無垢色の祭壇 | ナノ


▼ 10.執務室にて

扉の外には少し前から人の気配があった。リヴァイの隣で書類を整理していたナマエは扉を見やり、それからリヴァイを見やった。

「……開けてやれ」

半ば呆れるような口調でリヴァイは言う。書類の上を走るペン先の音は比較的穏やかで、扉の外から溢れんばかりの、浮足立った空気を許容するようだった。ナマエがドアノブを回せば、不自然なほど静かになる空気。

無言で一番前に突っ立っていたのはエレンだった。アルミン、ミカサ、ジャン、コニーはいささかエレンの背後に隠れるようにして、表情を強張らせる。

「今……大丈夫でしょうか」

全く動じない様子で言うエレンに、ナマエはリヴァイの方へと振り返り、それから微笑んだ。

「ええ、大丈夫みたい。どうぞ中へ」

背後の同期達は口々に「エレン」と小さく呟いていたが、全員が大人しく部屋の中へと入る。

ナマエがエレンについて──

ジークと母親違いの弟である、ということを聞いたのは最近のことだ。言われればどことなく似ている、ような気がする。ナマエがマーレについて、知り得る情報はハンジらに報告し、それはエレンらにも共有されているはずだが、エレンは特にナマエに何かを聞いてくることはなかった。むしろ島へ戻ってきてから、ナマエはずっとエレンに避けられている。

「揃って何の用だ」

リヴァイは相変わらず書類から視線を動かさずに切り出した。全員が目を泳がせていたが、示し合わせていたかのようにエレンが口を開く。

「来週から、ナマエさんも訓練に参加と聞いたのですが」

「ああ。それがどうした」

「大丈夫なんですか。訓練って、つまり立体起動装置の……ナマエさんにとっては、この間まで仲間だった奴らを殺すための訓練です。そもそも訓練兵を出ていないわけですし。その、色々」

口調は淡々としていた。怒りや滞りでもなく、ごく、淡々と。

「すみません、急に。ただ、エレンも心配しているんです。ナマエさんが立体起動装置を使えることは理解していますが、以前と違って知性巨人を相手にするということは、そういうこと、なので。ただ島に来るだけと、違うんじゃないかって」

すかさずのフォローを挟んだのはアルミンだ。リヴァイがゆっくりと視線を彼等に向けると同時、続けてジャンも口を開く。

「本当に余計なことかとは思います。でもこの間ハンジさん……団長がエレンの奴に、お2人が結婚しちまえばいいと言っていた、と。俺達も同じ考えで」

「無理に戦いに挑むことは無い、と思います。結婚してしまえばいい」

とどめのように言い放つミカサに、サシャとコニーは左右で同時に頷いて見せる。

「ちょ、ちょっと待ってみんな!一体何を言いに来たの?」

話しがあらぬ方向に進んでいる。急に慌てた様子になるナマエに反して、今度は彼等の方が落ち着いている様子だ。

「いや、結婚しちゃうんじゃねぇかって話しになって」

「確認しようと思ってきたんですよね」

そう言うコニーとサシャ、とエレンの間には種類の違う温度の差が見える。が、彼等が聞きたいというのはそういう事のようだ。

「お前ら……何勝手な憶測を」

「いや、私達はナマエさんが心配で!」

それぞれに思う所があるのだろう、とリヴァイは推測する。それはナマエのことだけに留まらず、島のこれからのことやマーレという見たことの無い世界へ向けての。

リヴァイはもう一度ため息を吐き、立ち上がってから腕を組んだ。

「ハンジが結婚だなんだと言っていたのは俺も知っている」

「そ、そうなんですか?」

この話題が初耳であるのはナマエだけだ。

「余計な事だ。ナマエが兵団にいることで不利になることは無い。だからここに置いている。それだけだ」

「しかし色々言う奴らも……」

遠慮がちに言うジャンの表情は「心配だ」と語っていた。アルミンとジャンはナマエが上陸してきた時に居合わせたからだろうか。ナマエの個人的な感情に肩入れしているように見える。

「みんな……ありがとう。でも私は、このまま秘書官として兵団にいる事を希望するわ」

「それは、何故?」

不思議そうに言うミカサ。

「何があっても兵長に付き従う選択をしたから、私はまたここにいるの。だから現実から目は逸らしたくない。自分が辛くても、人に何を言われても」

結婚も一つの選択だろう。しかしそれでは、リヴァイの影に隠れて全てから逃げることになってしまう。

「友達だった奴を殺すことになっても?」

「おい、エレン……」

変わらずに淡々と言い放つエレンに、コニーは狼狽えて彼の肩を掴んだ。ナマエは表情を険しくしたが、エレンを睨み返すように「そうね」とだけ呟く。

「もういいだろう。お前ら、仕事に戻れ」

エレンは気まずそうにリヴァイを見ていたが、一様に敬礼を構えて部屋を出て行く同期達のあとに倣った。アルミンは全員が出て行って、一番最後。部屋を出る間際に、ナマエに素早く近寄って耳打ちをした。

「近いうちに僕が許可を取りますので。一度、アニに会いに行きましょう」

リヴァイにも聞こえないほど、小さな声。ナマエも小さな声で「ありがとう」と微笑む。

扉が閉まった瞬間、一寸前の静寂が急に戻って来た。室内の温度も下がる。閉められた窓からは曇りの晴れ間が差し込み、僅かに舞う埃が光を吸収してきらめいた。

「アルミンは……何を言っていた」

「デートのお誘いです。今度、行ってきていいですか?」

肩をすくめながら言うナマエに、リヴァイは口角を上げて笑って見せる。聞こえていたのかいなかったのか、ナマエにも定かでは無い。

「それより……びっくりしました。ハンジさんは、そんな事を仰っていたのですね」

「ああ。結婚してもいいと思ったが……お前はどうせ断るだろうと思ったからな」

リヴァイは部屋の奥、紅茶のセットが置かれた棚の前へと向かう。ナマエは「私が」と申し出たが、リヴァイはそのまま自分で紅茶を淹れ始めた。

「……どうして、断ると思ったんですか」

こぽこぽ
静謐な空気の中、ポットにお湯が落ちる音が響く。

「俺から離れる気はねぇだろう。家で1人、俺を待てるか?」

「いいえ」

間髪入れずに答えるナマエに、リヴァイは満足げに微笑む。その表情は、ナマエの位置からは見えないけれど。

2人分の紅茶を淹れたリヴァイは、ソーサーに乗せたカップをナマエに差し出した。

本当は証明したいだけ、なのかもしれない。リヴァイが敵だとするマーレを、ナマエが捨て去ったという事実が。ナマエがリヴァイと共に戦うことを選べば、それは目に見える覚悟となる。

「まぁ、しかし。結婚はしたいと思っている」

いつものようにカップの淵に指をかけながら、紅茶を飲むテンションのままにリヴァイはそう呟いた。唐突なプロポーズに、ナマエは持っていたカップを落としかける。

「えっと……それは、その……」

「そんな将来があれば、いいな」

途方も無い願いかもしれない。けれどナマエは翌週から訓練に参加するし、リヴァイの秘書としての務めも全うする。今を共に、生きていきたいから。いつか、叶うだろうか。

ナマエが選んだ物語は今、始まったばかりだ。それを確認するように、リヴァイはナマエの名を呼んで腕の中に引き寄せた。


fin


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