無垢色の祭壇 | ナノ


▼ 9.終わりにあるもの

半月後、ウォールシーナ領地で行われたパーティは港の完成を祝うものだった。

これからパラディ島は国外からの要人を招き、壁の外にある世界を許容していかざるを得ない状況だ。目下はイェレナの手引きするヒィズル国を迎える予定ではあるが、まだ会談がどのように運ぶかは未知数である。その前に、港を造り上げた者達への労いとしてのパーティだった。

広いバンケットホール内には各兵団の兵士、それからマーレ工兵の姿もあった。こんな場所では緊張した空気もなりを潜めて、皆一様にグラスの中の飲み物を楽しんだり、ホール内に響く演奏者の弦楽器の音色に耳を傾けた。

ちょうどホールの隅に居合わせたのは、エレンとハンジだった。2人の視線の先にはワルツを踏むリヴァイとナマエの姿がある。

「大丈夫なんですか。ナマエさんを信用してしまって」

「大丈夫だと判断したからこその結果だよ」

「まぁ、そうなんでしょうけれど」

エレンの語尾には皮肉が孕む。

しかしエレンだけでは無い。ナマエに疑念を持つ者は少なくないのだ。それは他のマーレ兵に対しても同じ。一晩でナマエとリヴァイが「話し合い」が出来たのは彼等だからであって、他の人にはもっと時間が必要なのだ。

「いっそ結婚してくれたらよかったんだけどねぇ」

「結婚?」

ぼんやりとしていたエレンは、思わぬ単語に勢いをつけてハンジの方へと顔を向ける。

「兵団に置くからややこしいんだ。リヴァイ個人の家族になってもらえば、色々言う人もいなくなるだろうに」

「はぁ……」

エレンのため息はホールの喧噪の中に消えていく。ハンジは軽くエレンの肩を叩いてその場を離れた。エレンはしばし足元を見つめた後、ホールの出口へと向かった。

当のナマエとリヴァイは相変わらず、ホールの中央にいる。時折ダンスの手を止めて行き交う誰それと会話を交わし、人がいなくなればまた、ダンスに戻っていた。

この半月は特に穏やかだった、とリヴァイは思う。また、嵐の前の静けさだろうとも。

島の今後を委ねる会議はこれからという所であるし、マーレからやって来た一部の兵は島に協力的だ。全てがまだ、ここからだ。ナマエとの関係もしかり。

「覚えてますか?最初に会ったのも、こんな夜でしたね」

リヴァイの腕の中で控えめに踊るナマエは、そんな風に呟いた。

「ああ。あの時も……お前は綺麗だった」

「やだ」

真顔で麗句を述べるリヴァイに、ナマエは笑って見せる。

「世辞じゃねぇよ」

「もう、やめて下さいよ、ふざけないで……」

照れ臭さを誤魔化しつつ、ナマエはクスクスと笑い声まで立てる。リヴァイもどこか、楽しそうに。

ちょうど2人はホールの中央にいた。照れ隠しにナマエがリヴァイの肩に顔を埋め、視線を少し持ちあげた瞬間。ホールの隅の方に、隅の方でも目立つ長身が視界に入った。イェレナだった。

「……リヴァイ兵長、ちょっと」

「あ?」

ナマエの視線の先に気付いたリヴァイは「知り合いか」と呟く。

「ええ……少し、話してきてもいいですか」

「俺も行く」

抱き合うように身を寄せていた2人は体を離し、リヴァイはナマエの右手を、水平に保った自身の左腕に絡ませた。軽やかなエスコートに目配せし、2人は音の間を縫うようにホールの隅へと向かう。イェレナはすぐに2人に気付き、大きな目を見開いて手を挙げた。

「これはこれは」

「イェレナ……」

僅かに、ナマエの手に力が籠る。

「今夜はまた殊更に綺麗ですね、ナマエ」

足取りも口ぶりも軽やかに、イェレナはナマエの前に進み出で、空いていたナマエの左手を取った。リヴァイが制止する間もなく、腰を屈めてナマエのてのひらに口付ける。わざとらしく、大げさなキスの音が響いた。

「ジークもこんなナマエを見たら喜ぶでしょう。彼は、本当に貴女のことを心配していたので」

「イェレナ。言っておきたいことがあるの」

遠からず、彼女らと会うことはあるだろうとナマエは思っていた。ひょっとすると、ジークと再び会うこともあるかもしれない。それならば、言っておかなくてはならない事がある。

「まずは……ありがとう。リヴァイ兵長に、本を届けてくれて」

「それくらい。なんてことなかったです」

「いいえ、本一冊とはいえ感謝している。あともう一つ。私はまた秘書官として、調査兵団に戻ることになったの」

「話には聞いています。リヴァイ兵士長付きになったとか」

「ええ。だからね、今後ジーク達に協力することは出来ない」

リヴァイはナマエの腕を解き、一歩だけ退いて腕を組んだ。事の成り行きを、見守ろうとする体だ。

「ナマエ、私達は」

「勘違いしないで。ジーク達がパラディ島を救おうと動いて……それに兵団が、リヴァイ兵長が賛同するなら、私も従う。私はね、リヴァイ兵長の命令以外聞かない」

ナマエの胸には今夜も、首飾りが揺れている。マーレに帰還した際、イェレナから戻って来た首飾りだ。

「ジークに伝える事が出来るなら、伝えて。私はもうお人形じゃない。自分の意思で、リヴァイ兵長と運命を共にする」

プッペちゃんお人形は、ナマエもお気に入りの愛称だったかと」

「そうね。でもそれは、マーレにいた時の私」

それまで黙り込んでいたリヴァイが、そっとナマエの肩に手を置いた。もういいだろうと、そんな視線も添えて。

「そうだ、今夜エレンは来ていますか?彼を見たと、さっきオニャンコポンも言っていたのですが」

「少し前から姿は無い。もう帰ったんだろうよ」

半ばイェレナに背を向け、リヴァイは吐き捨てるように言う。

「そうか……残念だ。港の歓迎式ではまた会えるかな」

「いや。調査兵団が出向くかはまだ検討中だ。こっちとしちゃ、なるべくお前らとの接触は避けたい」

「それはナマエのためにも?」

悪戯に、イェレナは人差し指でナマエの頬を刺し、文字でも描くように顎の先まで滑らせた。突然のことに反応の遅れたナマエはただ困惑している。リヴァイは素早くナマエの肩を抱き、引き寄せた。

「そうだな。これっきりだ」

これっきり、だろうか。そう思っても、ナマエはこの場でそれ以上の口を開くのは止めておいた。少しだけ振り返れば、イェレナはいつものような笑顔で手を振っている。余裕は、多分にあるように見えた。

リヴァイはナマエの肩を抱いたまま、バルコニーへと出た。辺りは薄暗く、他に人の影は無い。ナマエはバルコニーの手すりに腰掛け、立ったままのリヴァイを見上げる。

「……なんだ、あいつは」

「イェレナはマーレの……」

「違う。お前と、あいつらとの個人的な関係について聞いている」

雰囲気が、どこか怒っていた。

「個人的と言っても……ジークとは幼馴染みたいなものですし。以前報告した以上のことは何も……」

「そうか?猿の野郎は、そうじゃねぇような事を言っていたようだが」

意味深なリヴァイの物言いに、ナマエはようやく気が付いた。それはさっきイェレナの言っていたことだけでは無く、マーレを出てくる前。最後にジークと話しをしていた時に言われた言葉。

「あ……れは、私もジークの支配下にしておきたいっていうか……そういう方便なんじゃないかと……」

そう思わないと、いけない。方便じゃなかったとしても、もうナマエにはどうにも出来無い。

「そう……か」

リヴァイはおもむろにナマエの頬を両手で包み、引き寄せる様にしてキスをした。ナマエはただされるがまま、大人しく瞳を閉じる。

「わかっちゃいるが、気に食わねぇモンは気に食わねぇな。どうしたってまだ、あいつらの方がお前のことを知っている」

「これから、です。私だってまだ、知らない事が沢山あるんです。リヴァイ兵長のことだって、この世界のことだって」

2人は立ち上がり、どちらからともなく抱き合った。お互いのどこに顔を埋めればぴったりと重なる事が出来るか、くらいはもうわかっている。

「今夜は俺の部屋に来るか」

耳元で囁く声色は、急に色を帯びた。

「……行きます」

「逃げるなよ」

「もう逃げませんよ」

ホールの中にはすでに人がまばらになっていた。そろそろお開きになる頃だろう。少しだけ冷たい風が季節の移ろいを報せている。瞬く風景の中にナマエがいることを、リヴァイは今一度確認するのだった。

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