蜜色ワンダー | ナノ

Just pure

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大学四年生、春。
いろいろあって、お金がなくなった。

「えーと……ここか」

とある一軒家の前で立ちどまり、表札を見る。坂口、うん、ここだ。
いろいろあってお金がなくなった俺は、今やっている居酒屋以外のバイトをちょっとだけ増やすことにした。
塾講は手間もかかるし時間の拘束がはんぱないと聞いたので、家庭教師。
手間的には一緒だけど、見るのはひとりきりなので時間の拘束はそこまでじゃないだろう。
しかも、知人の紹介なので変な子や変な親でないことはきちんと分かってるし、事務所みたいなのも登録してないのでマージンも取られない。

「ただな〜」

坂口さんちのインターホンを押しながら、うーん、と考える。
問題は、教え子さんが「高校生の女の子」らしいのだ。
まあ、高校生ならまだましか、と思いつつもうあきらめて、家に入る。

「どうも、はじめまして」
「……」

坂口育未ちゃんと言ったか、この子。
まあもう名は体を表すを地で行ってる感じの子だった。未だ育たぬ。
たぶん親御さんの気持ち的には未来を育てるのほうだと思うけどさ。育ってねーんだよ、この子。
俺じゃなくても、たいていの男が隣に並べば、小さい、と思うようなサイズ感の女の子だった。
困った。

「えっと、はぐみちゃん、だよね?俺、今日からきみの家庭教師をやる、友永蓮です。よ、よろしく」

育未ちゃんは、微動だにしない。
俺は、高校・大学とラグビーをやっていて体つきには自信があって、その上身長もあほみたいに高い。
だから、女の子だとおびえられそう、と思ったその危惧が、どうやら現実になりそうである。

「ご、ごめんね、こんなむさいおにいさんで…」
「こら、育未、返事なさい」

ごめんなさいねーこの子人見知りで!
最悪の追加条件をつけ足してきたお母さんが、ばしばし育未ちゃんの背中をたたく。
それでようやく、育未ちゃんはおおきなこぼれそうな目をしっかりと俺に向けて、お辞儀をした。

「よ、よろしくお願いします!」

…意外と、そこまでこわがられてはなさそう?

★★★

育未ちゃんの部屋は、女の子の部屋って感じだった。
お姫様っぽいわけでも、ギャルっぽいわけでもなくて、ただただ清純って感じの、いい匂いがすごい部屋。

「まずは、勉強の前に、ちょっと仲良くなるためにお話しよっか?」

英語を教えてほしいという要望だったので、俺が高校のとき使ってたテキストを持ってきてある。物持ちよくてよかった〜。
でもその前にそう提案すると、育未ちゃんは目を輝かせて、でもちいさな声で、あの、と話し出した。

「あの、友永先生は、何かスポーツしてるんですか?」

あ、友永先生っていいな。

「ラグビーやってたよ」
「ラグビー…って、こわいやつですよね」
「…こわいかな?まあたまに骨折ったりしてるやつはいたかな」
「……友永先生は?」
「俺は今までそういう目にはあったことない。ラッキーだね」

ちゃかして笑うと、ふふ、と育未ちゃんも笑う。
女子高生ってこんなちっさくてかわいいもんだったっけ、と自分の高校時代に思いをはせてしまう。
もっとこう、噂話が大好きで、口を大きく開けてあははって笑って、自分たちより強いものなんて存在しない、みたいな謎の自信とともに生きているものだと思ってたんだけど。

「育未ちゃんは、部活とかやってるの?」
「…あの、笑わないでほしいんですけど」
「え?笑っちゃうような部活に入ってるの?」
「……料理部」

ん?

「全然笑うとこじゃなくない?」
「だ、だってラグビーより地味だし」
「え、すげーよ。育未ちゃん料理つくれるってこと?」
「簡単なのは…」
「えー。俺なんかさ〜ゆでたまごすらじょうずにつくれないんだよな〜」

そう言えば、育未ちゃんは目を丸くして、ゆでたまご?とオウム返しに聞いた。

「なんか、いっつも固いの」
「ふうん……」
「なんかさ、大事にしすぎて、お湯の中でいつまでもゆでちゃうの」
「大事に?」
「うん、大事に大事に、ことこと煮込んじゃう」
「ふふっ」

よし、笑い取れた。
最初こそ俺にびくびくしていたようだけど、慣れてくるとずいぶんかわいく笑うので、いいな〜かわいいな〜と語彙力の消えた頭で育未ちゃんを愛でまくる。

「育未ちゃんは、学校ではどんな子なの?」
「どんな…?」
「お友達は育未ちゃんのことなんて呼んでるの?」
「はぐ、って呼びます」
「はぐちゃんか」
「…」

こく、とうなずく。

「そっか〜育ちゃんは、好きな男の子とかいる?ってか、〇〇高ってけっこう進学校だよね?」
「…あ、はい」

今の、はい、って、どっちのはいだろう。好きな男がいるって意味なのか進学校であることへのあいづちなのか。
鞄からテキストを出してぺらぺらとまくりながら、巻末のテストでまず学力をはかろう、と思っていると、育ちゃんが控えめに聞いてきた。

「友永先生は?」
「俺?何が?」
「彼女とか、いますか?」
「うん」
「…」

あっ。なんかノリでうんとか言っちゃったけど、ほぼほぼ終わりかけのやつを彼女って呼んでいいものか?
すごくまじめに悩んで顔を上げると、しょんぼりした顔の育ちゃんと目が合った。

「…」
「…いいなあ」
「何が?」
「先生の彼女って、大事にしてもらえそう」
「そう見える?」
「うん、だって、たまご煮込んじゃうもん」
「ははっ」

そのときは単純に、育ちゃんは彼氏がほしくて、青春を謳歌してる俺がうらやましいんだと思ってた。

★★★

「そうそう、で、このhaveは現在完了形だから直接訳には乗せないで」
「……。なんか、ほにゃららしてしまった〜って変な言い方ですね」
「んーとね、気持ち的には、ほにゃららしたかしてないか、って感じなの」
「…?」
「たとえば、育ちゃんがアメリカに行ったとするよね。それをお友達に伝えるときに…」

育ちゃんは、よくできた生徒だった。
受験科目で唯一英語がちょっと苦手、と言うだけあって、知識や理解は穴だらけなんだけど、教えたら教えた分だけ吸い込む。
ちゃんと、次の授業までに自分のものにして、確実に点数を伸ばしてくる。

「じゃあ、ちょっと休憩」

育ちゃんのお母さんが差し入れてくれたケーキを食べながら、たわいない話をする。

「友永先生は、今はラグビーやってないのに、なんでそんなに筋肉あるんですか?」
「毎朝筋トレして走ってるから」
「えっすごい」
「でしょ?でも習慣化するとけっこう楽」
「ふうん…」
「ところで俺ずっと気になってたんだけどさあ、育ちゃんの学校ってセーラー服だよね」
「はい」
「今日学校帰りだよね」
「はい」
「なんで制服着てないの?」
「……ん?」

いや、断じて!断じてセーラー服姿のJKを拝みたいというわけではない!
ただ単に俺が来るまでにそんなに時間がないはずなのに急いで着替えているというその理由が知りたいだけだ!

「だって、たぶん育ちゃんが帰ってきてわりとすぐ俺来るじゃん。そこまでして着替えなきゃだめなの?」
「……えっと、恥ずかしいし」
「え?何が?」

照れ照れして黙ってしまったので、何が恥ずかしいのか分からずじまいである。
ただ、最近ようやく、気づいてきたことがある。
育ちゃんは俺のこと、好きだ。

「まあいいけど…このケーキおいしいね」
「近所の、ケーキ屋さんのでね、ほかのケーキもおいしいんです」

カテキョの先生に寄せる信頼とか尊敬とかそういうんじゃなくて、俺のこと好きだと思う。
育ちゃんの赤いほっぺとか、ちらりと俺を見るまなざしとかから、そういう淡い気持ちがじわっとにじんでくる。
もちろん悪い気持ちはしないんだけど、なんていうか、こっちがはずかしくなるくらい純粋な気持ちすぎて、申し訳ない。

「ねえ、育ちゃん」
「っ」

育ちゃんの手を軽く握って、育ちゃんが食べていたケーキの皿を引き寄せる。

「こっちもちょっと食べてみたい」
「ど、どうぞ」

育ちゃんは俺のこと、ちょっとスキンシップが激しいおにいさんだと思っているだろう。
違うんだよ。
俺は、育ちゃんがそうやってぴくって反応するのが楽しくてかわいくて、ついつい無駄にさわっちゃう、悪いおにいさんなんだよ。

★★★

育ちゃんがとっても残念そうな顔をした。

「そうなの?」
「うん、ごめんね」

育ちゃんが受験生のとき、俺はもう就職しちゃってるから勉強を見てあげられないんだ、と言ったから。

「どこに就職するの?」

冬になると、育ちゃんはもう敬語もほとんど抜けて、お友達のように俺に接してきている。
もちろん、教師と生徒という節度は守っているけど、もはや先輩が後輩に勉強を教えているって感じ。

「東京」
「……」

はっ。と育ちゃんが黙る。
東京は、ここから新幹線で2時間くらいの、遠い、とも近い、とも言えない微妙な場所だ。
そんなさみしそうな顔されたって、内定出ちゃったんだもん。しょうがないじゃん。

「そっか…さみしいね」
「うん」
「そっか、そっか…」

育ちゃんって、ほんとに俺に恋心隠せてると思ってんのかな。
これが俺じゃなければ、もうとっくに手出されて食い荒らされてるとこだ。
俺がそのような極悪非道なことをしない理由はただひとつ。

「ねえ育ちゃん」
「…っ?」

さみしがる育ちゃんの手に、自分の手を重ねる。
いつものはずみみたいなスキンシップじゃなくて、ちゃんと、さわるよ、っていう意思のあるスキンシップ。

「さみしんぼ、1年がまんできる?」
「え…?」
「1年がまんして、一生懸命勉強して、東京おいで」
「…?」

ぎゅっと、手を握ると、育ちゃんが慌てたように手を引こうとするので軽く力を入れてそれを引きとめた。

「がんばって勉強して、東京の大学おいで。そしたら」
「……」
「そしたら、俺と一緒に、渋谷とか原宿で遊ぼ」
「……」
「意味わかる?デートしよって言ってるの」
「…え?」

育ちゃんが、そのおっきな目をこぼれそうなくらい見開いた。
びっくり。って顔に書いてあるくらいなその表情に思わず笑って、頭を撫でる。

「1年、離れ離れだけど、育ちゃんががんばったらちゃんと一緒にいれるから」
「そ、それって…」
「育ちゃん、国語得意なのに読解力が足りないね」

ははは、と笑うと、育ちゃんはきゅっと目を細めて泣きそうな顔をした。

「でも、友永先生、彼女いるって言ってた…」
「いつの話?とっくに別れてるんだけど」
「はじめて、お話したとき…」
「そんなの覚えてんの?育ちゃん記憶力やべーな」
「だって、ショックだったもん…」

ってことは、育ちゃんって初めてあったときから俺のこと好きだったってこと?
やばい、かわいい。俺が何気なく彼女いるって言っちゃったのにショック受けてたんだ、かわいい。
そうっと、頭を撫でてた手をほっぺに滑らせて、顔を近づける。
育ちゃんは泣きそうな顔で、ぷるぷる首を振る。

「あの…ね…」
「ん?」
「ちゃ、ちゃんと言ってほしい…」
「…」

こんなかわいくおねだりされたら、うやむやで済まそうと思っていたふらちな考えも吹っ飛ぶというものではないか!

「育ちゃん」

きちんと、背筋をただして、育ちゃんの手をしっかり握る。

「育ちゃんが、好きだから、俺と付き合ってほしいです」
「……っ」

きゅるるるって、まんがだったらよく分かんないほにゃほにゃのきらきらが飛んでいそうな目をして、育ちゃんが何度もうなずいた。

「あたしも、すきです」

ずっと知ってたけど、はっきり聞いたことがなかった。
やっぱり、言葉にされるとうれしいものだなあ。
ぷるぷる震えて、とうとう泣き出しちゃった育ちゃんの目尻を指で撫でて、そっとキスをした。

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