- ナノ -

01

近所に住む祖父母の過干渉から逃れるように県外の大学へ進学した。

「女の子はそんなに勉強しなくてもいいんじゃないの?」

「付属の女子大もあるのにどうして……家から通える大学なんて沢山あるじゃない。今からでもそこに変えられないの?」

受験勉強をしている間も頻繁に家に来ては母へそう愚痴をこぼす祖母。

県外の大学へ合格し、それを報告した時に

「就職する時はこっちへ帰ってくるんだろう?」

と当たり前のように話す祖父。

「家族だから」という言葉を盾にして。
私に対する異常なまでの執着。

愛情だとはわかっていても、祖父母の考える私の人生のレールは今の時代にあまりにもマッチしておらず、彼らの勝手な絵空事を聞くたびに辟易した。
見かねた両親は私を逃してくれた。

「こっちのことは気にしなくていい。しっかり勉強して、少なくても本音を話せる友達を作って、今しかできない事を見極めなさい」

別れ際、父はそう淡々と語り母は私の手を握って微笑んだ。

入学式にはひとりで参加した。

入学する前からSNSで繋がれる時代、初対面のはずなのに仲睦まじく話すグループが点在する。

私は中高一貫の女子校に通っていたのだが、こういうグループ行動は後々崩壊する事を体感しているので敢えて何もせずに新生活に飛び込んだ。

何者にも振り回されず、思いのまま行動できるという開放感。

ようやく、私は私の人生を歩み始めることができる。


入学式の翌日、学生生活と履修登録についてのガイダンスのため大学へ足を運ぶ。

高校の視聴覚室のように、階段状に設置された机。少し早めに来たせいか、学生はまだ疎らで空席が目立つ。
窓際の真ん中よりやや後ろの席を選んで座った。

10分もすると学生が次々と席を埋めて部屋の中が途端に騒がしくなる。
そんな喧騒の中、

「ここ空いてる?」

テレビでは聞いたことがあるけど身の回りにはいない、そんなイントネーションで話す女の子が声をかけてきた。

「空いて…るよ」

少し戸惑いながらそう答えると、彼女はニッと笑って

「ほな遠慮なくお邪魔しまーす」

と言って私の座る席から一つ開けて隣りに座った。

「ひとりなん?」

席に座るなり身を乗り出して私へ聞いてくる彼女に

「……うん」

と、遠慮がちに答える。

「あ、私は村上六花いうねん。ロッカて呼んだって」

と言って、歯をむき出してニッコリ笑う。

「私は、名字 名前…といいます」

「名前ちゃんかー!ヨロシクな!!」

差し出された手に恐る恐る自分の手を伸ばしていくと、彼女の手がすっと迎えに来た。

その勢いからは考えられないくらい、彼女は私の手を優しく握る。
別れ際の、母の手を思い出した。

これが私とロッカちゃんが出会った時の話だ。


ロッカちゃんを一言であらわすなら、
エキセントリック。

黙っていると目を引くような美人で、艶めく栗色がかった癖のない髪と少し色素の薄い瞳。すっと通った鼻筋、ぽってりした唇。

その唇からはバラエティ番組に出演している芸人のような、いわゆるコテコテの関西弁を紡ぎ出す。

話す内容は自分にも他人にも遠慮がなく、でもそれが逆に裏も表もない真っ直ぐさを体現していた。

メイクはやや派手で、服装は原色のものや目立つデザインのものが多いがそれがまた彼女にはピッタリと似合っていた。たまに目が疲れることもあると自分で言って笑っているくらいだ。

極彩色の女の子、ロッカちゃん。
見た目はガチガチに飾っているけど心は決して飾らない。

私は彼女のそういうところに好感を持った。

入学して2週間が経ったころ、ロッカちゃんはひとりの男の子と教室へ来るようになった。

彼の名は角名倫太郎。

バレーボールの推薦でこの大学に進学してきた。

二人は入学して1週間くらいしてから付き合い始めたらしい。

角名くんは私とロッカちゃんとは違う学科だが一般教養など週の講義の何コマかを一緒に受講していた。

彼は恐ろしく背が高く、センター分けの額から下がり気味の眉を覗かせている。

ロッカちゃんとは違い、薄くて小さな唇からはどこまでが本音かわからない話をする。

二人が並ぶととても絵になるのに、その性質は真逆でチグハグだ、

そう思った。


GWがあけて授業が始まった。
憂鬱な雰囲気の朝、珍しく角名くんがひとりで教室へ現れた。

「おはよ、名前ちゃん。なんか久しぶり」

余談だが、角名くんは私の事をロッカちゃんと同じように名前で呼ぶ。
初めに名字ですと名乗ったはずだが、一向に覚えてくれるつもりはないらしい。

「間違って覚えてる訳じゃないし問題ないじゃん」

彼のそういう馴れ馴れしくも怠惰なところ

私は苦手だ。

「おはよ、角名くん。ロッカちゃんは?」

「さぁ?来てないの?」

「……うん」

あまりにも素っ気なくて不思議に思う。

普段からベッタリというわけではないが二人のちょっとした会話の距離間やお互いの視線のやり取りで彼らが恋仲であるということを実感していたのに。

なんだか他人行儀な雰囲気に喧嘩でもしたのだろうかと邪推する。

そんな様子を察したのか、角名くんは私の疑問にあっけらかんと答える。

「あぁ、俺達別れたから」