無垢色の祭壇 | ナノ


▼ 8.夢の続き

マーレに残してきたものは沢山ある。持っていた物は箱1つだけだったけれど、あの場所に私はいた。確かに、いた。

並べればきりがない。友人、目標、思い出、使命……ここへ来る時だって、仲間と一緒だった──

「……リヴァイ!」

冷たくなった体に身を震わせ、ナマエは飛び起きた。しんとした埃1つ無い部屋に、リヴァイの気配は無い。1人分広くなったベッドのスペースにてのひらを這わせれば、そこに温もりは残っていなかった。

シーツをたくし上げ、気怠い体を起こして立ち上がる。

(昨夜のことは夢だったとか?まさか)

ここは間違い無くリヴァイの部屋だ。そのまま飛び出して行きかねない勢いでドアノブに手をかければ、ナマエがひねるより早く、扉が開いた。

「オイオイ……なんつー恰好で出てこようとしてやがる」

「リヴァイ兵長……」

片手でナマエを部屋の中へ押し戻しながら、リヴァイは後ろ手で扉を閉める。同時に、ナマエの目に涙が浮かぶ。

「ど、どこに行ってたんですか?起きたらいなかったので……夢でも見ていたのかと……」

「お前……俺をどうする気だ」

リヴァイはシーツごとナマエを抱きしめる。そのまま、ベッドの上へとなだれ込んだ。おはようのキスにしてはやや激しめな……熱いキスを交わしながら、2人はきつく抱き合う。

「よかった。夢じゃなくて」

「ガキみたいなこと言いやがって」

昨夜からのナマエは、子供みたいだ。本当の彼女はこんな風なのか、それはまだリヴァイにはわからない。でもきっと、リヴァイの知らないナマエはまだ沢山あるのだろう。それはナマエにだって言える。

2人がベッドの上でじゃれ合っていると再びドアノブが回り、間髪入れずにドアを叩く音が響く。

「ちょっとリヴァイ!開かないんだけど、どうしたのかな?!」

「……ハンジ」

リヴァイはナマエにシーツをかけて立ち上がる。狭い部屋なので、ナマエが隠れる場所なんて無い。

「オイ、ドア回す前にノックしやがれ」

「ちょっと急いでたからさ……ん?」

10センチ程開いた扉、開けようとするハンジとそこで止めようとするリヴァイと。ドアに向かって強い力が双方からかかる状況で、リヴァイは「何の用だ」と呟いた。

「アルミン達から話しは聞いたよ。昨日は……おっと、うまくハナシアイとやらは済んだんだね」

ハンジはリヴァイより背が高い。リヴァイの頭越しに部屋の奥、膨らんだベッドを確認して、ニヤリと口角を上げる。

「そうだな。それでなんの用だ」

「ちょっと、いい加減にドアくらい開けなって!んで、これからのことなんだけど……ッチ!」

どうやっても、扉は開かないらしい。諦めの悪いハンジは10センチの隙間から書類を差し入れた。

「今日の正午、海辺の野営地の方にピクシス指令達が来る。例の、ニコロ達の就労許可の件だ。ナマエもそれに便乗出来るようにしておいたからさ!……お礼くらい言いなって!力強いな、全く」

「ありがとう」

あっさりと礼を口にするリヴァイに、ハンジは少々面食らう。奥のくぐもったシーツの下からは「後できちんとご挨拶します」とナマエの間の抜けた声も聞こえた。

「時間厳守だよ!あとナマエ、着替えは誰かに借りてくるように。くれぐれもマーレの腕章なんてつけてくるんじゃない。こういうのは第一印象が肝心だ」

最後だけはきちんとした命令口調で、言い捨てるようにしてハンジは扉を閉めた。足音が遠ざかって、ナマエはのろのろとシーツから顔を上げる。

「……さっきのハンジ分隊長が仰っていたのは」

「この1年のうちに、悪魔の島に染まっちまったマーレの奴らもいるって話しだ。それと、ハンジは団長だ」

「え……」

「あの時だ……お前がいなくなった時。お前らが逃げた後に、エルヴィンは死んだ」

ベットの端に腰掛け、リヴァイはどこか遠くを見つめる様に「死んだ」という言葉を放った。敢えてそこに感情を置かないような、不自然な発音で。

リヴァイがエルヴィンを信頼し、またエルヴィンもリヴァイを信頼していた、主従関係にも似通った2人のことは傍から見ていたナマエだって知っていた。そんなエルヴィンの死の理由は、ナマエ達にある。

「お前が今、何を考えているかわかる」

口を噤んだナマエの頭の上に、リヴァイはてのひらを置く。

「だが、な。逆の立場にも成り得る。俺が、お前の知ってる奴らに手をかける可能性だって無いわけじゃねぇ」

「そう……ですよね」

どちらが正しくて、どちらが正しく無いか、なんてわからない。正解の無い道を手探りで進むのは困難だ。リヴァイもナマエも、道なき道を行かねばならない。

しかしそれは2人だけに言えた事では無い。世界は、皆に等しく残酷だ。

***

海辺の野営地に到着したのは正午きっかり。しかしハンジの言っていたピクシス指令一行の姿は、どこにも無かった。

「……兵長!」

ナマエを後ろに乗せ、馬を寄せるリヴァイの元に駆け寄ってくるアルミン。食堂代わりのオープンタープの周りには、ニコロやエレン以外の104期兵、そしてハンジらの姿があった。

「リヴァイ兵長、たった今ピクシス指令が帰った所で」

「入れ違ったか」

リヴァイは先に降りて、ナマエに手を差し出した。相も変わらずの様子に、アルミンはほっとしたように笑顔を零した。

「ナマエさん……は」

「ありがとうアルミン。色々……お世話になっちゃったね」

「いいえ。よかったです、その」

言葉を選べずに、アルミンは口ごもる。それでも彼の言いたい事は表情から十分に伝わってきた。

「とりあえずの話しはつけておいたよ」

腕を組みながら3人に近付いてきたのは、今朝方会ったハンジだ。

「どうついた」

「感謝して欲しいよ、頑張ったんだから!で、ナマエだけど。元来通りの秘書官で収まったよ。まぁ、秘書する対象がアナタだからさ。不穏な動きがあればどうにかなるだろうって言ってたよ」

え、と声を出したナマエ。
多くのマーレの兵は収容所にいるというのに、俄かに信じがたい話しの展開だ。

「ニコロ達にも感謝するといい。ナマエが来るよりずっと前から頑張ってて……そう、ニコロの料理は美味しいから、壁内でレストランを出す許可が下りたんだ」

「味だけじゃねぇだろう」

「まぁ、そうなんだけど」

104期の──サシャやコニーに囲まれている、ニコロと思わしき青年がナマエの方を見ていた。ナマエはニコロの事を知らない。しかしマーレから来た兵士であることは確かなのだろう。ニコロは隣にいたサシャの肩を軽く叩くと、ナマエの方へと駆け寄ってくる。

まだ状況を上手く飲み込めて……というより信じられないでいるナマエは、ぽかんとしたまま立っている。ニコロはそんなナマエに構わず、口を開いた。

「あの……!元戦士候補生の、ナマエさんですよね」

「あ……ええ」

「少しだけ、アルミンから話しは聞いていて……大変だとは思うんですけど」

ふいに、ニコロは振り返る。視線の先には、先ほどまで笑い合っていた104期兵らの姿があった。

「俺は、よかったですよ。ここに来て」

「そう……なの?」

「色々嫌なこと言う奴もいますけど、そういう奴らだけじゃないので。なんで……その」

慎重に言葉を選びながら、ニコロは1歩前に出たり、1歩退いたりを繰り返した。じれったく前後していると、リヴァイが「近い」と言い放って、場の空気を凍らせる。

「ありがとうニコロ」

ナマエがそう言えば、ニコロは照れ臭そうに笑って見せ、すぐに背を向けてサシャ達の元へと戻って行く。ニコロがレストランを持てるようになったことを、彼等は祝福しているようだった。

ナマエもリヴァイへと振り返る。

癒えない傷はまだ、あるけれど。ニコロ達の姿に、ほんの少しの希望や未来を、見出した気がしていた。

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