黙って俺の愛を食え | ナノ

ごはんとお肉

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ほかほかと目の前に並ぶおいしそうなご飯に、ごくりと喉を鳴らす。

「おら、食え」
「川本さんって、何者…」
「ただのしがないサラリーマンだ」
「…」
「調理師免許持ちの」
「しがなくないじゃん」

白いご飯が盛られたお茶碗に手を伸ばすと、その手をぴしゃりと叩かれた。

「えっ食べていいんじゃないの…」
「炭水化物から入れると血糖値が急激に上がる。まずは野菜から」
「えええ…」

しぶしぶ、ピーマンのおひたしに箸をつける。おいしい。
野菜を片付けると、次の指示が飛ぶ。

「次は肉」
「え、米はいつ食べられるの…」
「最後」
「肉と米を一緒に食べたいんですけど!?」
「あとでな」

窮屈〜〜〜!
好きに食べさせてよごはんくらい〜!
と言いたかったのに、通帳を持たず夜の街に繰り出したあたしは、一文無しでお金を引き出すこともできずにこのマンションの一室に軟禁されているようなものだ。
ここにきて二日目。
まあどうせ土日だからいいけど…そろそろ帰らないとやばいかも。

「あのさ、お願いがあるんだけど」
「なに」
「お金貸してくんない?」
「なんで」
「家に帰りたいんすよ」

かくかくしかじか、月曜から学校がはじまることとバイトが入っていることを告げると、彼は千円札をふつうにくれた。

「返せよ」
「あざっす!」

返せよ、って言ったって連絡先知らないし教える気もないしな〜…。

「体で返すね」
「だから、おまえみたいな不健康な女抱く気起きないっつーの」
「…」

たしかに川本さんはあたしを抱かない…。
え、まじで?そんなあたしマズそうな体してる?
自分を見下ろす。

「分かった。金を返せとは言わないから健康体になってから俺の前に現れろ、いいな」
「ウィッス…」

ぜってーむり。

★★★

「あおいちゃん、なんか眠たそうだね…」
「んー、ちょっとね」

給料はちゃんと振り込まれていたので当面の生活には困らない。
川本さんとは連絡先を交換していないので、お金の返しようもなく、それから体での返しようもない。
どうしたもんか、交通費に、ファミレスのおごり、それから二日間の衣食住、返さないのは気分が悪い。
考えていたら最近よく眠れないのだ。
心配そうに見てくるはぐに、思いつく。

「ねえはぐ」
「?」
「蓮くんのお友達って知ってる?」
「お友達…?」
「川本さん、っていう人なんだけど」

川本さん、と言った瞬間はぐの顔がゆがむ。ん、なんだなんだ。

「わたしあの人苦手なんだよね…」
「なんで?」
「冷たいっていうか、目がこわいっていうか」
「なるほど」
「川本さんがどうかしたの?ってか、なんで知ってるの?」
「いや、実は」

川本さんと知り合った経緯をはしょって教える。
歓楽街をひとりで歩いていたら蓮くんと一緒の川本さんに声をかけられて、流れでやつにご飯をおごってもらった。借りを返そうにも連絡先を知りません。
はしょりすぎ?まあいいや。

「あー。蓮くんに、聞いてみるね」
「助かる〜」

ぽちぽちとスマホを打つはぐに手を合わせる。
お昼休みだからか、すぐに返事が来たらしい。
しばらくやりとりしたあと、はぐは顔を上げた。

「あのね、今日わたし蓮くんと夜からデートなんだけど、川本さん連れてくるからあおいちゃんも一緒にどう?って」
「お、いいよ、ダブルデートいぇい」

すごく適当にそう言うと、はぐはにこりと笑ってうれしそうにした。

「ダブルデートかあ…えへへ」
「まあ川本さんそんなじゃないけど」
「まあ、だよね…」
「ねえはぐ、あたし細い?」
「え?うん、細いと思うよ。ちょっと痩せすぎじゃない?」
「まじかあ」

爪先を見る。色、悪いかな?よくわかんない。
こまけーんだよあの男!

★★★

「育ちゃん〜」
「蓮くん」

待ち合わせ場所に現れたスーツ姿の男ふたり。
でかいけど、あの蓮くんとかいう男けっこうかわいいとこあるよな。
って、となりに立ってる冷徹な顔をした男を見て思う。
無表情だし何考えてるか分からんし、川本さんってなんなの。

「川本連れてきた」

ほめて!と言わんばかりのドヤ顔をしている蓮くんに、はぐがにっこり笑う。

「ありがとう!」
「育ちゃんのお願いならね!なんでも叶えちゃう!」
「クソアホバカップルが」

けっ、と吐き捨てた川本さんに近寄って、あたしは千円札を差し出す。

「ん」
「どうもね」

そのまま帰ろうとする川本さんを引き留める。

「ちょっと待って」
「なに」
「はぐが、ダブルデートにうきうきしてるから付き合ってあげて」
「俺らカップルじゃない」
「細かいこと気にすんな、いいから、ほら」

無理やり腕を引っ張って、蓮くんとはぐのとなりに向かう。

「ふたりいつの間に仲良くなったの?」
「こいつが男に殴うぎゃっ」
「なんかこの前、偶然街で会ってさ〜、ごはんおごってもらっちゃったんだ〜」

ぐりぐりと足を踏んで先を言わせない。
純情なはぐにすべてうやむやにごまかしたのに台無しにする気かこの馬鹿野郎。
はぐのとなりの男はなんとなく後ろ暗い事情を悟った様子で、そしてあたしと同意見であるようなので、味方になってくれるべく話を合わせてきた。

「へえ、そうなんだ。ふたりが仲良しになったら、俺もうれしいな〜」

ものすごい目力で睨んでくる川本さんににっこり笑って、行こうよ、と言って歩き出す。
適当な居酒屋に入ってご飯を食べるときになって、川本さんがあたしの手元を見る。

「野菜からだからな」
「分かってるよ…」
「なになに?なんのはなし?」
「おまえもだ、友永」

ふつうに米から食べ始める蓮くんの手をぴしゃりする川本さん。ウケる。

「川本さん、給料入ったからこないだのファミレス代返すよ」
「んなことしたらおまえまた金なくなって二日間飲まず食わずになるだろ」
「別にいいじゃん」
「つうか、もっと栄養バランス整った食事しろ。爪だの髪だのに栄養失調の兆しがある」
「こまけーな川本さん」
「あおいちゃんがおおざっぱすぎるの」

やいのやいの言いながら、川本さんはあたしの皿にごぼうのきんぴらを多めによそってくれる。
それをじっと見ていたはぐが、ちょっと笑う。

「なんか、仲いいんだね」
「どこが」
「ごぼうは食物繊維が豊富だからな、残さず食え」
「うふふ」

食事中ずっと栄養のことをねちねち言われて、あたしはあんまりご飯を楽しめなかった。
お酒も飲めなかった…!

「はぐは未成年だからいいかもしんないけど、あたしはお酒飲みたかったよ〜!」
「まあ、川本は不摂生が嫌いだからね〜」

クソみたいな男に貸しをつくってしまったな…。

「じゃあ、わたしたちは帰るね!」
「おう、じゃあねはぐ」

にこにこと愛の巣という名の蓮くんの家に帰ってくふたりを見送って、ため息をつく。
飲み直そう。飲み直してどっかで男引っかけてえっちしよう。

「飲み直そう」
「…っ」
「とかふざけたこと思ってねえだろうな」
「ははっ…」

クソが〜〜〜〜!

「なんなの!?あたしの邪魔して楽しいの!?」
「楽しいっていうか、あおいちゃんは俺がどうにかしないとマジでそのうちどっかで野垂れ死にしそう」
「ほっといてよ!」
「ほっとけないから困ってんじゃん」
「えっ」

冷徹な瞳を見つめる。
じっと見つめ返してくる目は、たしかに冷静なのに、どこか炎が燃えているような熱があった。

「とりあえずさ」
「…」
「ファミレス代、体で返してもらえるように、いい感じに仕上げたいから、しばらく俺の飯に付き合えよ」
「…命令形…」
「なんか文句ある?」
「……ごはんと肉を一緒に食べたい…」

ぽかんとしたやつは、ふはっと吹き出した。

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