02
「え……ちょっと待って、別れたって」
「だから、ロッカとは別れたから」
連休明け早々、ヘヴィな話を聞かされてしまった。
あんなに仲良かったのに。
喧嘩がこじれた勢いで別れたとか口走っているのだろうか?
その割に角名くんが落ち着きすぎている。
「ロッカちゃんは?ここには来るの?」
「来ると思うよ?いつ来るかは知らないけどね」
その時、教室の外をバタバタと走る足音が響き、そちらを向いた角名くんが「来たよ」と一言呟いた。
扉から姿を現したのはロッカちゃんで、「ギリセーフ」と肩で息をしながら私達の所まで歩いてきた。
「お…はよ、ロッカちゃん」
「お、おはよっ、名前ちゃん…なんか…なんか飲むもん持ってへん?」
呼吸を整えながらも苦しそうなロッカちゃんに今朝買ってまだ封を開けていなかったペットボトルのお茶を差し出すと、彼女はそれを勢いよく飲み始めた。
3分の1を飲み干してはぁーと息をつくとようやく落ち着いたようで窓際の通路にヘロヘロと座った。
「大丈夫?ロッカちゃん」
「ん、なんとか…名前ちゃん、悪いねんけど私端っこ座ってええ?」
「うん、ちょっと待ってね」
私がロッカちゃんのためにあけておいたスペースに移動するとロッカちゃんは先程まで私が座っていた席へ腰を下ろした。
「あのな、名前ちゃん。ちょっと報告あるねんけどな」
「別れた話はさっきしたから」
ロッカちゃんの話に横槍を入れるように角名くんが口を挟むと
「ちょっ、倫太郎は黙ってて」
と言って角名くんへ噛み付く。
再びロッカちゃんが口を開こうとすると前の扉から教授が入ってきて講義が始まろうとしていた。
「ロッカちゃん、話はお昼に聞くから」
私は彼女にそう伝えたものの、それからの90分間はロッカちゃんと角名くんに挟まれて正直気が気ではなかった。
○
ようやく迎えた昼休み。
ロッカちゃんと食堂に向かうと、2限は別の講義を受けていた角名くんが合流する。
空いた席へ3人で座るが、いつも角名くんの隣へ座っていたロッカちゃんは私の隣へ座った。
「俺、先に並んでくる」
そう言って席を立った角名くんにロッカちゃんは「いってらー」といつものように送り出す。
別れたと言いながらも行動を共にし、会話もいつもどおり。
まぁ少し距離を取ろうとするのがいつもとは違うけれど。
「喧嘩したの?角名くんと」
バッグの中から財布を探すロッカちゃんにそう話しかけると、彼女は顔を上げて
「喧嘩?ちゃうちゃう!!別れてん」
と今朝の角名くんのようにあっさりと言った。
男の子とお付き合いしたこともない私が言うのも何だが、別れたての男女がこんなにいつもどおりの日常を送れるものなのだろうか。
少なくとも、身の回りの友人達はもう二度と会わないだの、顔見たら泣いちゃうだの割と相手を突き放す言動がみられたのでそんな感じなんだと思っていたのだが。
「おまたせ。ロッカと名前ちゃんも行ってきなよ」
角名くんがお盆にB定食をのせて帰ってきたのでロッカちゃんと財布だけ持って列に並ぶ。
「名前ちゃん、理解できひんって顔してるな」
私の顔を覗き込むロッカちゃんに
「うん、訳がわかんない」
と正直に答えると彼女は
「せやんな?ごめんな?ちゃんと説明するから」
と言って笑った。
○
お腹を満たしながらもあまりにいつもどおりな二人のやり取りを見ていると、私はこの二人に担がれているのではないかという思いに囚われる。
そのせいか、いつもより箸の進みの遅い私を見かねて角名くんがお茶を飲みながら静かに話を切り出した。
「俺とロッカが別れたのはほんとだよ」
「せやねん、こいつな、浮気しよってん」
ロッカちゃんは角名くんを指差しながら二人が別れた原因をこれまたあっさりと話す。
「え、浮気って……角名くんが?」
「GWにバレー部の合宿があってな、そんときに先輩の女子マネとな。ごめんな、ご飯時に生々しい話で」
「据え膳食わぬは男の恥って言うだろ?」
全く悪びれもせず角名くんはさも当たり前のようにそんなことを言うので、少し気分が悪くなった。
ロッカちゃんの前で、どうしてそんな事が言えるんだろう。
角名くんに対する嫌悪感が表情に出てしまっていたようで、ロッカちゃんが
「あぁ、ええねん。まだ付き合い始めて日も浅いしそんなダメージなかったし。だから倫太郎は友達に降格やねん」
と言うと、角名くんは他人事のように
「だそうです」
と相づちを打つ。
「でも別れるくらいなんだから少なくともロッカちゃんはショックだったはずでしょう?どうして一緒にいられるの?」
角名くんはさておき、ロッカちゃんにそう問いただしたのだが、
「うーん、まぁショックというか……せやなぁ、私のこと一番大事にできひんヤツに恋人として割く時間はないけど、倫太郎自体はオモロいから別れてサヨナラってのも勿体ないしな。友達やったら誰と寝ようが関係ないから」
私の価値観がおかしいのだろうか。
軽く目眩がしてきた。
そんな様子を見てロッカちゃんは微笑む。
「ありがとう、名前ちゃん。私のために心配してくれて」
「や……そんなつもりなくて……二人が仲良くしてるの…正直憧れてたっていうか…好きだったからなんかショックで」
あまりに明け透けな二人の言動に感化されてしまい、密かに思っていたことを口にしてしまう。
はっと気がついて二人の顔を見ると、角名くんはニヤニヤしているしロッカちゃんはちょっと泣きそうになっている。
「ごめんな!!名前ちゃん!!」
と言いながらロッカちゃんが抱きついてきたので、彼女のスルスル滑る髪を撫でながら
「ロッカちゃんが大丈夫なら安心したよ」
と囁いた。
それにしても
視線を上げると未だニヤニヤしている角名くんと目が合った。
「女の敵って顔してる」
頬杖をついてまるで挑発するように言ってくる。
イライラする。
彼の表情も言動も。
ロッカちゃんが良いと言うなら私がどうこう言う立場ではない。
だから私は黙っていた。
「名前ちゃんてなんかサムライみたい」
褒めているのか貶しているのか、彼の発する言葉が私の神経を逆撫でする。
あぁ、
私は角名くんとは絶対にわかり合えない。