無垢色の祭壇 | ナノ


▼ 4.たった指先

(どうしてここにいるの?)

(どうして、ここにいる)

岩場の上にいる兵士──リヴァイを含む複数は、銃を構えてナマエ達を見下ろしている。動こうとしないリヴァイに向かって、側で控えていた駐屯兵は「兵長」と口々に指示を仰いだ。

「……ああ。さっきの調査船に乗っていたんだろう。顔馴染の奴もいるが……」

呟くような声のボリューム。しかし兵士らは、ナマエ達を拘束すべき相手だと捉えたようだった。

「よし、あいつらも拘束しろ!収容所に送ってやれ」

数人の兵士がナマエ達の手に縄をかけようと、銃を構えながら近寄ってくる。ナマエの背後についていた諜報員の2人は「どうしますか」と小さく囁き、ナマエの出方を待っていた。

兵士の1人が、微動だにしないナマエの胸へと銃口を突き付ける。

「大人しくしてろ……はっ、いい体してんな」

「触らないで」

ナマエは掴みかかってきた兵士を振り払う。ずぶ濡れの状態ではどうしても体の線が出てしまう。岩場の上ではリヴァイが見ているのだ。得も言えぬ羞恥心が沸く。

「調子に乗るなよ!」

手を振り払われて癪に触ったのか、兵士が銃を構え直した瞬間。ナマエ達を見ていたリヴァイの腰──立体起動装置からアンカーが放たれた。リヴァイが的を外すことは無い。アンカーは真っ直ぐ、ナマエと駐屯兵の間を縫って、地面へと突き刺さる。

「余計なことはするな」

まるで地の底から殺意を掬い上げたような表情だった。一瞬でリヴァイの感情の変化、それも負の方に振りかぶった様子を察した兵士は、間の抜けた声を出して立ちすくむ。

リヴァイはもう一方のアンカーを近くの岩場に刺し、ナマエ達の前に降り立った。無言でナマエの側にいた兵士の持っていた縄を奪い取ると、ナマエの腕を掴んだ。軽く捻るようにして、背中を向いて立たせる。

「リヴァイ兵長……」

リヴァイが触れた部分が、急に熱を帯びたようだった。全身が総毛立つ。小さく震えながら、ナマエは背中のすぐそばにリヴァイを感じた。

「その後ろの奴らはお前の子分か?えらく仲が良いようだが」

「いえ、さっき船から巨人が見えたので……慌てて下船したんです……っん」

きつく絞められた両手首に、ナマエは小さく声を漏らした。リヴァイは手首に視線を落とし、縄と肌の隙間を人差し指でなぞる。指先に驚いたナマエは視線だけで振り返った。薄く開いた唇から、何かを言いたげにリヴァイを見つめて。

「……こいつらも捕縛しろ」

動きを止めていた兵士らは、弾かれたように再び動き始める。他の2人は、あっという間に縄をかけられた。

「リヴァイ兵長、こいつらもさっきの奴らと一緒に」

場の空気から、ナマエ達も収容所と呼ばれる場所に連れて行かれる雰囲気だった。先に来た調査船のマーレの兵達も、きっとそこに集められている。リヴァイが返事をしようとした、その時だった。

「待って下さい!」

岩場の上から、高い声が響く。

「リヴァイ兵長……待って……待って下さい……!」

立体起動装置を着けていないアルミンは、滑るように岩場を降りて来た。側にはジャンもいて、アルミンの行動に驚きながらも、同じように岩場を滑る。

「アルミン……」

ナマエが小さく呟くと、アルミンはナマエを一瞥し、リヴァイの方へと向き直った。

「リヴァイ兵長、話し合うことが……出来ると思います」

何が彼にそんな風に言わせるのか、アルミンの口調には揺るがぬ意思があった。迷いの無い少年の瞳は、陰鬱とした岩場の空気を解き放っていく。

「拘束はそのままで構いません。でもこの人は僕らに協力してくれる可能性があるんです!収容所ではなくどこか話し合いの出来る場所に……」

急に現れて申し立てるアルミンに、他の兵士らは「しかし」と二の足を踏む。

「俺からもお願いします。話しが通じるなら……きっとその方がいい。兵長の護衛は、俺とアルミンで担います。兵長!」

ジャンがリヴァイを見ると、リヴァイは黙って頷いた。言葉無くして通ずる絆が、そこにはある。

どこか癪全としない様子を抱えながらも、兵士らはリヴァイの顔色を伺いながら、諜報部の2人を連れてその場を離れていく。彼等の姿が見えなくなるまで、ナマエとリヴァイとアルミン、そしてジャンは口を噤んで立ち尽くしていた。

最初に口を開いたのはジャンだった。

「……そんな恰好していると、本当にマーレの人だったんだなって感じですね」

「エルディア人なんだけれどね」

困った様に、ナマエは微笑む。

「リヴァイ兵長、このまま本部の方に戻りますか?こちらのテントでは……」

「アルミン。ミカサかサシャに着替えを借りてこられるか。それからナマエを連れて本部へ戻る」

「あ……はい」

「じゃあ俺達も本部に戻る準備と」

言いかけたジャンに向かって、リヴァイは比較的穏やかな調子で「いや」と制止をかけた。

「ナマエは俺1人で十分だ。俺がこいつを、逃がすわけがねぇだろう……」

一瞬、アルミンとジャンは虚を突かれたように時が停止する。ナマエもリヴァイの発言に驚いて、ぽかんと口を開いてリヴァイを見ていた。

「わ、わかりました!じゃあ僕、行ってくるよ、ジャン」

「あ、ああ。あ!じゃあ俺、真水を貰ってきますんで!海って、濡れると気持ち悪ィから……」

どこか上擦りながら、2人は来た道を戻っていく。取り残されたリヴァイと、ナマエ。

(やっぱり2人とも、リヴァイ兵長に危険が及ぶなんて考えは……無い、か)

傍から見れば、ナマエの方がずっと危険に晒されている状況なのだろう。アルミンもジャンも、一切の迷いは無かった。そんな2人の心遣いに、ナマエの胸も僅かに痛む。

2人の姿も見えなくなって、ようやくリヴァイはナマエの方に向き直った。

「ジャンの言う通りだな」

マーレの人。

顔を顰め、ナマエは言葉が出なかった。ただ、ついさっき触れたリヴァイの指先が、まだ手首を撫でているような気がして。後ろに縛られた手をぎゅっと握り絞めて、自身の感情を強く自制していた。冷たい風が頬を撫でる。アルミン達はもう少し、戻らない。

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