寺が熱く火照った顔で食い気味に声を荒げた。
フゥ太は悪戯っ子のような表情で、呑気に笑っていた。
彼もまた純粋そのもののような表情を浮かべながらも、その実は幼少期からマフィアの世界にどっぷり漬かったしたたかな人間なのだと、獄寺は忌々し気に歯を食いしばりながら痛感していた。

「千崎、こいつの言うことに聞く耳持つなよ!おまえ絶対すぐ騙されるぞ」
「は……はぁ…?」

京子とハルに連れられてキッチンの前に戻ろうとしていたみちるに、獄寺はそこそこ大声で忠告を飛ばした。フゥ太を指差しながら。

(でもハヤト兄、みちる姉がかわいいって話してたってところは、否定しないんだなぁ……)

フゥ太はみちると獄寺を交互に見ながら、なんとも興味深げに思案していた。
食事が冷めるというごもっともな号令がリボーンから飛び、みちるは慌ただしく席に着いた。

 | 

≪back
- ナノ -