- ナノ -

03

私達と話を終えたあと角名くんは部室へ顔を出すため先に席を立った。

私とロッカちゃんは食後のデザートとしてアーモンドチョコをつまみながら午後の講義までの時間を潰している。

「名前ちゃん、なんかいつもより難しい顔してる」
「そうかな……」

自分の頬に手を添えて軽く擦りあげる。顔に出ていたのだろうか。
これまでの価値観が揺らぐ話を聞かされた後、ずっと考えを整理してはいるのだが。

「名前ちゃん?」

少し心配そうに私を覗き込むロッカちゃんに私は微笑みながら、やはり彼女にだけは何も隠さずに話してしまおうと決めた。

「正直言うと……私角名くんちょっと苦手なんだよね」
「え、せやったん?」
「まぁ……これまで同年代の男の子と関わったことなかったからっていうのもあるんだけど」
「でもさっき……私と倫太郎が仲良くしてるの好きって言ってたやん?」
「あれは……ロッカちゃんが楽しそうなの見るのが好きだったっていうか…ちょっと上手く言えないんだけど、もしかしたらロッカちゃんが幸せそうなら相手が角名くんじゃなくてもいいのかもしれない」

思いつくまま話しているとロッカちゃんは

「ぶっ!なにそれ!!」

と言って吹き出し、あははと明るく笑い飛ばされてしまった。

「これまで角名くんはロッカちゃんの彼氏だったからなんとか取り繕ってたけど、これからはロッカちゃんを裏切った元カレの角名くんてことになるでしょ?私もう苦手意識全面に出しちゃうと思う」
「考えすぎやで!それに元々お試しのつもりでお互い付き合ってたところあるしな」
「うそっ!初耳なんだけどその話」

今度は私が驚く番だった。

「私ははじめから友達でもよかってんけどな?倫太郎がせっかくだから付き合ってみる?って言うからそうしてみた」
「……軽すぎない?」

驚きを通り越してすこし呆れてきたけど、そういうものなのだろうか。
私の頭が固すぎるのだろうか。

「でもさ…やっぱり角名くんて何考えてるかよくわかんないし、たまにひどいこと言わない?さっきも私サムライとか言われてさ、女子大生なのに!」
「あ、ごめん、それは私のせいやわ」

笑いすぎて目尻に溜まった涙を人差し指でそっと拭いながらロッカちゃんは言う。

「ちょっと恥ずいから黙っててんけどな」
「ロッカちゃんでもそう思うことあるの?」

チョコを一粒、口に放り込みながらロッカちゃんがふふふと笑う。

「私が初めて名前ちゃんに声かけたときな、周りの子らがキャッキャしてるのになんか名前ちゃんだけ空気感ちゃうかってん」
「そうなの?」
「名前ちゃんて姿勢めっちゃええやん?それでなんかピリッとしてて覚悟がちゃうっていうか……他にもひとりでおる子おったけど話してみたいなって思ったから」

ロッカちゃんにはそんな風に見えてたんだ。
あの日、私は自由だった。自由だけれど誰にも、特にあの人たちに何も言わせないためにしっかりと自立しなければいけないと考えていた。

「それで?」

私はロッカちゃんへ話の続きを促す。

「そんとき武士みたいやなーって思ってん」
「ひどい、サムライよりひどい」
「ごめんごめん!!」
「その話を角名くんにしたの?」
「うん。友達できたかって話になった時に武士みたいにかっこええ女の子と仲良くなれたって言ったと思う。多分」

かっこええ女の子

ロッカちゃんが私をそんなふうに思ってくれていたなんて。
少し機嫌の悪そうなポーズをとっていたが、頬が緩んでしまう。

「倫太郎もな、悪気があるわけちゃうと思うねん。なんだかんだで倫太郎も名前ちゃんのこと気に入ってるしな。仲良くしたってほしいねん……」
「……わかった。ロッカちゃんがそこまで言うなら私も歩み寄る努力をしようと思う」

そう告げるとロッカちゃんはパァっと花が咲くみたいに笑った。

こうして、極彩色の女の子ロッカちゃんと本音の見えない男の子角名くん、そしてサムライみたいな私の奇妙な友人関係が始まった。


しばらくするとロッカちゃんは同じバイト先の人と付き合い始め、角名くんは例の女子マネージャーと付き合うのかと思いきやそうはせず、特定の彼女は作らなかった。
単純に私が知らないだけかもしれないけれど。

ロッカちゃんの彼氏は他大学の人だったので角名くんの時のように四六時中一緒に過ごせないせいか、彼女は朝一番の講義を休む事があった。

三人で一緒に履修している講義は一限目が多いので、ロッカちゃんがいない日は角名くんと二人だけで受講する。

はじめのうちこそ、ぎこちなく挨拶してその時間をやり過ごすことも苦痛だったが、そのうち私も随分と角名くんに慣れてきた。
慣れると同時に少しだけ角名くんに興味が湧いてきた。

まず、暇さえあるとスマホを触っている。
荷物がとても少ない。
バレー部の朝練のせいか、2限目の終わりの方はよくウトウトしている。
あんまり感情をさらけ出さない。
教室で大声で騒いでいる他の男の子達に比べると角名くんはずっと大人っぽい。

それでもやっぱり癪に障る事を言うのは健在で、「名前ちゃんてさ、まだ彼氏できないの?」なんて暇つぶしに聞いてくる。

はじめこそ
「そんなの角名くんに関係ないでしょ」
と食ってかかっていたが、そうすると彼の思うツボなので最近では
「角名くん、それハラスメント」
と流す術を私は体得した。
「そんなん、あわてて作ったってええことないって」
とロッカちゃんが私の肩を持ってくれるまでが近頃私達のお決まりのパターンになりつつある。

そんな時の角名くんは、いつもよりもすこし子供っぽくニンマリと笑うのだ。

ずるいなって思う。そんな顔されたらどんどん気になってしまう。

角名くんのそういうところ、ちょっと嫌いだ。