みちるは、咳と共に目を覚ました。
喉の奥のほうを血の味が流れていくような感覚が、した。

「お目覚めですか?」

みちるは寝転がった体勢のまま、前方の骸の影をぼんやりと見ていた。
その虚ろな目は、焦点が合っていない。

「もう、勝手に動き回らないでくださいね」
「………」
「次は容赦しませんよ」
「……」
「聞いているんですか?」

骸がみちるの顔を覗き込むと、みちるはゆるりと目を閉じた。

「敵の前でよくそんなに無防備でいられますね」
「……ねぇ、容赦しないってなに…?」
「…次は、殺しましょうか」
「……ん…」
「死にたいんですか?」

みちるは、ゆっくりと目蓋を開いた。
骸の目を見つめて、そしてまた目を細める。

「…言わないとわかりませんよ?」
「……死にたくないよ、痛いのは、…嫌い」
「……」
「でも…」

もう、生きてたくないよ…

消えそうな声で、みちるはそう、言った。

「では、この戦いが終わったら解剖して差し上げますよ」
「…痛そう…」
「死に方くらいなんでもいいでしょう。わがままな人ですね」
「…死に方くらい選ばせてよ……」

みちるのその返答に、骸は小さく笑った。

「おもしろいですね、みちるは」
「……ありがと」
「でも、死なせませんよ」
「…どうして…?わたしは敵でしょ…?」
「敵だからですよ。敵の望みを叶えてあげるほど僕はお人好しじゃないんです」

そう――、そう呟くと、みちるはまた、すっと目を閉じた。
骸はそれを見ると、黙って立ち上がった。

「…だいっきらい…」
「……あぁ、そうですか」

「…わたしは…わたしが、大嫌い…っ…」

みちるは気付かなかったこと。
骸が一瞬振り返って、哀れむような視線をみちるに向けていたこと。

「きみは、不器用すぎるんですよ」
「…、…?」
「嫌いな人間を仕立て上げて憎めば、もっと楽に生きられるんじゃないですか」
「……」
「僕は敵だ。僕を憎めばいいでしょう」

みちるが黙ったままでいると、骸はため息をついて、また歩き出した。

「…だから気に入らないんですよ、甘い人間は」

骸の足音が聞こえなくなったとき、みちるの目から涙が零れた。

死んじまったほうがマシだって気持ち、わかるだろ――?
いつぞやの、山本の台詞を思い返した。
みちるにとっては、紙面の出来事であるのだが。


そんなことないよ。
人間は結果だけで生きているんじゃないもの。
がんばっていることにこそ、いちばんの価値があるんだと思うんだ。
…わたしはそう、思いたいんだ。

じゃあ、どんなにやってもダメなわたしは、何の価値があるのかな?
そんなわたしには、人を憎む権利なんて、ないんじゃないのかな?


こうやって寝ていたら、いつごろ死ぬかな。
このまま誰にも見つからず、いつか忘れられて、この世界の流れは元に戻るかな。
この世界のみちるさんは、怒るかな。
わたしが勝手に死んだら、困っちゃうかな…?



ひとりぼっちで残されて、みちるの脳内をよぎるのは、そういった類の感情や疑問だけだった。

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