みちるは後で聞いた話だが、雲雀はみちると会う前まで、並盛山でディーノと修行をしていたらしい。
その後のディーノの行方は、雲雀曰く「知らない。興味ない」だそうだ。

雲雀と屋上でしていたことを、ディーノやロマーリオに見られていないことだけを祈るみちるだった。



その晩、並中に集まってきたツナたちは、勝負の参加者としてスクアーロに挑む山本の心配をしながらも、和気藹々と元気そうな様子だった。

「おうっ、みちる!昨日ぶりだな!」
「山本くん!」

不安な様子など全くない、いつも通りの山本に、みちるは笑顔で応えた。

この人は、わたしを不安にさせることがない。
すれ違うことはあったけど、それ以上の喜びを伴って、いつだって笑顔で仲直りができる。
それは山本のすごい才能だと、常々思う。
みちるは、山本の前では自然と笑顔になる自分を顧みながら、そんな風に思った。

「なぁ、みちる。数学今どこまで進んだ?」
「え?」
「俺もツナも獄寺も、授業全然出てないだろ?けっこー置いてかれてるんじゃねーかなって」
「こんなときでも呑気だよね、山本…」

呆れた表情を見せながらも、笑いながら話に加わってくるツナ。
「ほんっと馬鹿だな!」と、本気で呆れながら怒る獄寺。
輪の中に山本がいて、本当に調和の取れた関係になっているとみちるは思った。
みちるは、三人が一緒にいるところを見ているだけで、言葉に出来ないほどの幸福を感じるのだ。



「山本殿がスクアーロに勝つには、流派を超えなくてはいけないんだそうです…」

三人を微笑みながら見つめていたみちるの隣で、不安そうな声色でバジルが呟いた。
正直言って、「流派って?」といった状況のみちるの脳のキャパシティだったが、

「きっと大丈夫だよ」

と、バジルに返事をした。
ツナが言った通り、山本ならなんとかしてくれそうな気がする、そんな心地だった。
場をぱっと明るくしてくれる、彼はわたしたちの太陽だ。
悲しみを洗い流す恵みの雨であり、その笑顔で迷いを吹き飛ばしてくれる、すごい人なのだ。

「みちる殿…」
「ん?」

何か言いかけたバジルのほうをみちるが向くと、

「山本にミョーに熱い視線を送ってるなぁ、みちる」

反対側から、急に声をかけられた。
その内容が内容なだけに、みちるは顔を一気に真っ赤に染め、全員が声のした方向を振り返った。

「そー言いたかったんだろ?バジル」
「え、あ、はっはい、まぁ…」
「ディーノさん!」

ツナがその名を呼んだ。部下のロマーリオを引き連れて現れたのはディーノだった。
「き、気のせいではないでしょうかッ」みちるがもごもごしながら必死に弁解を求めたが、ディーノはみちるの肩をバシンと叩いて「まぁまぁ、いいじゃねぇか」となんの解決にもなってないことを言い放った。

みちるがその場から走って逃げたい衝動に駆られていることなど露知らず、ディーノは山本に話しかけていた。
程なくして、観覧席は校舎の外とアナウンスされると、それぞれが思い思いの言葉を山本にかけ、雨の守護者たちを残し、全員がその場から出て行った。

「がんばってね」とかけた声が、少し上擦った。
やっぱり、どんなに信じていても不安な気持ちがなくなるわけではないのだ。
山本がみちるのテンパった姿に少しだけ笑うと、みちるはカーッと体温が上がるのを感じて、そそくさと山本に背を向けようとした。

「みちる」

校舎を出る直前、山本がみちるに声をかけた。
みちるが振り返ると、「来てくれてサンキュな」と、いつもと変わらない笑顔で山本が言った。

ドキッとした。
今日の勝負が終わっても、何も変わらないはずでしょう?
山本くんがスクアーロさんに勝って、笑って、戻ってきてくれる。
万が一負けることがあったとしても、スクアーロさんのことだ、山本くんを殺したりなんかするわけがない。

それでも、急に、大好きなその笑顔が、寂しく思えた。

「山本くん」
「ん?」
「…気をつけてね」
「…?おう」
「怪我しそうになったら、逃げてね!」
「お?」
「信頼してるけどっ、何があるかわかんなっ…」

「おい千崎!いい加減出るぞ!」

獄寺に、首の後ろ襟を引っ掴まれて、みちるは引きずられるように外へ出された。
「うえええっ、ご、ごめっ痛っ」潰れた声でそう抵抗しながら連れ去られていくみちるを見ながら、山本は噴き出しながら笑った。

「みちる!獄寺!…ツナ!みんな!心配いらねーよ!じゃ、後でな!」

大きく手を振ってくれた山本を目に焼き付けながら、みちるはもたもたと扉を閉めた。

「あんな奴、そんなに丁寧に応援してやることねーよ」

獄寺の相変わらずの憎まれ口に、みちるはジトっとした視線を向けた。
「な、なんだよ!」思わず身構える獄寺に、みちるは襟を整えながら苦笑を向けた。

「…昨日は、獄寺くんが、戻ってきてくれないかもって思った……」
「は?」
「だから、山本くんのことだって、同じように心配しちゃうよ…」

自分のことを引き合いに出され、獄寺はぐっと言葉を喉に詰まらせた。
山本を心配するように、自分のことでだってあんなに大泣きさせるほど、心配をかけたのだ。

「…悪かったよ」
「ううん。無事でよかった、…本当に」

勝負に負けることが、ほとんどそのまま死に直結する。
後継者争いのはずのこの戦いが、“マフィア”のものであることを再確認する度、ぞっとする。
あれだけ強いはずの了平も獄寺も、勝っても負けてもボロボロになって戻ってくるのだ。

ふと周囲を見回すと、ツナはハラハラと不安げな表情でモニターを見つめている。
獄寺、了平、バジルも例外ではなかった。
神妙な表情でモニターを見つめているのはディーノだ。
スクアーロのことをよく知っているからこそ、単なる心配だけでは済まないのだろう。

みちるの視線に気付くと、ディーノはパッとアイドル級のスマイルをみちるに向けると、「なんだ?山本の次は俺か?」と茶化すようにみちるに話しかけてきた。

「ええっ、いえ、滅相もないです!」
「なんだ、滅相もないのかよ…ちょっと残念だぜ」

特に残念がる様子も見せないディーノに、みちるは思わずクスリと笑顔を向けた。
この人もまた、山本とは違う種類の太陽だ。

「あ、そーだみちる」
「はい?」
「ちゃんと右腕、包帯巻いてっか?」
「え?」
「ほら…その……お前、腕、アザだらけだろ」

内緒話をするように、ディーノはみちるの耳元に近づいて囁くように言った。
アザ。アザって。まさか…
みちるは噴火するような勢いで顔を耳まで真っ赤にすると、「ど、どどっ、どうして…」とどもりながらなんとか声に出した。

「恭弥のことだから、気付いててあえて見せ付けたかったんだろうなぁ、俺に」

からかうのではなく、同情するようにそれだけ言うと、ポンと優しくみちるの肩を叩いた。

「ま、あいつの相手は大変だろうけど、がんばれよ」

いつになく師匠っぽいことを言いながら、ディーノは苦笑して見せた。
あぁ、恥ずかしくて死んでしまう。穴があったら入りたい。いっそ、埋めてほしい。

みちるはこの中で一番無害そうなツナとバジルの近くに逃げるように移動した。

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