山本が血を流す度、みちるの心と身体にも傷がつけられていくようだった。
身体の震えが止まらない。
それでも笑っている山本を見ていたいような、目を逸らしたいような。
例えば、大好きなお菓子の最後の一口を、味わって味わって、名残惜しく飲み込むような。
次の瞬間にいなくなるかも知れない自分が、見ていなくてはいけないもののような気がした。

もういい。
こんな戦いはもういらない。
ザンザスが言うように、力が掟を覆すことを証明する戦いだとしたら。
わたし…いいや、わたしの中の“異端の姫”に、それを見せつけるためだとしたら。

“わたし”は一体、どうしたらいい?

ねえ応えてよ。
お姫さま。
…千崎さん。
それとも、この身体の持ち主の、千崎みちるさん?


「刀小僧の無様な最期を、目ん玉かっぽじってよく見ておけぇ!!」

スクアーロのその言葉に、みちるの背筋が凍りついた。
やはり、彼は殺し屋なのだ。

血だらけで立ち上がった山本の背中がモニターに映し出され、みちるは祈るように両手を握り合わせた。

……勝つんだ。
だって勝たなくちゃ、ボンゴレ10代目ファミリーの座は、ヴァリアーのものになってしまう。
ううん、そうじゃない。わたしたちはきっと、全員無事では済まない。
未来が見えなくても、ザンザスの狙いがわからなくなっても、それだけは確信していた。

「時雨蒼燕流は」山本の声だけが、その場に放たれた。


「完全無欠最強無敵だからな」


じわりと背中を伝う冷や汗が、全身を支配していた震えが、一瞬だけ止まったような気がした。

山本くん。
あなたが過去に一度だって、わたしを欺いたことが、あっただろうか。
小学校のとき、同じクラスだったっていうあなたが、“この世界のわたし”を、どれだけ大切に思ってくれているか。
退院して、この世界に帰ってきてしまった“今のわたし”を、誰よりも迷いながら、でもしっかりと手を握って受け入れてくれたのは、


「……っ、山本、くん」


他の誰でもないんだよ。

「……お願い…」

生きて。
勝って。
笑って。

…ここで、一緒に。



お互いに、一歩も退かなかった。
血だらけの顔で、身体で、何度でも向かっていく山本の姿を、みちるは苦しげな表情で見つめていた。
次の瞬間に、スクアーロのあの剣が山本の身体を貫くかもしれない。
でも、山本が「心配いらない」と言って笑ったから。


――スクアーロの身体が、地面に沈んだ。
誰もが声も出さずに、その瞬間を見つめていた。

「勝ったぜ」

山本のその一言に、バジルが、獄寺が、ツナが、安心したように微笑んだ。
みちるは、何も言葉が出てこなかった。
顔の筋肉が硬直しきって、ちっとも表情を変えられない。
じわじわと、身体の奥から、熱が、涙が押し寄せてくる。
よかった。嬉しい。
…そう、言葉になって出てこようとした、そのとき。


「ざまぁねえ!負けやがった!!」


ただ一人、ザンザスが、大声で笑い出した。

ぞわりとみちるの背中が恐怖に粟立った。
なんて人間だ。「用済み」など。自分には到底理解できない。
例えばわたしのように、何もできなくても傍にいることを許される存在だって、ここにはあるのに。


「スクアーロ氏は敗者となりましたので、生命の保証はいたしません」


「…っ!?」

チェルベッロの抑揚のない声が、ツナやみちるの背筋を凍りつかせた。
やっぱり…と、みちるは唇を震わせた。
もう、何もわからない。
「あなたの思惑も、戦いの結末も知っている」なんて、ザンザスに啖呵を切ったあんな言葉はハッタリだ。
ボンゴレ10代目ファミリーの座を争奪するこの戦いに、そんな犠牲は必要ない。
異端の姫に歴史が変わる瞬間を見せつけるため?そんなもの、わたしはいらない。

わたしはそんなんじゃない。


「スクアーロ!!」


わたしは、結末を知らない。
結末を、この目で見届ける勇気なんか、ないのだから。

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