黙って俺の愛を食え | ナノ

ジャスト・ピュア

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「ちゃんとできたの?」
「できたよ!………たぶん」
「たぶんて、なんじゃい」

今日はスポーティなおしゃれジャージを着ている。たしかに男の子に間違われることがけっこうある。
そりゃ、椅子の上で大きく足を開いて右膝の上に左の足首を乗せる、なんてことしてたら男の子にも見えるよ。はぐのカレシは間違ってない。

「その〜蓮くんだっけ?あのやたらでっかいおにいさん。ちんこもでかい?」
「あおいちゃん!!!!」

いひひ、と笑って、この純情な友達をからかうのが、最近のあたしのライフワークだ。
かわいい子は大好き。女の子が恋愛対象とかそういうのとはまた別だけど。
あたしは、完全に、男が好きすぎて困ってるんだ。

★★★

「あぅ、あっあっ」
「きもちい?ねえ、俺のきもちいい?」
「あ、きもちいからもっと奥してっ、奥突いてっ」
「この、淫乱…っ」

夜の街で引っかけた名前も知らないおにいさん。
なかなかちんこもかっこいいし、顔も悪くなくて、でもな〜前戯が雑だった。
2回して、シャワーを浴びて、おにいさんがシャワーを浴びているうちにホテルを出た。
連絡先とか聞かれたら超めんどくさいし。
火照った頬を夏のぬるい夜風が撫でていく。
男をあさりに行くときだけ、あたしはやけに女っぽい服を着る。
スカートとか、高校の制服以来だし、ってかよく考えたら学校もジャージ登校でほとんど制服着てなかったし、ひらひらして落ち着かない。
ノースリーブのシャツの襟をはたはたさせて、暑いな〜家帰ろうかな〜とか考えていると、声をかけられた。

「……あおいちゃん?」
「……」
「あ。やっぱり。雰囲気全然違うから別人かと思ったけど、あおいちゃんだよね。あ、俺覚えてる?育ちゃんの彼氏なんだけど」
「…覚えてるよ、あたしのこと男だと思ってはぐを殴ったおにいさん」
「殴ってねー!」

目を剥いた「蓮くん」は、何人かの同僚っぽいスーツの人と一緒だった。
その人たちに断って、蓮くんはあたしのところにやってきて、頭を下げた。

「その節はすいませんでした!」
「ほんとさ〜あたしこう見えて繊細な乙女なんで、マジ勘弁してほしいっすわ〜」
「たしかに。今日はかわいいね」
「今日、は?」
「…今日も」

目をうろうろさせた蓮くんは、けっこうおもしろいおにいさんかもしれない。

「ところで、こんな飲み屋街でひとりで何してんの?」
「おい友永、まだかよ」

あたしとさらに会話を続けようとする蓮くんに、同僚さんの待ちくたびれた声が届いた。
そちらにちらりと目をやると、鋭い瞳に射抜かれた。

「っ」

3人いた同僚のうちのひとり、一番あたしに興味なさそうな冷たい整った顔のおにいさん。
その人が、蓮くんに近寄ってきて、肩を掴んだ。

「友永。あんまり詮索してやるなよ」
「へ?」
「なあ?お嬢ちゃん」
「…」

冷たい目が、あたしの首筋のあたりをじろりと眺め、蓮くんに、分かれよ、と言った。
蓮くんもつられてあたしの首筋を見て、あっ、と言った。

「ごめん」
「行くぞ」

うすうす、察する。あの男キスマークつけやがったな…。
舌打ちすると、おにいさんは眉を上げて言った。

「あんまり羽目外すなよ、痛い目見るぞ」
「余計なお世話っすね」
「たしかに」
「川本、俺の彼女の友達をいじめないでよ、あとで俺が怒られる…」
「別にはぐにチクったりしないってば」

にこにこ笑って蓮くんご一行さんを見送る。
見えなくなるまで手を振って、彼らが角を曲がったとたんあたしは真顔になってもういっかい舌打ちした。
なんか気分悪くなっちゃった。もう一発くらいかましとくか。

というわけであたしは再び、帰ろうかな〜とか駅に向かっていたのをくるりと踵を返し、夜の街に消えたのだった。

★★★

やばい。
まじで、金がない…。
もうすぐ夏休みで授業も減ってきてるからバイトはいっぱい入れたけど、その分の給料が振り込まれるのは明後日だし、なんか今月は学校の友達との飲みとかが引くほど多くて、まるでお札に羽が生えたみたいに飛んで行っちゃった。
お金がないと、夜の街で遊ぶのもなかなかできない。
そりゃ、男の沽券にかかわる〜とかでだいたいみんなおごってくれるしホテル代も持ってくれるけど、そもそも夜の街に行くには交通費がかかるわけで。
あたしは今、その交通費すら出せないくらいに金がないのだった…。

「ヨッキューフマン」

アパートの一室で、ぼやいてみる。
人間の三大欲求。睡眠欲、食欲、性欲。
今、お金がないあたしはそのうちのふたつを満たせない。
寝るしかない。
かといって、お金がないのでクーラーをつけるわけにもいかなくて蒸し暑い部屋では寝れるものも寝れない。
三大欲求をなにひとつ満たせなくなってしまったあたしは、散歩に出ることにした。

「はあ、やば」

こうなったら、なけなしのお金を使って、夜の街行って、男引っかけて一晩でいいから三大欲求満たすか。
明後日になったら給料入るんだから、それまでならなんとか…。
そう思って財布を開くと、小銭がちゃらちゃらといくつか入っているだけだった。
スイカは?と思って定期を取り出すが、よく考えたらスイカって見てもいくらチャージされてるか分かんないんだよな。
一か八かの賭けで、駅に向かう。
改札を通ると、どうやらギリギリ夜の街片道切符くらいの金額はチャージされてた。
電車に揺られながら、あたしは気づく。散歩のつもりだったから超スポーティなイケメンみたいな格好で出てきてしまったことに。

「えー…」

この格好で男が引っかけられるとも思えない。
だがしかしもう戻るわけにはいかない。

「しくった…」

頭を抱えて、とりあえず歓楽街を目指して電車を降りる。
あーもーどうしよー。これじゃどうにもならないけど、もう降りちゃったから家には帰れん。
うだうだしながら歩いていると、肩をとんとんと叩かれた。
振り返ると、知らないおにいさんがあたしを胡散臭い笑顔で見てる。

「なんすか」
「リカちゃんだよね?」
「いや…」

違う、と言いかけて、そんな偽名も使ったような気がする、と思い直す。
このおにいさんは、あたしが引っかけたうちのひとりかも。
同じ男と二度は寝ない主義だが、今夜はそんなこと言ってられない。


「雰囲気ちげーから、一瞬別人かと思ったけど」
「っ、…げほっ」
「やっぱリカちゃんだよなあ?」

おにいさんの目的はあたしにハメることではなかったみたいだ。
どうやら、あたしが散々おごらせて、連絡先も交換せずに姿を消したことにお怒りのようで。
路地裏に連れ込まれて、外でやんのかよ…とげんなりしたあたしの腹をいきなり殴ってきた。
崩れ落ちたあたしを足蹴にしながら、おにいさんはぶちぶちと恨み言を垂れている。

「おまえの一晩にあんだけ金貢がせる価値があると思うなよ?淫乱尻軽」
「…っ」

やばいな、けっこうガチでパンチ入った。
と他人事みたいに痛みを感じていると、肩を踏みにじられた。

「うぅ」

くぐもった悲鳴を上げる。と、足が不意にどいた。

「…?」
「あーあ。繊細な乙女に何してんすかあんた」
「んだよ、おまえ!」
「あんま吠えないほうがいいよ、動画撮ってるし暴行の現場もがっつり押さえてるから」
「…チッ」

何が起きたのかよく分からないまま、おにいさんが走り去っていく足音がした。
涙目で見上げると、冷たい瞳と目が合った。

「……」
「よお、あおいちゃん」
「…」
「余計なお世話、だったんだっけ?」

川本さん、だったっけ。
しゃがみこんであたしを見下ろすおにいさんに、すがりついた。

「おい」
「……」
「大丈夫か」
「おなか」
「は?ああ、殴られてたな、痛む?」
「おなかすいた」
「……………は?」

★★★

歓楽街のファミレスで、ひたすらごはんを食べているあたしを、向かい側で川本さんはあきれ果てた顔で見ている。

「よく食うね…」
「昨日からなんも食べてなくて」
「は?なんで」
「金なくて」

ぱくぱくぱくぱく。
仕上げ、とばかりにパスタの最後のひと巻きを口に入れて、ようやく一息つく。

「あざっす。そのうちお金返すんで」
「いーよ。たかだかファミレスでの豪遊だ。三千円もいかねーわ」

伝票を見ながらそうぼやく川本さん。

「いや、おごられたまんまって気分悪いし…」
「体育会系かよ…」
「どうする?」
「え?」

鋭い視線があたしを突き刺す。
それを軽くかわして、川本さんの伝票を握る手に自分の手を添えた。

「あたしあんま頭よくないからさー、物々交換しかできないんだけど、どう?」
「…あれ、冗談のつもりだったんだけど、マジだったのかよ」
「あれ?」
「キスマークがイコール行きずりの遊びとは限らないだろ」
「ところが行きずりの遊びでした〜」

けらけらと笑うと、川本さんは顔をしかめてあたしの手を握りしめた。
おっ、やる気か。

「肌が荒れてる」
「…はい?」
「肌色もよくない。爪の色も不健康。髪につやがない。まず細すぎる。おまえはろくな生活をしてない」
「……えっ、なに」
「こんな女抱いて何が楽しいんだ」
「は?」
「行くぞ」
「え、どこに」

がたっと席を立ち、カードで早々と会計を済ませた川本さんが、あたしを引っ張って駅に向かう。

「ねえ、やんの、やんないの、どこ行くの」
「俺んちだ」
「えっ家はやだ」
「そうじゃねえよ」

電車を待ちながら、川本さんが振り返ってまくしたてる。

「おまえは自分を殺す気か。どうせ金がなくなったのも飲み会だろ。いいか、食事はバランスだ。肉を食ったら野菜も食う、これ常識。さっきのおまえの食事、見事に肉と炭水化物だけだった。普段からあれなら、いつか栄養失調で倒れてもおかしくない」
「………」
「俺を引っかけたからには覚悟しろ。うまそうな体になるまでクソみたいに面倒を見る」
「……」

何言ってんだこの男。
というわけで、なぜかあたしは川本さんの家に連れ込まれたのであった。

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