ここ数日、並盛中学では欠席者が多い。
先刻、「ケータイの電池が切れた」などと言って、獄寺も帰ってしまった。
半日で下校となってしまった今日、山本も学校を出ようとしていた。

「……はい、では、とりあえず警察に――」
「でも先生っ、あの子もう一週間も…」

警察。少々物騒な響きに、山本は思わず足を止めた。
声の聞こえてきた方向に視線を向けると、山本の担任の教師と、見慣れない中年女性が話していた。

もう一週間も――、まさか、誘拐?
並中生が無差別に襲われてるってだけじゃねーのか?

加えて、あそこで話しているのは自分の担任だ。
クラスメートが誘拐されたかもしれないとあっては、無意識に心臓の動悸が早くなってくる。
山本はぐるぐる思考を巡らせながら、学校を後にしようとした。

「落ち着いてください、千崎さん」

その担任の声だけが、妙に鮮明だった。
それは、山本の足を止めるには、充分すぎる言葉だった。
千崎。その名字を持つ生徒は、クラスにひとりだけだ。

「…みちる……?」



みちるは、黒曜センターの中をうろついていた。
ここで大人しくしていてください――。そんな、敵の言うことに耳を貸すものか。
見つかる前に、戻ればいいのだ。幸いなことに、今、みちるの周りには誰も居ない。

とにかく最優先事項は、フゥ太くんを見つけ出すことだ。
でないと彼は、もっとつらい目に遭う。
本当はわたしの出る幕なんてない、のだ。彼には沢田くんがいて、仲間が、いて。
わたしがいなくても、物語は進んでいくのだから…

思考が、暗い深い穴に、落ちていくような感覚。
みちるはふるふると頭を横に振った。
それではダメなのだ。フゥ太くんを守ると、決めたのだ。

ガシャン!という、ガラスの割れる音。
みちるの耳に、どんどん近くなってくる。
危ないのは百も承知。やらない後悔よりやる後悔。でも痛いのは嫌だ。
…そんなのは、わがままだと思った。
自分がこの世界に関与することも、そしてそれを否定するのも。

もうこの世界は、“無関係”ではない。
わたしは確かに空腹も、痛みも、感じている。
夢じゃなくて、この世界に“参加”している。“登場”している。
もっと、全力で生きなくちゃ。
大切な人を守るため、わたしも参加しなくちゃ。


みちるは、フゥ太の姿を視界の中に認めた。
空腹も痛みも、それだけで一瞬忘れるほどだった。

「ふ、フゥ太くん…っ!」
「……」

みちるは声を失った。

自分を見上げる、フゥ太の大きな瞳。
色を失くした、この瞳は。

「マインド…コントロール…?」


「何しに来たのですか、千崎みちる」


冷ややかな声が、みちるの身体を凍りつかせた。
みちるの視線は、その声の主より先に、もうひとつの存在に吸い込まれた。

「雲雀…さん…!」

その瞬間、雲雀の髪を鷲掴みにしていた骸の手が解かれた。
雲雀の身体は、重力に逆らわず地面に沈んだ。

「クフフ、いい度胸ですね…千崎みちる」

みちるの視線が、雲雀の視線と合った。
血だらけのその顔は、みちるには刺激が強すぎた。
普通の女子中学生には、血の類に対する免疫はない。
みちるは一瞬息を飲み、視線を逸らした。
骸の声を認識したのは、ようやくそこで、だった。

「きみは自分の心配をしたほうがいいですよ」

ドス、という低い音。
おどろいたのは、みちるではなく雲雀だった。
みちるの耳には、その音が届くことはなかった。

何故なら、みちるは気を失っていたから。
フゥ太が、持っていたランキングブックを振り回し、みちるの腹を殴ったからだ。



気が遠くなる刹那、みちるは、自分を見ている雲雀の歪んだ表情と、

フゥ太の泣き顔を、見たような気がした。

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